第119話:βテスト終了後2




「はいカットー」


 馨の舞が終わって少し余韻を残して一颯の声がその場に響く。


「すみません皆さん、もうしばらくお付き合いお願いします。朧、錦、馨、次、パターン2でおねしゃす」

「了解した」

「あい分かった」

「次は妾たち桜の枝を持てば良いのよね?」

「おん」


 衣装はそのままにそれぞれ持っていた弓や太刀、舞扇を手放して大振りの美しい桜の枝を手にとる3人。

 どこから現れたのかシルキーたちが3人の衣装をてきぱきと手直ししている。

 それらを見ながらなるほど、自分たちの役目は観客か、と周囲にいるβテスターたちは今更ながらに納得する。

 シルキーたちが離れた後すぐに錦と朧が舞台へと上がり、馨がその場から消えた。

 2人がポジションについたのを確認した後、一颯から合図があり、先ほどと同じ音楽が流れ始める。

 剣舞の入りは先ほどのとは違い、冒頭の弓の弦を鳴らす部分が丸っとなくなっていただけで後はところどころ違うものの動きはほぼ同じ。

 これらがPVになるとどうなるのかが今から楽しみだ、と目を輝かせている人たちが何人かいるのが見えた。






「はいカットー」


 馨の舞まで終わった後、一颯の声が響き、ほどよく満たされていた緊張感が霧散する。


「今回は時間が限られてるんですみません、すぐに次に移ります。奉納試合を撮りたいんですが、名乗り上げてくれる方、いますか?」


 PV用の衣装を脱ぎたいのだろう、龍王3人がその場から消え、代わりに繊月と寒月、桜子が現れるのを背後に一颯が聞けば、恐る恐る手があがる。

 手を上げた人はボス挑戦部隊の人達と自衛隊から数人。


「えと、人数分布を見た感じなんですけど、自衛隊の人と、他の人に分けさせてください。自衛隊員VS探索者でやるます。ただ、ちょっと多すぎるんで、それぞれ5人までに絞り込んで貰えたら嬉しいんですけど……。えと、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で……。あれっすな、剣道の団体戦っぽい形でお願いします」


 一颯の言葉を受けてそれぞれ集まって代表5人の選出が始まった。

 手を上げた人達は目をキラキラさせて楽しそうにしている。

 それ以外の人たちははやし立てたり、よくやるわ、と言った表情をしていたりと色々だ。

 暫く待っていれば決まったようで、それぞれ5人が前に進み出てきた。


「決まりました?じゃあすみません、10名の方々、衣装があるので着替えて貰います。渚沙、よろ」

「はい。では皆さま、こちらへ」


 一颯の横に現れた渚沙に連れられ、奉納試合を行う10人がその場からいなくなる。


「えと、その次なんですが、クロスボウや弓系の、遠距離型の武器を使う人で、弓道の試合みたいに的当てやってくれる人、いますか?」


 その言葉を聞いた6人がすっと手を上げた。しかも全員女性である。


「ありがとうございます。皆さんも衣装があるので着替えて貰います」


 渚沙とは別のシルキーが現れて手を上げてくれた女性6人を連れて行く。





「残りの皆さんは相変わらず観客でお願いします。先ほどまでの剣舞と舞とは違って応援、野次、歓声なんでもありです。楽しんでください……まあ、言われてやるの、難しいかと思うんですけど、すみません、ご協力お願いします」


 ぺこっと頭を下げる一颯の横にPV用なのだろう、白地に桜模様が施された巫女装束の様な衣装を着た清姫と、白地に同じく桜模様が施された衣装を着た白夜が現れる。


「奉納試合、弓の部の審判はわたしが担当いたします」

「同じく奉納試合、もう一方の審判はおれが担当するよ」

「どっちも同時進行で行くんで、他の人は半分に……えー、そこから右側は清姫担当の部で、反対側が白夜担当の部の観客でお願いします」


 丁度自衛隊の人達が固まっているところの中央から左右にきっぱりと人を分ける。

 自衛隊の人達がβテスター勢の真ん中くらいに固まっていたので丁度いいかなという適当な采配ではある。

 βテスターの人達も異論はないようで素直に分かれてくれた。






 そこからしばらくしてチームで揃いの衣装を身に着け、照れくさそうにしている奉納試合参加者たちが戻ってくる。

 衣装は女性も男性も袴に襷掛けに鉢巻。携えている武器も、彼ら彼女らが普段愛用しているものではなく、見た目がとても良いものを携えている。


「えと、PVなんで、見栄え重視の衣装を着て、見た目重視の武器を持ってもらうます。なんで、武器とか、見た目だけというか、殺傷能力ゼロで、切れないし、打撃武器としても全く痛くないって言うか、正直ネタ武器で……」

「見せた方が早いでしょうね。こちら、皆さんが持っているのと同タイプの刀です」


 どう説明しようかと悩む一颯の横から繊月が声を発してその手に持つ1振の立派な刀を掲げる。



「これ、名前を“すーぱぁむらまーさ”と言いまして」

「スーパー村正……」

「いえ、“すーぱぁむらまーさ”です。ネタ武器に相応しいふざけ倒した名前でしょう?」



 思わず真顔でオウム返しの様に聞き返した人に繊月はにこにこと笑ったまま訂正する。


「この通り、鞘から抜いても立派な刀にしか見えないこれなんですが、えい」

「わたしが実験体か……」


 繊月に頭を刀で殴られた寒月がぼやいているがそれよりも衝撃的なのは殴った時の音である。



 現すならば平仮名で「ぽこっ」だろうか。多分末尾に星が入ってそうな感じの音。



 なんとも間の抜けた音が繊月の持つ刀で殴られた寒月の頭から響いてきて、それを聞いた何人かが噴き出した。


「えー……こんな感じで間抜けな音が鳴ります。ほんとすみません、DPで買える殺傷能力ゼロ武器、こういうふざけ倒したやつしかなくて、これでも……っ!これでもましなの選んだので、勘弁してもろて……っ!」


 これ笑わずに応援って無理があるのでは?だって、間抜けな音が鳴り響く試合だろ?

 そう思った面々は、既に腹筋がやられて崩れ落ちた面々を真顔で見た後、そのまま申し訳なさそうにしている一颯と自分たちに渡された武器を二度見三度見する参加者へと向けた。


「弓やクロスボウ、コンパウンドボウは……?」

「人に向けないから性能低めではありますけれど、普通に使えるやつですわ。変な音は鳴らないので安心なさって」


 桜子に言われ、女性陣はほっと胸を撫でおろした。こちらまで変な音が鳴るならもうどうしようかと思ったようである。


「……ネタ武器の方がよろしかった?弓やクロスボウ、コンパウンドボウにもネタ武器、ありましてよ」

「いいです!これでいいです!!」


 桜子に向かって必死で首を横に振り、渡された武器をしっかりと握り締める。

 自分たちまでネタ武器渡されるとか笑い転げる自信しかないので勘弁してもらいたい。








 そして始まった奉納試合。的当て組はすぐそばの会場へと移動していき、この場にいるのはネタ武器携えた人達とその応援の人達と一颯他モンスターたちだけである。

 的当て組の方の責任者として、着替えて戻ってきた馨が桜子を連れてそちらへと向かったので一颯たちはこちらが担当なようだ。


「じゃあ、始めるます。白夜、おねしゃす」

「了解だよ。では第一試合、先鋒戦始めます。両者、舞台上へ!」


 その言葉と共に先鋒の人達が舞台へと上がってくる。


「はじめ!」


 お互いに礼をしたところで白夜の合図が入ったがその後がリテイクの嵐だった。

 もう、武器から発せられる音が面白過ぎて先鋒の2人も観客も、出番を待っている後続のチームメイトも全員腹筋がやられたので。

 ある程度予想していた一颯は遠い目をしながら、殺傷能力ある普通の武器用意するべきだったか、と後悔したが、でもPVだしな、血は載せたくないしな、とぐるぐると考え続ける。


 ちなみにであるが、自衛隊側の先鋒の人の武器からは「ぱかーんっ」、ボス挑戦部隊の先鋒の人の武器からは「めきょっ」と対戦相手にぶつかる度に間抜けた音が響いてきていた。


 今は笑いすぎて笑いが引っ込んだ舞台上の2人が互いに武器をぶつけあって間抜けた効果音を量産し続けているので舞台下は笑い過ぎた結果、死屍累々である。


「神さま、ネタ武器以外の殺傷能力ゼロ武器、ください……」

“殺傷能力ゼロ武器使うなんて誰も想定してませんでしたので。なので、ネタ枠だったのに”

「……はあ」


 自分のボヤキに笑いを滲ませた震える声で答えてきた担当神に対してため息が零れ落ちた。






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