第118話:βテスト終了後1




「どうもβテストお疲れ様でした」


 βテスト最後の日の夜、城下町エリアの前に集まったβテスターたちを前に一颯がぺこりと頭を下げる。

 この7日間、とにかく濃かった。

 いつもの自衛隊だけでのβテストもそれなりに濃かったと思っていたのに、違う組織の人間がいるだけで……いや、その違う組織、とりわけ一般探索者の人達が面白過ぎた。

 自衛隊所属である男や友人は、自分たちに一番近い動きをしていたのはボス挑戦部隊の人達と警察、消防だと感じたし、ダンジョンマッピング部隊とダンジョン天文学部、ソロ探索者の探索の仕方はとにかく面白かった。


 特にマッピング部隊と天文学部。我が道を行き過ぎである。

 いっそ清々しいまでに自分たちの活動内容をβテストでも続けていた。


 それと、新しい隠しエリア、雲海の上。エリア名が分からないので雲海の上と呼んでいるが、一定時間が経過すると周囲の山の方から消えていくこのエリア。

 最初に出現した時こそ、落ちたら死ぬと思っていたのに、その直後の誾千代から伝えられた情報を4日目の報告会で伝えたところ、2回目の雲海の出現時……丁度、βテスト5日目の朝に現れた時なんか、盆地にいた面々が急いで山に登って雲海の上に行ったし、なんなら消えるギリギリまで探索して、死なないのを良いことに高所が大丈夫な人やスカイダイビングやバンジーが大丈夫な人たちが落下していったし。しかも無駄にポーズをつけて。

 男と友人は1回目の出現時に探索したので2回目は雲上の上にいかず、茶畑エリアの探索をしていたのだが、雲海が消えると上から降ってきたダンジョンマッピング部隊の面々が揃いも揃って涅槃のポーズで降りてきた時は思い切り噴き出した。


 後、自分たちの探索の動きに近かったはずのボス挑戦部隊は田園エリアにフィールドボスが出現したら、探索そっちのけでずっと挑戦していたので、何気にこの集団も我が道を行っていたと言って良いだろう。







 さて、そんな愉快なβテスト終了後とはいえ、創造主である一颯が顔を出したのはこれが初めての事である。

 大勢の前で顔を少々青ざめさせながらもしっかりと、いつものオタク口調と方言訛りはなりを潜めてしっかりと喋っている。


「事前通達の通り、明日の早朝から皆さんにはPV撮影の協力をお願いします。今日は水龍の都の旅館と城下町エリアの旅館、門前町エリアの旅館に分かれて泊まって疲れを少しでもとってもらえたらと思います。PVの撮影、協力と言っても、全力で楽しんで貰えたらいいんですが、軽く説明するとお祭りの風景を撮ります」

「お祭り」

「はい」


 誰からともなく発せられた単語に一颯が頷く。


「せっかく神社エリア作ったのでお祭りの様子を撮りたくて。屋台といくつかの催し物をやる予定です」

「ざっくりとしたスケジュールとしては早朝に我ら龍王の剣舞と舞の奉納の様子、その後明るいうちに奉納試合を執り行う予定である。奉納試合は汝らに頼みたい。まあ、ちゃんばらだと思ってもらえたらそれであっている。もちろん、弓やクロスボウの面々にもある。そちらは的当てだ」

「弓とかクロスボウとかは、弓道の試合想像してもらえたら一番近いかもです。弓道みたいに作法ないですけど」


 朧の説明に補足を入れる一颯の言葉を聞いた後、βテスターたちは顔を見合わせて少しワクワクし始めた。


「その後、時間があれば御神輿を担ぐところも撮りたいと思っていますが、これは時間があればの話で、なかったら飛ばします。で、夜は屋台の様子を。勿論、DMで買えるのでどしどし買ってください。で、ひとまずそれで終了なんですが、PV撮影2日目は、撮り直しがある場合と、1日目に出来なかったらこっちで御神輿とります。御神輿の担ぎ手も募集中。担ぎたい人いたらどしどし参加してください」

「それら全て終えた後まだ時間があれば自由時間となる。帰るのも時間ギリギリまで探索するもどちらでも良いぞ」


「あの」

「どぞ」


 きっちりとした言葉遣いが崩れた一颯がぴんと手を上げた1人を指名する。


「あの、答えるのだめならダメでいいんですけど、お祭りって、その、リリース後もやったり……?」

「あー……」

“答えて良いですよ”


 答えて良いものかどうか迷っていた一颯に担当神から声がかかる。


「答えていいらしいんで、答えるんですけど、あのオフレコでお願いします」

「もちろんです!」

「えと、リリース後すぐにってわけやないですけど、そこそこ期間空けてから実施しようかと。ただ、このPV用に撮影する祭りからはがらりと変わるんで、明日明後日のPV撮影の様子は参考にならないかと」

「なるほど……有難うございます!」


 なるほど明日明後日の祭りは参考にはならないらしい。あくまでもPV用の祭りなのだということだろう。


「とりあえず、簡単ですが、説明は以上です。旅館は一応各組織ごとにまとめて部屋を用意していますが、人数多い……自衛隊の人はばらけるのでそこだけすみません」


 申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる一颯に大丈夫です!と慌てたように自衛隊の人達が口々に伝えている。


「では、明日は早朝……すみません、朝5時スタートになります。朝5時前に各旅館の前に集合してください。5時になったら神社エリア、本殿前にこっちで転送します。わたしも、このあと薬師兎印の強制的に眠らされる睡眠薬飲んで寝て朝に備えます……」


 夜はそうでもしないと寝れないんよ……と顔をしわくちゃにしている一颯に、そうだな、あんた超夜型だもんな、と誰もが訳知り顔で頷いた。


「眠れなさそうな者は旅館のフロントで申し出れば今回のみ、主が飲むものと同じ睡眠薬が無料で渡される。ただ、強力であるが故、気付け薬も一緒に渡される。誰かに頼んで起きる時に口にねじ込んでもらうように。でないとおそらく起きれぬぞ」

「……わたしも気付け薬ねじ込まれるん確定してるんで……」

「ちなみに持って帰ることは許可出来ぬので不必要な者は嘘の申告をしないように」


 朧の言葉に綺麗に揃ったはい、という返事が返ってきた。















「おはようございます。強烈な何とも言えないえぐみと苦みと色々混ざった如何ともしがたい味の気付け薬で吐くかと思いましたが起きれました。吐きそうです。早速ですが、龍王ズの舞から始めます。皆さんはこの舞台の周囲を……えと、本宮前だけ開けてぐるりと囲んで見学してください。まずは朧と錦の剣舞から始まってその後すぐに馨の舞になります」


 青ざめた顔の一颯の前には数人同じように顔を青ざめさせた人がいる。

 恐らく睡眠薬を飲んで、気付け薬を口にねじ込まれた面々だろう。


 一颯が指し示す場所に用意された簡易な木製の長椅子に座っていく。座り切れなかった面々はその後ろに並び、ワクワクと舞台を眺めていた。

 ちなみに、夜の間に操作したのか、神社エリアは満開の桜模様である。

 ひらひら風に吹かれて舞い落ちる白に近いピンクの花弁が美しい。

 その花弁を目で追っていれば、水をまきつける様に、木の葉の花弁を巻き付けるようにして朧と錦が現れた。

 服装はガチャからやってきた時に着ていた衣装ではなく、感じとしては錦の初期衣装に近いがデザインはそれとはまた違う。

 ざっくりと言えば平安時代の武官風の衣装で、角には桜の飾りが巻き付くようにして飾られ、衣装の端々にも桜モチーフの意匠が取り入れられている。

 朧と錦共に似通った衣装だが、錦は白を基調に、朧は朱色を基調にした衣装で、ところどころに細かな違いがある。


「では始めます」


 PV撮影だからか、一颯が声をかけたと同時に錦がどこからともなく桜の枝を飾った白い和弓を構え、その弦をゆっくりと弾いた。いわゆる鳴弦の儀に似た行為だ。

 それを数度繰り返した後、じっとその横で佇んでいた朧がすり足で腰に佩いていた白い鞘に桜の飾りがついた太刀を抜いて動き始める。

 弦を鳴らしている錦の周囲を回る様に太刀を音楽に乗せて翻す。

 錦が弦を鳴らした後、余韻を残し、弓を下げて両手で横向きに持ち帰れば、たちまち桜の花びらを舞散らしてその姿を抜き身の太刀に変えた。

 そして、朧と錦は一糸乱れぬ同じ動きをし始めた。




 舞台の周りにいるギャラリーはただただ2人の龍王の剣舞を見ていた。

 同じ動きをしていたと思えば切り結ぶように動く。

 彼らの動きに合わせて水飛沫が散り、若葉や桜の花びらが舞う、その美しい光景から目が離せない。

 確か、朧も錦もスキルとして与えられた得物はそれぞれ槍と弓だったはず。

 スキルにないから扱えない、というわけではないのか、それとも戦闘以外の用途で使っているからただの道具と見做されて大丈夫なのか。

 それは分からないけれど、とにかくただただひたすらに綺麗、美しい、カッコいいが感想として行き来している。

 そうこうしていると2人は本宮に向かって揃って頭を下げる。

 剣舞が終わったようだ。


 すると間入れず桜吹雪が舞台を包み込み、それが消える頃には朧と錦が消え、代わりに桜をあしらった金色の舞扇を手にした平安装束モチーフの衣装を来た馨が現れていた。

 曲は先ほどからずっとかかっている物の続き。

 馨はぱっと扇を開いて舞い始める。

 先ほどまでの男の龍王2人の剣舞も美しかったがなるほど、女の龍王の舞はしなやかに優雅、男の龍王の剣舞は優雅の中にも力強さが。

 どちらも良いなと桜の花びらが舞う中、ゆっくりと扇を使って踊っている馨を見守った。







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