第116話:βテスト5
「おい!起きろ!」
「何だ……?」
がくがくと揺さぶられて男はぱちりと目を覚ます。
寝ぼけ眼の先には目をキラキラさせている同じセーフティエリアを使っていた陸自の同僚の姿。
横を向けば同じように友人がもう1人の同僚にたたき起こされているのが見えた。
「いいから!荷物仕舞え!すげーもん見れるぞ!鳥居のとこ!早く!」
言われるがままにとりあえず片っ端からストレージに物を詰め込んで先を走っていく同僚を友人と一緒に追いかけていく。
「ほら!ほら!」
「何だ一体…………」
しょぼしょぼする目で同僚が指さす方を鳥居越しに目線をやれば、そこに広がる光景。
朝日に照らされて黄金に輝く雲海が広がり、中央に黄金に輝く薄く棚引いた雲に彩られた山城。
ぶわっと鳥肌が立つ程、美しい光景に一気に目が覚めた。
「雲海の城ってことか」
もともと、今いる鳥居からは新エリアが一望できる絶好のスポットだったが、これは、この早朝のこの風景はそれ以上の美しさだ。
男は思わず鳥居から少しだけ離れて指でフレームを作って覗き込む。
鳥居の外に広がる黄金色に輝く雲海、小さく見える朝日に照らされて同じように黄金に輝く山城、その絵になりすぎる光景に思わずつぶやき声が漏れた。
「天空の鳥居……」
「カメラ欲しい」
「それな」
「おい、なんか動いてる小さいなんか見えるんだが」
同僚が目を凝らす横で友人が双眼鏡を覗き込んだ。
「人だ。βテスターの人たちだと思う。え、雲の上乗れるの?!」
「行くか」
「行くぞ!」
「雲の上もフィールドか!」
動いているのが他のβテスターだと知った男たちは一斉に石段を駆け下り、山に雲がかかっている地点へたどり着く。
そしてそっと片足を雲に乗せるとふわっとした踏みごたえが返ってきた。
「ふわふわしてるけど乗れるぞ!」
「よ、よし、行こう!」
「ああ!」
ごくり、と喉を鳴らしてもう片方の足ものせる。
「お、おお!」
「バランスとり辛いけど、乗れた!」
「よし探索だな!」
「おうよ!また後で!」
「ああ!」
男と友人、同僚2人に分かれて歩きづらい雲上のフィールドを探索し始めた。
暫く探索していれば白い茎に雲の様にふわふわしている葉をつけた植物が採取出来たし、別の場所でも雲の様にふわふわした幹に雲そのものの葉をつけ、枝から朝焼けの様に鮮やかな赤っぽい橙色の果実が採取出来た。
「これ、ちゃんと写真とったらどえらく映えるんじゃね?」
「だな。写真撮りに来る人達がリリース後に群がりそうだ」
「まあ、この雲の上のフィールドの出現条件は現状分からんけどな。毎日現れるんかね?」
「さあ。そのあたりは調べる必要があるだろ」
「出現条件満たしてないと現れないと仮定して探索しないと碌に見れないよな」
「違いない。まず間違いなくβテストの期間中で見て回るのは無理だな」
幾つか見た事のないどこからどうみてもファンタジーな採取物をとりながら話し合う。
のんびりと植物や果物を採取しながら歩くこと暫く。
太陽はどんどんと昇って行っており、もうそろそろ10時くらいになりそうな頃合いだ。
既にあたりは明るいので探索を始めた頃の黄金に輝いていた雲のフィールドは純白の姿になっている。
「大分進んだなー………おい」
「どうした……?………雲、消えてないか?」
北の山の方を振り返った友人が男の肩を叩くものだから同じように振り返った先に見えた光景。
雲がそれなりの速さで消えて行っている様子。
「……これ、このままだと落ちるよな」
「そうだな」
「……走れ!!とりあえず、中央の山!」
「了解!」
歩くうちになれたふわふわな雲の地面を蹴りあげて2人は走り出した。
「やべえ!これ、最悪落ちて死ぬ!!」
「冗談抜きでそれ!!」
まだ雲が消え始めている位置からは距離があるが、消えていくスピードが結構速い。
全力疾走はしていないが、走らないと多分落ちる。
骨折なんてもんですまない。絶対死ぬ。
だって、雲海が出来ている位置は中央の山の山頂より少し下なのだ。
盆地からの高さなんて推して知るべしである。
そうやって走っていると、恐らく採取しているのだろう2人組のβテスターの姿が見えた。
「おい!死にたくなかったら走れ!」
「雲が!雲が消え始めてるんだよ!このままだと落ちるぞ!」
男と友人の叫びに近い注意の声に驚いた人達が立ち上がり、彼ら越しに消えていく雲を見つけてさあっと顔を青ざめさせて同じ方向……中央の山めがけて走り始める。
「時間制限ありかよー!」
「やべえやべえ!走れー!」
とったばかりの草……多分薬草の類を握り締めたままの彼らを挟む様に並んで男と友人も走り続ける。
「あなた方に一緒に雲の上に来た仲間はいますか!?」
「いるんですけど、分からないです!ばらばらで探索してて!」
「くそっ!気づいてくれていることを願うしかないか!」
雲上のフィールドを探索していた他の面々を探しに行く時間なんてない。
道中、他の探索者がいないか目を凝らす。
雲は広い盆地を覆い隠していたので雲上エリアもそれに合わせて広い。
「きっつ……」
「ひい……っ!」
「あと少しだ!頑張ってくれ!」
「もう目の前だ!大丈夫だ!あと少し!」
友人と一緒に走るのがきつそうな2人組を励ましながら駆け抜けていく。
走るスピードが落ち始めた2人組を励まし続け、なんとか中央の山に到達して雲から降りる。
それと同時にがくりと地面に膝と手をついて荒い呼吸を繰り返す彼らの姿にほっと息を吐き出した。
雲は彼らが中央の山に到達してからわりとすぐに全部消え、βテストを始めたばかりの時の姿に戻っている。
「あ、ありがとう、ございました。声、かけてくれなかったら、多分気づかないまま、落ちて……」
「いや、おれたちの進路上に君たちがいてくれて良かった。最悪誰にも注意飛ばせず自分たちだけ避難することになっていただろうからな」
四つん這いの態勢からごろりと転がり、青空を見上げ始めた2人組を起こす。
「寝転がるのはセーフティエリアで」
「あ、そっすね……ここ、普通にモンス出るんで……」
なんとか立ち上がった2人組はセーフティエリアの場所を知っているのだろう、マップを出して、こっちですと言ってふらふら歩き始めたのでそれを支えながら男と友人も歩き出した。
「リーダー!」
「先に行け!」
「でも!」
「いいから!!」
「リーダー!」
あまりにもファンタジーな隠しエリアをワクワクと探索をしているはずだったのに。
ダンジョン自体がファンタジーだろ、なんて軽口を叩き合っていたはずなのに。
のんびりと採取していたら仲間の一人が逃げるぞと叫んで走り出したのを何事かと思ってあたりを見渡せば、消え行く雲が目に飛び込んできて、弾かれた様に中央の山に向かって走り出して。
そして、最後尾を走っていたリーダーがふわふわした地面に足をとられて転んで。
助けようと足を止めた仲間に叫んでそして、リーダーは雲の下へと消えて行った。
駆け寄ろうとした1人は別の人に腕を掴まれて走り出す。
中央の山に近い場所にいたとはいっても、盆地からはかなりの高さがある。
落ちて打ち身で済むとかそういう問題ではない高さだ。
落ちたら死以外考えられない高さからリーダーは落ちた。
ぐっと唇を噛んで、胸の奥からこみあげてくる物を押し殺して走り続ける。
もっと早く気づいていれば。時間制限があると考えていれば、そんな考えが全員の脳内を駆け巡る。
でも足を止めることは出来なくて。
願わくば、土方が死亡防止の何かを設置してくれていることを。
中央の山に辿り着いてすぐに消え去った雲。
リーダーを助けることが出来ずにそこに辿り着いたメンバーは泣きそうになりながら姿を現した盆地を見渡した。
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