幕間19:企画始動






「なんで増えてるん……?」

“選べなかったらしいです!”


 きっと目の前にいたらにこっという効果音が付きそうな笑顔なんだろうなという担当神の弾んだ声が聞こえる。

 現実世界で1日とダンジョン内で1日の計2日間で出来ればいいなぁと思ってたら、倍以上に増えて帰ってきた提案書。

 端末に映し出されているそれを見て思わず目が遠くなる。


「えぇ……なんでぇ?」

“一颯さんが用意した予算だけではなくてダンジョン省やグッズ作成部門からもお金出すから増やさない?って意見が出たみたいです。

 あと、あなたがピックアップした所に声をかけたら是非って言うって譲らない団体がちらほら。

 それはグッズ作成部門の人たちも想定していたみたいで、いつかのプレゼン合戦じみた感じは嫌だったらしくて、なら全部に頼むかってなったみたいです!

 あ、一颯さんがピックアップしていた5つのうち、3つの団体の予定が合わなくて受けることが出来なくて物凄く悔しがってましたよ。

 なのでその3つの団体を補填するという意味で3つ選び直したらしいです!そちらは予定もかみ合うからOK貰ってますね”


「ダメだったからって何で補充したうえで更に追加するん……?わたし的にはピックアップしたとこ、全滅も覚悟してたんやけど……。それなのに数増やすってどういうことなん……。あと、会場は?」

“会場はピックアップしていた3カ所全滅で、グッズ作成部門が予定が合う他の候補上げてくれてます”

「あー……」


 端末に映ったピックアップリストを見て一颯は顔をしかめた。

 一颯自身、いいなぁと思っていた場所ばかりだ。

 ただ、予算内に収まらないから見送った場所たちでもある。

 なのに、ピンポイントでグッズ作成部門は一颯が断念した場所ばかりを選んできた。なるほど、自分以外から見てもあの会場らは良い場所らしい。


“で、会場なんですけど、日本各地に散らばらせて日程を確保したそうです”

「……なるほど、ツアーしろと」

“みたいですね!”


「……仕事増やして申し訳ないって思ってたのに、これあちらさんが話を広げたと思うんだが?」

“今回は下部組織のグッズ作成部門が担当したので物凄く張り切った結果かと?”

「まじかぁ……。まあ、ダンジョン省が良いって言ってるんやったらまあ、これでやりますか」

“分かりました!で、場所と団体の組み合わせはグッズ作成部門が決めたこれで良いですか?”


「おkです。あー……でもこれ、ダンジョン内のことすっぽ抜けとるな?どこかの団体にダンジョン内でもやってもらうことって、できます?日程はそっちに合わせるんで。ただ、日程をそっちに合わせるっていっても条件が1個だけあって、ダンジョン内は日程の一番最後にしたいんでそれをクリアできるとこがあればそれで」

“そういえば提案書にダンジョン内のことないですね?了解です。聞いてみますね。あと、各オーケストラや和楽器奏者に渡す楽譜の準備は出来てますか?”


「用意済みっすわ。ただ、和楽器の楽譜も五線譜なんで、和楽器奏者の人はそれでも良ければ」


 端末に楽譜のファイルを入れて担当神へと送る。



 そう、一颯がやりたかったこと。

 それは、フルオーケストラによるダンジョンBGMの公演である。



 ゲーム音楽作曲家としてずっと夢として持っていたこと。

 人気ゲームなどでは周年記念でゲーム音楽のオーケストラ公演をやるところもある。

 あれに憧れていた。

 自分が手掛けたゲーム音楽をフルオーケストラで演奏してもらいたいという思いがずっとあった。

 今回、鎖国組でダンジョン開放をするのだから、どうせなら記念にやれたらと思ったのだ。

 ゲーム音楽ではないが、ダンジョンの曲も自分が手掛けていることには変わりないので同じことだろう。

 ダンジョン省には負担をかけてしまうが、何もしないよりかは、いや、お偉方の堅苦しい挨拶はあるのかもしれないが、それ以外で素直に祝いの気持ちを出せるもの、と考えてついでに自分の夢も叶えてしまおうと動いてしまった。


 だから企画書もどきを作ってダンジョン省に渡してもらった後、ごりごりと各種楽譜やスコアを作り上げたのである。

 ダンジョン創造主たる自分からの依頼をダンジョン省が断れないかもしれないという思いはあったが、それと同じくらい、断られるかもしれないという考えもあった。

 今までの様に制度を整えて貰わなくてはダメとかいうそういう方面ではなく、完全にイベント事だったので。


 ただ、既に楽譜を作り始めていたし、とそのままの勢いで完成させてしまったのである。

 反省はするが後悔はない。


 今回がダメでもまたいつかやれた時に使えるし、と気持ちを切り替えたのだが、普通に企画が通ってしまったのでお蔵入りしなくてすんで少しだけほっとしている。


 あと、ダンジョン開放記念と称してオーケストラ公演をするので、自分のダンジョンや日本のダンジョンの各PVの曲だけだと他の国がのけ者になってしまう。

 だから、息抜きで作っていた各国のダンジョンイメージの曲も楽譜を起こしてしまった。


 いや、どこにも発表してないのにいきなりオーケストラ公演に盛り込むのかと言われたらまさにその通りだし、自分でも何やってんだという有様だが、折角だしと付けさせてもらった。


“何曲か知らないのありますが、これは?”

「えっと、オープニングとして書き下ろしたのが1曲、あと鎖国組の各国イメージの曲ですな。

 あの、流石に各ダンジョンごとに作るんは無理やったんで、例えるなら、イギリスダンジョンメドレーみたいな……?ダンジョン開放記念と称してオーケストラ公演するのに、日本のだけとか許されんよなって思ってしまって……息抜きで作ってた曲を仕上げますた。

 公演のうち、1部は各国イメージ曲にして、別の部で日本のダンジョンPV、また別の部で申し訳ないけど、うちのダンジョンBGMっていう風にしてくれれば……あー、公演3部構成がええんかな?

 というか、こればっかりは担当さんには申し訳ないんですけど、わたしがもう直接グッズ作成部門の人とやり取りしたいです。間に誰か挟むんが今回はまじでめんどい」

“それはそう。分かりました、そのことも伝えます。後、楽譜はもう渡しちゃいますね!”


「おねしゃす。あ、後いるか分からんけど、各国イメージ曲のデモも一応渡しとくます」

“じゃあこれも一緒に渡しちゃいますね”


 今回のイベントは企画者である一颯も会議などに参加した方が良いだろう。

 でないと、一颯が思い描いている方向とは違う趣向になる可能性が高い。

 既に予定していた日数が倍増どころの騒ぎではなくなっているし、演出のことなどもあるので、間に担当神やダンジョン省の上層部を挟むと手間だし、行き違いも発生しそうだし、提案書にはコンサートの演出家としてこの人はどうだという内容もあることだし。



 ダンジョン資金を使ってフルオーケストラコンサートをすることは朧たちからも賛成を貰っているので大丈夫だし、後は詰めていくだけだ。


 ダンジョンの新エリアもほぼ完成していて後は微調整だけだし、問題ない。

 あちらはあちらでそろそろ神様チェックを受けてβテストをしなくてはいけないが、今回のβテストは過去最高と言っても良いほど大掛かりになるので担当神と話を詰める必要もあるし、ダンジョン省に話を通して今まで以上の人員を確保してもらわなくてはいけない。

 人員の確保は彼らだって慣れてるだろうから少しだけ手間をかけてしまうが、そこまで大変ではないと思いたい。

 大変そうならダンジョン省がそこそこ落ち着くのを待とうと思う。今回のオーケストラ公演という大規模イベント企画で迷惑をかけているので。


 ぞわぞわと背筋が震える。


 あれだ、武者震いとかその類の震え。

 迷惑をかけてしまったダンジョン省他各所には申し訳ないが楽しみで仕方がない。

 むずむずと口の端が吊り上がって顔がにやけた。


 ああ、絶対に良いものにしよう。

 そうでないと迷惑をかけた人達にも申し訳ないし、お金を出してくれるダンジョン省やグッズ作成部門にも顔向けできない。

 一颯はぐっと拳を握り締め、目を閉じ、深く深呼吸した。





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