第117話:βテスト6
「すんごいひっくい雲だなぁ」
上空を見ながらダンジョンマッピング部隊の1人が呟く。
「なんかあったりするのかな?ここまであからさまな雲、他のエリアだとなかっただろ」
「おれらが起きた時にはすでに雲あったからなぁ」
「山のてっぺんに登っとけば良かったね」
今日も今日とて田園エリアで採取ポイントを探している彼らは中央の山近くにいる。
他のメンバーは田園エリアの別の場所にいるのでここにいるのは彼ら4人だけだ。
「この低い雲、ギミックの1つか?レア度高い採取ポイントの出現条件、とか?」
「それ確認するには日がなさすぎる。1週間だと無理だし、これβテストだから正式リリースの時には条件変わるかもだし」
「それもそっか」
コンビを組んでいる調査部隊の1人が引っこ抜いた人参(仮)がモンスターだったのでぺちっと叩いて倒しながら戦闘部隊の人がため息を吐きだした。
「お、雲消え始めた」
「この消え方、やっぱなんかあるって。現実世界基準で考えたらめっちゃ不自然」
「確かに。端から消えて行ってるもんな」
「おー雲なくなったら空晴れてんじゃん」
「快晴だな」
眩しそうに目を細める調査部隊が引っこ抜いたさつまいも(仮)のモンスターを縦に割って倒して戦闘部隊も同じように青い空を見上げた。
「…………ん?」
雲が引いて姿を現した青い空に小さな黒い点。
その黒い点はどんどんとゆっくり大きくなり、その形をはっきりとさせていく。
「お、親方!!空から天文学部のリーダーが!」
「無駄にポーズ付けて神々しく降ってくるんじゃない!」
両手広げ、顎を上げて目を閉じ、足をクロスさせた体勢で太陽の光に照らされ、ゆっくりゆっくり降りてくるその人物に見覚えしかなくて思わず戦闘部隊は調査部隊のボケを放置して叫んだ。
「いやー死を覚悟したんだけどね。流石土方さんと言ったところかな。落ちても死なない措置とってくれてて助かったよ!」
「くそ度胸かよ」
地面に降りてきたへらへら笑う見慣れた人物に思わずため息が溢れる。
「それよりなんで空から落ちてきたんだ?」
「ああ、雲海の上っていう隠しエリアを探索してて」
「雲海の上!?」
「隠しエリア!!」
あの低い雲の上が隠しエリアなんてやっぱり山の上にいれば良かったと言わんばかりの表情をするマッピング部隊を前に天文学部のリーダーはうっきうきだ。
「いやあ楽しかった。最後、時間切れで雲が消え始めてさ、走って逃げてたんだけど、ふわふわした雲に足をとられて転んじゃって、そのまま雲の下にボッシュートされてあ、これ死んだって思ったんだけど、すぐに落ちるスピードが緩んでね。ふわふわ落下を楽しんでいたら、眼下に君たちいるの見つけたからついうっかり体勢整えてポーズとっちゃったよ」
「2度目だけど言わせてくれ。くそ度胸か」
「命の保証がされた紐なしバンジーってとこか」
「うん。バンジーみたいなスピードはでないけど。空を飛んでるようで楽しかったよ」
「隠しエリア!採取物!」
戦闘部隊を押しのけ、ずいと身を乗り出してきた調査部隊は目をギランギランに輝かせていて天文学部のリーダーは思わずのけぞって彼らから距離をとろうとする。
「ちゃんと文章でしゃべろうか?色々あったよ。それこそ今までにないくらいファンタジーなものがね。今までガチファンタジーな植物って沢山あったけど、それ以上にファンタジーなのがいっぱい」
「羨ましい!!明日も出るかな?」
「さあ、出現条件が分からないからね。ただ、今回はβテストだから、出現条件緩めてる可能性もあるんだよね。隠しエリアのテストもやんないとだから。まあ、出現条件のテストもしなくちゃいけないから、今日のがもしかしたらちゃんとした条件で、明日以降は緩めてくる可能性も……」
「考察ありがとうよ。っていうか、お前そろそろ自分とこのメンバー安心させにいけ。多分パニックになってるか泣いてるかしてるだろ、あいつら」
「あ、そういえばそうだったね。じゃあ、ぼくはこのあたりで」
「おう。はよ行け」
手を振って中央の山に向かって走っていく天文学部のリーダーを見送り、雲の上!隠しエリア!新しい採取物!と興奮して彼についていこうとしている調査部隊の首根っこを摑まえる。
今更走って行ったって隠しエリア消えてるんだから調査出来ないだろと正論をかまして彼らを落ち着けた。
男と友人、それから一緒になって逃げていた他のβテスター2人のいるセーフティエリアに沈み切った数人の探索者がとぼとぼとやってきた。
「リーダー?リーダーはどこだ?お前らと一緒に探索してただろ」
「転んで、雲の下に……っ助け、られなくて……!」
「そんな……」
一緒に逃げて来た2人組の仲間らしくて問いかけた瞬間、涙腺が決壊した数人が泣き始める。
その場にいない彼らのリーダーが避難出来ずに落ちたというのだ。
男と友人は顔を見合わせた後、ぐっと拳を握り締めた。
もっと早くに気づけていればと思わずにはいられなかった。
「悲しみに暮れているところすまない」
さめざめと泣いている人たちをやるせなさそうに眺めていた2人の真横から声が聞こえてぎょっとそちらを見る。
そこにいつの間にか現れていたのはワルキューレの誾千代で。
「お前たちのリーダーは無事だ。我が主がダンジョンのギミックで人死を出すわけがなかろう。元気にこちらへ戻ってきている最中だ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。あまりにもお前たちがあれな反応をしているので我が主から可哀そうだから説明に行ってほしいと頼まれてな。わたしがその説明に来た。雲から落ちても死なん。あれだ、主が言うには『命の保証がされたスピードの出ない紐なしバンジー』とのことだ。バンジーが何なのかは知らんが」
「よ、良かった……っ!」
「教えてくださってありがとうございます!」
「ここでリーダー待ちます!」
「うむ。では失礼する」
安堵からすとんとその場に座り込み、彼らはほっと息を吐いて涙をぬぐった。
「良かったですね」
「ええ、本当に……!」
誾千代が音もなく消えたのを見届け、男は彼らに声をかける。
「おれたちはダンジョン天文学部の者です。あなた方は自衛隊の方ですよね?土方ダンジョンのPVにいつも映っている……」
「ええ、そうです。我らは北の山から雲に乗って探索をしていたんですよ。同僚も数名雲の上に乗っていたので逃げきれていれば、多分この中央の山のどこかにいると思いますが……落ちていたら盆地のどこかですかね」
「そうですか……。昨日は自衛隊の人達を見かけなかったのでどこにいるのかと思っていたんですが、ボス挑戦部隊の言う通り、山にいたんですね」
「ええ。スタート位置が南の草原の奥だったもので。山を登ってそのまま新エリアの四方の山の探索に。今日からはおそらくそれなりの人数が盆地に降りてくるかと」
「そうですか」
「あなた方は今日これから盆地を?」
「いえ、北の山に戻ります。まだ調査が甘いので」
「そうですか」
「中央の山からでも距離がありますし、戻るにも時間ががかかりますので、我々はこのあたりで」
「あ、はい!」
お互いにお辞儀を返し合って男と友人はダンジョン天文学部のメンバーに別れを告げてその場を離れていく。
中央の山の山道を見つけてその山道沿いに下って、城下町エリアの街並みを楽しみながら歩いて、丁度そのエリアの入り口から出たあたりで走ってきた探索者とすれ違ったのでこれまた会釈をお互いにして2人はフィールドへと出て行った。
「多分、さっきの町が城下町エリアだよな?あそこにギルドと治療所あったからこっち使えってことか」
「水龍の都も一応開いてるってさっき聞いたけど、こっちを使った方がよさそうだな」
「ああ。ここのワープポイントもあけたし、そうするか」
「とりあえず、早く戻るぞ」
「了解」
北の山、神社エリアに視線をやり、歩く速度を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます