第115話:βテスト4






「お前らぶれねえな」

「ん?ボス挑戦部隊じゃないか。城エリアに来ていたのか?」


 天守閣に登り、廻縁に出て持って来ていた望遠鏡を設置し、日が暮れるのを待つ体勢に入っているダンジョン天文学部の面々を見つけたボス挑戦部隊のメンバーが呆れた様な目をしている。


「ここ、セーフティエリアじゃないってのにまあよくやるよ」


 荷物から取り出された寝袋に携帯食料や飲み物のペットボトル類を見渡す。


「ああ、モンスターが出たら討伐当番のメンバーが対応するから問題ない。幸い、モンスターがここに入って来ようとすることはあるけど、ここでポップはしないからな」

「せめてセーフティエリアでやらないか?」

「山頂になかったんだよな。周囲の山に行くには時間が足りない。あと、天守閣登れたからここからの方がより観察出来る。よって、今日の観測ポイントはここ」

「……そうかい」

「君たちはどうするんだ?」


 望遠鏡のセッティングを終えた天文学部のリーダーが問いかける。


「おれらは一通り軽く見て回ってる最中だよ。ただまあ、もうそろそろセーフティエリア行って野営の準備するけどな」

「まだやってないのか?もう夕方になりかけてるんだが」

「まあ、このまま夜も探索していい気がしてるけどな。夜にしか出ないモンスターいるかもしれないし」

「初日から飛ばすね」

「……おまえらには言われたくねえな」


 初日から天体観測する気満々の奴らが何か言ってる、というような表情をされたので、天文学部のリーダーは少しだけむっとする。


「麓の町……城下町かな?あそこはどこが調査してるか分かるか?」

「消防と警察の人達がちらほらいたぞ。あと、城下町エリアはギルドと治療所があるし、開いてるから、水龍の都まで行く必要なさそうな。水龍の都も一応ギルドと治療所開けてるっぽいけど」

「へえ、じゃあわざわざ水龍の都までいかなくていいんだな」

「おい、ここにいるってことは城下町エリア通ってきただろ?それかあれか?南側から強行突破してきたのか?」

「いや?城下町エリア抜けてきたよ。ワープポイント開けただけで他をすっ飛ばしただけで」

「……はあ」


 βテストにまで望遠鏡持ち込んだうえにブレずに活動するダンジョン天文学部の面々を見渡してこめかみを指で押さえる。


「そういえば、一番人数が多いと聞いた自衛隊の人たちを見ないけど、どこにいるんだろうか」

「多分だが、山じゃないか。城下町で会った警察の人が山に自衛隊の人いたって言ってたし、多分盆地にはおれらいるから今日は四方の山を調査してるんだと思うぞ」


「なるほど。個人的に北の山が気になっているから明日からはそっちに行こうと話しているんだ」

「北……ああ、神社エリアか」

「神社?」

「そう。北の山に見える建物っぽいやつとか色々、あれ神社らしい」

「へえ。そうなると現実世界にモチーフがあるのかな。もしかしてこの城も?」

「多分、田園と茶畑以外はモチーフあると思うぞ。いや、そっちもモチーフあるのか?」

「βテスト後にモチーフ探すのも面白そうだな。土方さんは多分リリースされるまで明言してくれないと思うし」

「それはそうだろ。ネタバレ絶対ダメ」

「確かに」



「おっと、じゃあおれらはもう行くわ」

「お互い頑張ろう」

「……ああ、そうだな」

「なんで間を空けた?」

「話題がループするけど、おまえらの今の状況を見てから言え」

「……確かに」


 既に何人も望遠鏡の前に陣取って空が暮れていくのを観察しているのを振り返り、ダンジョン天文学部のリーダーは真顔で頷いた。















「そろそろ朝だな」

「ああ………ん?おい」

「なんだ?」

「あそこ」


 望遠鏡から目を離してぐっと伸びた後、眼下の盆地を見下ろした1人が横で望遠鏡を覗き込んでいる仲間の肩を叩いて眼下の四方を囲む山の中腹あたりを指さした。


「……靄か?」

「なんか少しずつ広がってないか、あれ」


 山頂付近が少し明るくなり始めているが、まだまだ周囲が暗いので良く分からず、目を細めた後、望遠鏡をそちらへと向けて覗き込んでみた。


「やっぱりなんか広がってきてるぞ」

「これ、リーダーが言ってたギミックとかってやつか……?」

「かもしれん。皆起こすぞ!」

「おう!」


 モンスターの侵入を見張っていたメンバーにも声をかけ、寝袋に包まって寝ている仲間を全員たたき起こす。

 寝ぼけ眼な彼らに興奮気味に外を指さしながら説明し、望遠鏡を覗き込ませればあっという間に全員が覚醒して騒ぎ始めた。


「気づいた時間は?!」

「大体5時くらいです!」

「天候、雲一つない快晴」

「月はもうここからだと見えないけど、上弦だった」

「こっちに伸びて来てる!」


 大慌てで寝袋他諸々をストレージに適当に突っ込んで、皆天守閣の外を齧りつくように観察する。

 空がどんどん明るくなるにつれて靄だと思っていた物がおそらく雲であることに気づく。

 皆が観察する中、雲は四方の山からここ、中央の山に向けてどんどんと伸びてくている。

 そして、丁度空が朝焼け模様になった頃、雲は中央の山の山頂の少し下まで到達した。

 白い雲は朝焼けを反射して赤や橙に染まり、眼下の盆地を覆い隠して佇んでいる。



「そうか、雲海の城……っ!」

「あ!この城、雲海の城モチーフか!竹田城跡とかそっち系がモチーフ?」

「くそ!この景色、中央の山からじゃなくて周囲の他の山から見たかった!」

「それな!」


 持ち込んだカメラで写真を撮っているメンバーが悔しそうに言えば、同意する声がそこかしこから上がる。


「……?なんか雲の上に植物っぽいのみえるんだけど、何あれ」

「は?雲の上に?」

「……ほんとだ、なんかある」

「ぼくちょっと近づいてくるよ」


 そう言ってリーダーが天守閣を飛び出せば、数人それについて走っていった。



「近くでの観察はリーダーたちに任せるとして、この雲海、現実世界での出現条件に当てはめてみるのってどうなんだろ」

「多分、現実世界の出現条件はあてにならんと思うぞ。っていうか、土方さんは多分それ外してきてると思うし。そこまで現実世界準拠にしたらダンジョンとして面白くねえっしょ」

「確かに」







 天守閣を飛び出した天文学部のリーダー他数名は雲のある地点まで到達して観察していた。


「雲の上に植物っぽいのがあったはずだけど、ここからだと見えないな」

「ですねーって、おい何やって……って、は?」

「乗れる!!雲に乗れるー!すげー!」


 さてどうするかと話し合っていたメンバーの中の1人がひょいっと雲の上に乗ってぴょんぴょんジャンプしている。


「乗れるのか……!?……乗れる!!」


 わーい!と言いそうなくらいにはしゃいで雲の上を走り回り始めたメンバーにつられて全員が足を乗せればそのままふわりと雲の上に乗ってしまった。


「うわ、ふわふわしててバランスが……っ!」

「なんであいつ走り回れてんのすげぇ」

「……よし!探索開始!」

「ラジャー!」

「はーい!」


 ふわふわしていて歩きにくい雲の上をえっちらおっちら進んで中央の山から少しだけ離れた後、白い壁が朝焼けに染まって輝いている天守閣に向かって全員で手を振り、そのまま探索を開始した。





「はぁー!?リーダーたち雲の上に乗ってるんですけど!?」

「雲乗れるの!?あれか!薬師の隠れ里みたいな隠しエリアかこれ!」

「ずっこ!おれも行く!」

「わたしも行く!」


 慌てて荷物を全部ストレージにツッコんで飛び出していくメンバーを見送り、その場に残ったのは3人だけ。


「しゃーねえ。ここで観察しててやるか」

「だな」

「皆朝から元気だなぁ。おじさん真似できないわ」


 高欄に腕を乗せ、雲の上ではしゃいでいる他のメンバーを3人は苦笑とともに見下ろした。





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