第110話:βテスト依頼







 恒例となる土方ダンジョンのβテスターとして今回も男は友人と一緒に呼ばれた。

 ほぼ顔ぶれは変わらないが、たまに新顔がいるのが面白いところ。

 βテストに参加する顔ぶれはダンジョン単位である程度固定化されていて、前回の近藤ダンジョンのβテストには男は参加していない。ただし、友人は急に参加できなくなった隊員の代理で参加している。少し羨ましかった。

 今回のβテストはいつも通りの1週間に加えて追加で2日あり、この2日でPVの撮影を行うようだ。

 なので、今回のβテスト参加条件はPV撮影に協力できる人である。

 PVに映り込むのは今更なので気にせず男と友人は承諾したのでこの場にいる。


 ただ、今回は呼ばれた人数がかなり多いのである。リリース前の最初のβテストの時より多い。これはどうしたことだろうと思いながら、上官の説明に耳を傾け続ける。

 男や友人といったβテスト常連の者たちはいつも聞いている様な内容なのだが、今回初めて呼ばれた人たちは男たち以上に真剣に聞いている様子が見える。


「……さて、βテストに対する説明は以上になるが、今回の新エリアはかなり広大だそうだ。事前に教えられた情報によると、土方ダンジョンの初期エリアと同規模らしい」


 告げられた新情報に少しだけざわめきが起こる。

 初期エリア、というと、手分けして各エリアの探索をした記憶がある。

 男と友人は主に森エリアを中心として探索していたし、森エリアは男と友人の他に1、2人くらいしかテスターいなかったのも覚えている。


 ただ、あの時はダンジョンリリース前で創造主としても限られたDPでやりくりして作ったダンジョンだったので、そこまで大変ではなかった。

 しかしDPが潤沢にある現在、それを惜しみなく使い、SSR以上のモンスターの力を使って作り上げられたはず。

 ならば今回のβテストはかなり大変なのではないか、と思うけれど、それはそうとして楽しみでもあるのは間違いないわけで。


「新エリアがかなり広大であることから、今回だけは我々自衛隊だけではなく、他からも参加する。九州の各県警と、九州各県に存在する消防本部や消防局、ダンジョン省が選抜して声をかけて了承が得られた探索者が参加する。割合としては我々が一番人数が多く、次いで九州各県警の合計人数、消防の合計人数、最後に一般の探索者となる。我らも増員し、空自も海自も増員して送り出すことになったのだが、それでも足りないとダンジョン省と土方ダンジョン担当の神が判断した結果、補う様に九州各県の県警と消防、信頼できる探索者に声をかけたそうだ。なので、今回は我ら自衛隊以外も参加するため、いつもと勝手が違うので注意してほしい。基本的には組織単位で動くが、それでも彼らと接する事もあるだろう。気を付ける様に」


 その後いつも通りにプリントが配られた解散となり、男に近づいてきた友人を気にせずプリントに目を落とす。


「今回のエリアなんで初期と同等の広さにしたんだ……?」

「さあ?」


 自分もプリントを持っている癖に男の物を覗き込んだ友人が彼の独り言を拾う。


「いやまあ、楽しみではあるんだが純粋な疑問。何時もだと1エリア、2エリアで、広さもそんな広くなかっただろ?でも今回は馬鹿みたいに広いわけで」

「おれらだけだと手が足りないって相当だと思うぞ。だって海自や空自も増員したんだろ?」

「ダンジョンリリース前のDPが足りない頃とは違うってことなんだろ。とくに土方さんはDP節約できるモンスターが大勢いるわけだし。特に龍王3人が反則級だし。そら事細かく作り込んでるに違いない。今までのエリアもそうだったしな」

「確かに。ただ今回はエリア情報が広いこと以外ないんだよなぁ。特別必要な物はないってことか?」

「前回はホラーだって明言されていたけど、今回はそれがないんだよな。だったら多分そうだと思うぞ。必要なら情報くれてるはずだし」

「なら持ち込む物はいつも通りでいいな」

「ああ」


 新エリアが広かろうがなんだろうがやることはいつもと変わらないし、楽しめば良いのである。























 配属3年目の警察官である男は同期の女性警察官と一緒に良く分からないまま、警察本部へとやってきていた。

 ある日いきなり男と同期の女性が名指しで本部へ呼び出されたのだ。

 男と女性に本部への呼び出しを伝えた上司が形容しがたい表情をしていたので本当に謎である。

 何かやらかしていたらまずはその上司に叱責されると思うのだが、と疑問は尽きない。

 自分たちは何かやらかしたか?!と戦々恐々としながら指定された部屋へと入れば、そこには同じように不安そうな顔をした人達が沢山いた。

 そのままその団体の隅に2人で加わり、そわそわと待つこと暫く。

 集合時間の少し前になった時、本部長自らがやってきたのですっと自然と背筋が伸びた。



「えー……、そんな不安そうにしなくとも大丈夫ですよ。皆さんを集めたのはまあ、濁さずに伝えると土方ダンジョンのβテストへ参加して欲しいからです」



 開口一発、投下された情報に男も同期の女性も固まる。



「今回、自衛隊だけではなく我々にも声がかかったのは、βテスト対象となる新エリアが広大なため、人手が足りないからとのこと。ただ、全国から集めるには多すぎるということで九州に限定されて我々に声がかかりました。なので、βテストに送り出す人員として皆さんを指名させていただいたわけです」


 ざわり、と一瞬騒めいたがすぐに静かになり、本部長の言葉を待つ。


「やっと自衛隊以外にもβテストに声がかかり、嬉しい限りではありますが、それはそれ。我々にはβテストのノウハウが一切ありません。なので、ある程度自衛隊からノウハウを教えていただきまして、プリントを用意しているのでそれを基に服装や持ち込む荷物を準備してください。後、探索者登録していない人はすぐに登録するように。今週中……遅くても来週水曜日までに手続きをすれば間に合います。βテストは1か月後ですが、都合が悪い人は申し出る様に。代わりの人員を手配しなくてはいけないので」


 望んでやまなかったβテスト参加券だ。誰が手放すというのか、と言わんばかりに全員の表情がきりっとする。


「それと、今回はβテストの1週間とPV作成のための2日間があるそうで、その間、土方ダンジョン内にいることになりますのでそれを念頭に準備を進めてください」


 以上、と言って本部長が部屋を出て行って暫く、誰ともなく喜びの叫び声が上がった。

 男と同期の女性も喜びぐっと拳を握り締めている。


 今まで本気で自衛隊が羨ましかった。自分たちもβテスト行きたいと何度も思っていたし。

 ただ、今回呼ばれたのが自衛隊だけだと人数が足りないからという人員補充の面が強いのがちょっともやっとするけれど。


 配られたプリントを見る。

 本部長に言われた通り、βテストの開始は1か月後だが、それまでに準備を進めないといけない。

 男は休日などで土方ダンジョンに行くことがあるので探索者の資格は持っているが、ダンジョン内で何日間も過ごすことなんてなかったので、自衛隊が教えてくれたノウハウが書かれたプリントはありがたい限りだ。



 ・土方ダンジョンは食料が豊富なため、携帯食料は最小限にして調理道具一式を持ち込むべし



 ノウハウの先頭に書かれた最初の1文に何とも言えない表情をしてしまう。確かに土方ダンジョンは食料豊富だが、料理が壊滅的にできない人は果物でも採取して齧ってろってことか……?という感想が思い浮かんだ。なお、男は簡単な料理ならできるのでなんとかなるだろう。



 ・肉を入手するため、罠の心得があればより良し

 ・肉を入手する場合、残酷描写を少し下げるのが吉



 続いたノウハウも食料のことだった。

 実際はもっと硬い文章で書かれているが、要約すると上記の様な感じの内容だ。



 ・βテスト時、必要最低限の施設しか開放されていないので、食堂や旅館は期待してはいけない。山エリアの温泉は使える。多分今回は海エリアの温泉も使えると思う

 ・野営準備は怠らないように

 ・土方ダンジョンは天候の変動あるため、雨に備えておけば安心

 ・ただし、現実世界の天気予報は土方ダンジョン内の天候には関係ないのであてにしてはならない

 ・夜、道に迷った時は星を見て方角の特定は出来ない。なぜならば土方ダンジョンの空は現実世界の空ではないためである。月で判断は一応出来る

 ・道に迷った時は鳥型モンスターが助けてくれるため、むやみやたらと歩き回らない方が吉

 ・ダンジョン内にいる鳥型モンスターは高確率でスタッフなので食料にはできないので注意すること。攻撃すると最悪SSRモンスターがすっ飛んでくる



 確かに、土方ダンジョンの空は現実世界のそれではない。

 だって、月は夜にしか昇らない。昼間の月はダンジョン内に存在しないし、夜空の星も現実世界の星が何もないし、月の満ち欠けはあるが、その満ち欠けや季節によって月が夜空にあるかないかも関係ない。夜になったら昇るし、朝になったら沈む。それは満月だろうと三日月だろうと同じだ。

 だから、現実世界の空と同じと思っていると痛い目見るぞ、ということなのだろう。

 誰かの実体験かな?なんて思いつつ、素直にノウハウのいう事を聞こうと思う。

 ダンジョンの空についてはダンジョン天文学部と名乗る探索者集団が趣味と称して研究をしているので確かな情報だろう……メンバーには専門家がちらほらいるらしいが知らない。

 なお、奴らの生息区域は主に山エリアの巨大キャンプ場である。男と女性が所属している警察署の事務方の中にダンジョン天文学部に入っている人がいるのでそういう話を聞いたことがある。


 ただ、季節と時間は現実世界と連動しているので、現実世界が春ならダンジョン内も春になるし、現実世界が9時ならダンジョン内も9時である。後、夏は昼が長いし、冬は夜が長いのも現実世界と一緒。ただし、秋冬に近づくと夜になるのが早くなる、春夏に近づくと朝になるのが早くなるということはなく、夏はずっと昼が長い、冬はずっと夜が長い。そのあたりは現実世界準拠ではないので、注意が必要。このあたりのことは分からないが、月や星といった空の有り様と天候を現実世界にリンクさせていないのは土方なりのこだわりか何かだろうか、それともダンジョンを作るうえでそれが限界なのか、と考える。


 ノウハウは結構な数あって、それを目で辿っていく。

 ノウハウはある程度内容が固まっているのに、何故かところどころご飯のノウハウが混じるのはなんでだろうか。ご飯については最初にあったはずなんだけどな、なんて思いつつ読んでいればそろそろ解散するようにと声がかかり、男は同期の女性に引っ張られて部屋を後にした。







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