幕間22:コンサート





 オーケストラコンサートは初日の東京からスタートした。

 初日は公演前に鎖国組の代表の挨拶が入って、それを持ってダンジョンの正式開放の挨拶となった。

 企画者であり、唯一現場にやってきていた一颯も挨拶をと言われたがそれは断固拒否し、裏方に徹した。

 陰キャに何をさせようというのか。挨拶なぞお偉いさんのやつだけで良いだろう。というか、何を言えばいいのか分からないので本気でやめてほしい。


 初日に当選した観客も皆マナーよく、それでいて演奏と演出を楽しんでくれて本当に良かった。

 皆始終笑顔で曲は真剣に聞き、その代わりに曲の合間合間では普通に歓声を上げながら聞いてくれたので一颯をはじめとする運営側の人たちはほっと胸を撫でおろした。

 クラシックコンサートの様にお行儀よく聞くようなコンサートではないのでこれは普通に運営側も、オーケストラ側もにっこり笑顔になった。


 続くように宮城、愛知、福岡、神奈川、大阪の公演でも同様に大成功を収め、運営も、オーケストラの面々も、和楽器奏者たちも、皆笑顔だった。

 なんならまたオーケストラコンサートみたいなのをするのであれば呼んで欲しいと言われたほど。

 勿論、今後また行うなら呼びたいと一颯も運営も伝えた。





 そして、一番気を遣う最終日、土方ダンジョン公演の日がやってきた。

 この日は告知している通り、上位神や神話級の神々がいらっしゃる特別な日である。

 神々が会場入りするのは、チケットに当選した一般客が全員席に着いた後になる。

 神々の席は一般席とは違ってボックス席にして、2階に当たる部分に設置している。

 また、神々が何名来るのか分からなかったので、担当神に、神々の人数に合わせてボックス席の容量を拡張してほしいと頼んであるのでおそらく大丈夫であろう。

 日本のダンジョン創造主4人と護衛は1階席の中ほどに招待席を用意しているので、近藤たちはそこで見てもらう。一颯は運営側なので裏方だ。


 ちなみに、近藤の護衛はコンコキッツネのおあげと犬神の文目である。酒呑童子は寝る自信しかないと今回は辞退したらしい。斎藤の護衛はミニマイッヌのるいと木龍のうちの1人、沖田は夜叉の豪とスライムのすらおだ。

 後は一颯について回らない木龍王の錦と土龍王の馨が観客席にいる。

 水龍王の朧は一颯と共にいるので裏方である。他の子たちは演出に協力する子たちを除けば、端末越しに見ていたり、仕事だったりでこの場にはいない。

 なお、木龍王の錦と対面した木龍の女性が鼻血を出して拝みだしたために錦が爆笑し、斎藤が頭を抱える事態となったが、今はティッシュを両方の鼻に詰めて錦から一番遠い招待席に鎮座している。



 本日演奏を担当してくれるオーケストラの面々がガチガチに緊張しているのを見ながら代表者とあいさつを交わして、続々入場してくる一般客の様子を裏からこっそりと見守る。

 綺麗めの格好で、と言ったのでどんな格好で来るのかと思っていれば、ジャケット姿もいればワンピース姿もいるけれど、それ以上にドレスやスーツと言った本気のフォーマルや、着物姿の人までいたので、服装に悩んだ痕跡が見て取れて何とも言えない目線になる。

 ドレスやスーツが多いのが外国人の客で、フォーマルとまではいわないまでもそれに近い服装をしているのは日本人の客。着物は言わずもがな。

 ちなみに着物は男女どっちも一定数いる。



「あそこに、神さまがやってくるんですね……」


 オーケストラの1人がぼそりとつぶやく。


「うぅ……緊張してきた……」

「音大の受験で猛特訓してた時並みに練習したよ」

「同じく」

「こうまで練習したの何時ぶりだろうか……」


 乾いた笑い声を出すオーケストラの面々をちらりと見た後、一颯はすっと視線を外した。

 一颯だってまさか上位神や神話級の方々が来るなんて思ってもみなかったのだ。

 ただの人間である一颯たちでそんな方々の相手は出来ないので担当神をはじめとするチーム日本の神々に対応は丸投げして、自分はコンサート開始前の神々への挨拶というか、礼で顔を出して終わる手筈である。


 オーケストラの面々は昨日から来て貰ってリハーサルやゲネプロまで参加してもらって確認が終わっている。

 ダンジョン内コンサートは現実世界での公演とはまた違った演出になる。

 ダンジョン内だからこそ出来るようなものだ。

 このあたりは演出家の人と何度も話し合って決めた。

 計7日の公演の中で一番演出に気合が入っているのも、最終日の今日の公演だ。


「一般客の入場終わりました!近藤さんたちも席についています!」


 運営側の人から連絡が入り、場が緊張に包まれる。


“一颯さん、上位神や神話級の神々の準備が整いました。いつでも入場できますよ”


 聞こえてきた担当神の声に、ごくり、と何人もの人がつばを飲み込む。


「主」

「おん……。皆さん、位置についてください」


 朧の呼びかけに頷き、オーケストラの面々に指示を出す。

 一颯の指示に静かに頷き、オーケストラの面々が指揮者を含めて緞帳で覆われたステージ内へと静かに入っていって配置についたのを見届け、一颯は深呼吸を繰り返し、緞帳の前、客席側の舞台へと朧とひすいを連れて歩き出す。


 一颯たちが姿を現すとスポットライトが彼女たちを追いかけて照らし、舞台の中ほどに来た一颯が客席を向けば、静かにしている客たちがじっと自分たちに視線を向けているのだろう。

 とはいっても、スポットライトが眩しすぎて観客の顔なんて分からない一颯は多分そうだろうとしか想像するしかないのだが。

 一颯はそっと2階のボックス席へと視線を向ける。

 すると、そこにまばゆい光と共に幾人ものの姿が続々と現れ始める。

 それに気づいた観客が一瞬騒めくもすぐに静かになる。

 そんな中で一颯と朧、ひすいが深々と2階のボックス席に向けて頭を下げ、それに続く様に立ち上がって背後を振り向いた近藤たち創造主とその護衛が頭を下げたので、観客もまた立ち上がって背後を振り返り、深く頭を下げていく。


 暫くその体勢のままでいれば、ボックス席のまばゆい光が収まる。



“良きかな。楽にせよ。本日は楽しみにしておる。皆も良き音楽を楽しむと良い”



 男とも女ともつかない不思議な声がコロコロと笑い声を伴い響き渡る。

 それを合図に一颯が頭を上げ、ぱん、と手を叩くと、アナウンスが入る。



『7日目、ダンジョン開放記念コンサート開幕となります。皆様、着席をお願いします』



 日本語の後、英語でもアナウンスが流れ、頭を下げていた面々が次々と着席してくのを眺め、一颯は朧とひすいを連れて裏へと戻っていった。


 それと同時に緞帳が上がり、演奏を始めんと構えていた指揮者の腕が動き出した。







 7日目、ダンジョン公演の演出は一颯、繊月、寒月、桜子、撫子が複数台での使用が可能となった端末を操作して行う。

 現実世界の様に照明を操作したりなどはダンジョン内だとダンジョン創造主の一颯や彼女所有のモンスターたちでしか行えないためである。

 演出のタイミングの指示は演出家が行ってくれるので、後は一颯たちがその指示に従って端末を操作するだけである。

 このあたりも何度も練習を重ねたのでうっかりミスをしなければ問題ないだろう。

 現実世界ではバックスクリーンに映すだけだった映像がダンジョン内では観客席一杯に広がり、あたかも映像の中にいるような錯覚を覚える。


 第一部は、オープニング曲で始まり、各国のイメージ曲ではそれぞれのダンジョンが提供してくれた動画がホール全体に広がり、あたかもそのダンジョンの中にいるような感覚になる。勿論、席に座っている感覚はあるが、ホールの壁も、天井も、ステージも何もかもが消え、ダンジョンの中で演奏され、それを聞いている様だ。

 それが動画に移るダンジョンが変わる度に風景もコロコロと変わっていくのが何とも面白く、新鮮であっという間に観客は神々がいることを頭の隅に押しやり歓声を上げる。


 ひらひら舞い散る新緑の葉や色とりどりの花弁、砕け散り、舞い落ちると同時に消えていく鉱石の破片、そういう幻影を美しいオーケストラの音色と共に楽しむ。

 現実世界では不可能な演出の数々に胸が躍る。

 舞い散る物に手を伸ばしても触れられずに消えていくのも面白いし、自分が客席に座っていることを忘れそうになる。

 曲ごとにアナウンスは入らず、1曲が終わる度に元のホールの姿に一瞬だけ戻るので、その都度、そうだ、自分はコンサートホールにいるのだと我に返っては、次の曲でまた新たな風景の中に入り込んで歓声を上げる、ということを繰り返し、第1部が終わった。


 そこから15分の休憩を挟んで第2部へと移るのだが、ここで漸く神々がいたことを思い出して慌ててボックス席へと視線を向ければ姿は良く見えない物の非常に楽しんでいる雰囲気だけは伝わってきて、観客たちも自然と笑顔になった。


 第二部は、日本ダンジョンのPV曲。第一部の時同様、あたかもPVの中に入り込んだかの様な演出だった。それに加えて照明やスモークも使われ、ダンジョンの中に入ったというよりはPVを基にしたアトラクションに乗っている様な感覚に陥る。


 近藤ダンジョンのPVではボスモンスターの迫力、沖田ダンジョンは迷路の難解さ、斎藤ダンジョンは廃墟の寂れた美しさ、土方ダンジョンは青空や夜空の下に広がる広大な大地に青い海の中。


 日本の探索者で全部のダンジョンに行ったことのある者であっても何故か新鮮でその都度その都度歓声を上げた。


 そしてまた15分の休憩が挟まれ、第三部へと移る。


 第三部は、土方ダンジョンのBGM。今度はダンジョンの中に入ったかの様な演出ではなく、バックスクリーンにダンジョン内の映像が流れるだけだったが、照明などで目を楽しませてくれた。風が吹き、花びらや葉が流れては光と共に消え、泡沫が弾け、空中に川の様に水が流れ、その中を色とりどりの魚が泳ぐ。それを照明が照らして煌めかせ、強調する。


 第一部、第二部とはまた違った趣向が凝らされた演出に目を奪われる。勿論、オーケストラの演奏があってこそのものであることは言うまでもないが、こんな体験が出来たのであれば、チケットに当選した甲斐があるというものだ。

 目で楽しみ、耳で楽しみ、そのどちらともで楽しみ、時間を忘れ、神々がいることも忘れかけながら全ての演目はアンコール2曲を加えて終了した。


 最後、緞帳が降りた後、一颯と朧、ひすいがまた裏から出て来てボックス席に向かって深く頭を下げ、近藤達がそれに続き、観客もまた続いて頭を下げる。



“良きかな。大変満足である。演者、観客、運営全ての者に祝福ぞあれ”



 頭を深く下げている自分たちにキラキラとした何かが降り注ぐ。

 とても楽しそうで満足そうな声の主は小さな笑い声を残し、姿を消す。

 それに続く様に続々と神々の気配がホールから消えていくのを感じながら、気配が全てなくなるまで頭を下げたままだった一颯が顔を上げ、ボックス席を見れば、ただ1柱そこに残っていた神が彼女に笑いかけ、そっと姿を消した。

 いや、正直に言えば笑いかけたと思っただけである。姿をはっきりと見たわけではないので定かではないが、なんだか笑いかけられたような気がする、程度の認識ではある。



『これにて最終日、土方ダンジョン公演は終了いたします。お忘れ物のないようにー……』



 最後のアナウンスが入り、観客が動き出す。


 一颯たちもまた裏方へと引っ込み、無事に終わることが出来てほっとして腰を抜かしているオーケストラの面々を労い、お礼を言って回った。






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