第112話:βテスト1
ばくばくとなる鼓動を抑える様に心臓の位置の服をぎゅっとつかむ。
今男がいるのはβテスト参加者が集まる集合場所。
ここからチーム日本の神が土方ダンジョン内に直接男たちを送ってくれるそうだ。
この場にいるのは同じ県内の警察関係から選出されたβテスターたちだ。
他の自衛隊、消防関係のβテスターはまた違う場所が集合場所として当てられているらしい。
なんども持ち込む物をチェックし、準備した荷物は今は男の横にどさりと置かれている。
自衛隊から貰ったノウハウによると、ダンジョン内にさえ入ればストレージに荷物は収納できるとのこと。
例えば、大き目のリュック1つに荷物が纏まっているのならばストレージの枠は1つで済むが、これが複数に分けて持ち込むならその個数分ストレージの枠は食いつぶされるという。
ただし、リュック内の荷物を取り出すときはリュックをストレージから出さないと取り出せないとのこと。
ダンジョン内で採取するのを考えると、出来れば荷物は2つまでにまとめておいた方がよいとあったので、男は四苦八苦しながらなんとか2つにまとめた。どうしても野営で使うテントなどを持ち込もうとすると1つにまとめることが出来なかったのである。
後、服や下着は最低限にとどめてダンジョン内で洗って使いまわすと荷物が減るとあったのでそれに倣ってローテーション出来る程度の枚数を用意した。
どこで洗うのかというと、スライムの姿が見える川か温泉施設で、とのこと。
あと困るのはトイレ。ダンジョン内にトイレはないので、木の影などで用を足すことになる。
ちなみに、水辺で用を足すのはNG扱いである。
以前は水辺でそれをすると繊月や寒月がにこやかにポップしたし、人手が足りない時は朧、錦がポップすることもあったが、ガチャ祭り後は主に清姫がポップする。控えめに言わなくても恐怖である。
男はこれらを既に知っている。何せ、トイレ事情は土方ダンジョンにいく探索者の間では常識なので。
女性探索者でどうしても木の影などで用を足せないという人は温泉施設に併設されているところを利用するか、食堂などを利用してその時に併設されているトイレを使うかしてどうにかしているようだ。
ちなみに、フィールドで木の影等で用を足す場合は事前に消臭効果のある薬草や葉っぱを採取しておいて、用を足した場所にかぶせておくのがマナーである。
後はフィールド上を巡回している掃除専門のスライムたちが掃除するか、時間経過で消えるのを待つかである。
これらのノウハウを見た時に同期の女性の口元が引きつっていた。
まあ女性にはちょっときついかと思わんでもないが、それが無理なら辞退した方がいいんじゃ?と伝えたら思い切り脇腹をどつかれた。
まあ、最低限の施設しか開いてないとはいえ、温泉施設は使えるのでそちらのトイレを利用するのもありだろう。
同期の女性は他にもいる数少ない女性βテスターたちと仲良くなったらしく、そちらのグループに混ざっている姿が見られた。
何時もの様に集合場所からダンジョン内に飛んだ男と友人はぐるりとあたりを見渡す。
この場所には自衛隊のβテスターのみがいる。
恐らく別の場所に警察と消防、一般探索者のテスターがいるのだろう。
目の前には山。南の草原の奥に出来たただの景色だったそれ。
目の前ではβテスト初参加の隊員に最終説明をしている隊長の姿がある。
初参加ではない者たちは最後の確認をしてストレージに荷物を突っ込んでいっている。
勿論、男と友人も背負っていた荷物を降ろしてストレージを開いてそこに入れた。
「では、散開!」
説明が終わった後の隊長の号令で散り散りに行動開始となった。
男と友人も山に向かって歩き出す。
事前の調べだとなかったはずの山道が山に出来ていたのでそこを目指す。
相変わらず目に見える道ではなく、道なき道を行く隊員がいるが、それは彼らのデフォルトなのでスルーする。
「新エリアは多分山の向こう側だよな。流石に山エリアその2とかじゃないはず」
「それはそう。あと、リリース時同等の広さの山エリアとか勘弁しろ」
「それな」
友人のげんなりした顔を見て思わず同意する。
1週間ずっと山の中とかいくらダンジョンの中だと言っても面白くない。
土方がそんな面白みの欠片もないエリア作るとは思えないので、友人の言う通り、山を越えてからが本番だろう。
「あ、どうも……」
山道を歩いていると、途中にある分かれ道で別組織と思わしき男性3人とかち合った。
「あ、どうも。俺たちは陸自からの派遣の者です」
「ご丁寧にどうも……。俺たちは宮崎県警からの派遣でして」
「そうでしたか。県警の関係者はどこからのスタートで?」
「この道をたどっていった先で、山の中腹あたりからでしたね。そちらは?」
「南の草原の端、山のふもとからですよ」
これも何かの縁、と彼らと共に山道を歩き始める。
男と友人、それと県警の3人の5人で暫くは行動することになりそうだ。
「そういえば、自衛隊の人にあったら聞きたかったことがありまして」
「聞きたかったこと?」
「はい。自衛隊から頂いたノウハウに気になる1文がありましてね」
「ノウハウの1文?」
「ええ。鳥型モンスターを攻撃したら最悪SSRモンスターがすっ飛んでくるという1文がありまして」
「あー……」
その言葉に男と友人は顔を見合わせる。
「ダンジョンがリリースされてからはスタッフのモンスターに攻撃しようとしたら周りが止める、というのは聞いたことがあるのですが、実際実行した例は聞いたことがなくて」
「ええ、そう、ですね……。リリース前のβテストで実際にテスターだった我らの仲間がやらかしまして。ええ、鳥型モンスターがスタッフだと知らず、食料調達の目的で攻撃してしまったんですよ。そしたら繊月さまが笑顔で目の前に出現したそうで、鳥型モンスターはスタッフだと教えられたそうです」
「普段土方ダンジョンに行かない人だともしかするとやってしまうかもしれないと思ってノウハウの1つにしたんでしょうね」
実体験だった、と県警の3人組が目を見開いている。
男と友人は自分たちではないとはいえ、仲間のやらかしに過去の事ではあるがそっと視線を逸らす。
自分たちも聞いた時は彼らと同じ反応をしたのではあるが、それはそれである。
それからも他愛ない話を続けながらも調査はしっかりと行いつつ、そこそこ広い場所へと出た。
とはいっても木々に囲まれているのには変わりない。
「道が二手に分かれてますね」
「ええ……我々はこちらへ行きますが、どうしますか?」
男と友人は右側の道を指さす。
「では、我々はこちらへ。道中ご一緒出来て楽しかったです。またご一緒出来たらその時はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
県警からの3人は顔を見合わせた後、左側の道を選び、男と友人とはそこで別れた。
「後の消防と一般探索者たちはどこにいるのやら」
「まあ、そのうちどこかで会えるだろ」
右側の山道を歩きながらちらりと木々を見る。
植生が変わってきているのだ。
先ほどの分かれ道までに見た木々とはまた違う種類の木が紛れ込み始めている。
「エリアが変わりそうだな」
「やっと新エリア到着か」
朝早くからβテストは始まり、腕時計を見れば11時を少し過ぎたくらいを示している。
「どこかセーフティエリアないかな」
「そろそろ一度休憩したいし、この山道のどこかにあればいいんだが」
ボヤキながら山道を歩いていく。
セーフティエリアは道沿いにあることが多い。
勿論、道なき道を進んでいった先にもちゃんとあるけれど、休憩出来る場所が道沿いには必ずといって良い程設置されているのだ。
だから特に焦る事もなくのんびりと道を進んでいく。そうすると予想通り丸太と焚火跡の有る広間が出現した。
そこに腰を落ち着け、昼食の準備を始める。
βテストの初日、最初の休憩の時はいつも持ち込んだ携帯食料やレトルトで済ませるのが男と友人のいつも通りである。
夕食からは狩りをして、食べられるキノコや果物などを採取してとる。
「警察の人と一緒だったとは言え、ちょっとゆっくり進み過ぎたな。午後からはペース上げるぞ」
「ああ。流石にもう新エリアの調査を本格的にしてないとあれだし」
ぼそぼそしていて口の中の水分を奪っていくカロリーバーを齧りながら友人も頷いた。
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