第120話:βテスト終了後3






 皆の腹筋を笑いにより犠牲にしながらもなんとか奉納試合は撮り終わった。

 しかし、的当ての方は兎も角、舞台上で試合をしていた方は笑いとの戦いによるリテイクの嵐だっため、時間が押しに押し、さっさと終わった的当ての部の人達が合流した結果、更にカオスになってまた更に時間が押しに押した関係で、御神輿の撮影は明日行う事になった。

 一颯がPV用にとりたい御神輿の時間帯は昼間なので、夕方以降はちょっと違うのである。


 時刻はすでに夕方5時。次の屋台の撮影まで少し時間があるので自由時間である。

 今は全員、祭と言えば、という一颯の発言のもと、浴衣か甚平になっている。これらも一颯側が用意した衣装らしい。ちなみにDPで大量購入したそうである。

 有難くそれらを身に着けた後は、気になって気になって仕方がなかったネタ武器を貸し出してもらって皆で遊んでいる。

 音があまりにもあれで採用されなかったやつも貸し出されているのでいたるところから爆笑する声が響いている。


 その爆笑する声に紛れて「いやぁん(野太い声)」「あはぁん(ドスの効いた低音)」「きらっっ(バリトンボイス)」「しょわ!」「ぱらりらりらら」「なんでやねーん(ロリボイス)」「やだぁん(男の裏声)」「ばりばりばり」「すぱーっ」などなど、様々な効果音……効果音というには疑問しかないものが聞こえてくる。

 なるほど、一颯が却下しただけある破壊力であると誰もが納得しつつ大爆笑が巻き起こっているわけである。





 さて、爆笑しながらネタ武器で遊んでいるβテスターたちを置いて、一颯たちは屋台の確認に奔走している。

 ある程度、昼間に設営して準備を整えてはいたのだが、PV撮影現場から動けなかった一颯の最終確認が残っていたので、今それを急いで行っている最中なのである。


 場所は門前町エリア。

 神社エリアの入り口に向かって緩やかな坂道になっている道の両脇にずらりと屋台が並んでいる。

 食べ物も、ちょっとした出し物……くじ引きや射的なんかも用意されている。

 あと、定番の金魚すくいはない。金魚に変わる魚を用意するにしてもダンジョンだとモンスターになってしまうので、折角掬い上げたとしても、ダンジョンの外に持ち出せないため却下となった。

 代わりに水風船すくいもどきがある。

 コックゴーストたちやシルキーたち、有志のモンスターたちが構える屋台を全部確認し、飾りつけも確認し終えて頷く。


「おん。おk……時間も、丁度良き。βテスターの人達呼ぶんで、皆は位置についてもろて」


 時間を確認した一颯の言葉に全員が頷いて配置につく。

 それを見届けていつの間にか着替えて戻ってきていた朧を連れてβテスターたちがいる本宮前へとワープした。











「う……わぁ……!」


 一颯と朧に連れられてやってきた門前町エリアの入り口。

 そこから先に広がる景色に感嘆の声があふれ出した。

 βテスト中の姿からがらりと変わり、緩やかな坂道の両脇にずらりと並ぶ屋台の数々。

 祭特有のソースの匂いと甘い砂糖の匂いが漂ってきて、誰もが目を輝かせる。


「と、いうわけで、屋台です。なんもいう事ないんで、どうぞ楽しんでください。以上!」


 一颯の簡潔な言葉を合図にわっと歓声を上げてβテスターたちは屋台が立ち並ぶ坂道へと突進していった。

 それを背後で見送った一颯は頭の中でPVとして作り上げたい絵を浮かべる。

 βテスターはほぼ男性で、女性はとても少ない。今回はいつもに比べて多いけれどそれは、一般探索者と警察が参加してくれたので女性が増えたからだ。自衛隊だけの時とか本当に女性少なかった。なんならβテスト実施時に女性自衛隊員いない時だってあった。前回のβテストがそうだった。

 なので、絵面としてはそこが少し残念ではある。華が少ない。ちょっとむさ苦しいまであるが、まあ仕方がないかな、と小さく息を吐きだした。










「……買ってしまった」

「売ってあったから、つい……」


 男と友人は手に持っている刀をそれぞれ眺めてふっとどこか投げやりな笑みを浮かべた。

 手に持っているのは、昼間のあの爆笑騒動で散々遊んだネタ武器である。

 猫人の1人が開いていた屋台で旅行のお土産よろしく売っていたので、手ごろな値段も相まって手を伸ばしてしまったのだ。

 ちなみに、男の刀が「でらっくすいっちもんじ」で、友人の刀が「やるねこてっちゃん」という名前である。

 なお、効果音は「ぼよよぉん」と「ぎぇー」とのこと。

 一体何に使うんだという代物であるのだが、男や友人と同じように買ってしまった人は多いようで何人もネタ武器……刀や剣、槍、ナイフ、弓などなど、色んな形状のものを持ってうろついている。


「これ、本番の祭りでも販売されるんだろうか」

「分からんけど、どうなんだろうな……」


 まあ買ってしまったものは仕方がないとばかりに携えたネタ武器をちらりと見る。

 食べ物系の屋台も、それ以外の屋台もダンジョン内の物を使って作られていて、現実世界の屋台とはまたちょっと違った趣があって、とても楽しい。

 両手いっぱいに買った食べ物を抱えて通り過ぎていく自衛隊の仲間を見送りながら屋台を覗き込んでいく。

 定番のたこ焼きや焼きそばなども全部ダンジョンで採取できる食材を使用している。

 現実世界でそんなものを食べようと思えばとんでもない金が飛んでいくが、ここはダンジョン内だし、使用するのはDMなので気にせずに買い食いしている。


「土方さん、盆踊りや花火は撮らないんだよな」

「みたいだな。剣舞とか舞とか見た限り、春祭りなんだと思うんだが……今おれらが着てるの甚平だし、良く分からんな」

「それな」


 祭りと言えば、と言われると出て来そうなやつを撮らないのが友人は気になっているらしい。

 まあ、盆踊りとか花火は夏祭りのものという印象がある。

 今、自分たちが身に着けている甚平だって夏祭りの印象が強い。


 単に祭と言えば浴衣や甚平が分かりやすいよなという安直さと、探索する時の服だとこれじゃない感があるよな、という単純な考えのもと衣装として選ばれただけなのだが、友人と男はそれを知らない。

 屋台を巡り歩いているβテスターたちはPV撮影の事を忘れてそうなくらいにはしゃいでいる。

 男と友人も忘れそうなくらいに楽しく買い食いして、射的やクジやらをやって一喜一憂している。


「そういや、土方さんたちいないけど、どこいったんだろ」

「多分だけど、この様子撮影してるんじゃね?」

「ああ、なるほど。おれらは普通に楽しんでるけど、これ、PV撮影用だったな」


 買ってきたたこ焼きを頬張りながら友人が頷く。


「土方さん、この屋台の風景撮りたくてβテストに増員かけたのかな?」

「かもしれん」


 今までどおりのPVだと、βテストの様子を映して、後は別撮りしたモンスターたちが映っていたが、今回はがっつりとPV撮影の協力が依頼されたし、この新エリアたちのPVはちょっと毛色が違うのかもしれない。

 毎度の様に土方ダンジョンのPVに映り込んでいる男と友人ではあるが、恥ずかしい反面、いつもPVを楽しみにしているので今からワクワクしてしまう。

 今回のβテストも、いつもと違う組織の人がいたからか、いつも以上に楽しかったし、一般探索者のかっとんだ行動も面白かった。

 目的を持って普段活動しているグループなんて、βテストだというのに、その目的に邁進していたし、ソロ探索者だって、自分たちが取らないような行動に出ていて度肝を抜かれたし。

 自分たちと似た様な行動をとっていた消防や警察の人達も、一般探索者の行動には驚いていた様だった。

 まあ逆に男や友人他、自衛隊の行動に驚く一般探索者の顔も見れたので良しとしよう。

 何にせよ、参加者それぞれの色がありすぎて本当に楽しかった。

 男は友人がたこ焼きをもう一度買っているのを見た後、視線を逸らして夜空を見上げた。





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