幕間

幕間16:開放第二段階時の西山大臣







「……はぁ、何とか第二段階に行ったな」

「ええ。第一段階で沖田ダンジョンと斎藤ダンジョンが鎖国組内で開放されましたが、ダンジョン内で問題を起こす人はいないようです。ダンジョン外だと少々ありましたけれど」

「免許制で正解か……。まあ、ダンジョン外で問題起こしたのもテンション上がりすぎてとかそういう感じだし、ダンジョン内で問題起こさないでくれたらもうそれでいいよ」


 ぐったりと行儀悪くデスクに倒れ伏している西山の目の下にはくっきりと隈が出来ているし、着ているスーツもどこかよれている。

 これは何も西山だけではなく、ダンジョン省含むダンジョン開放に携わった組織の人間全員に言えることだ。


 ダンジョン省が設立されてから下部組織などが沢山出来て、かなり大きな省に成長せざるを得なかった過程を思い出して西山と、この場にいる秘書とが遠い目をした。


 設立当初こそ、ダンジョン省の役員職員だけでどうにかしていたが手が足りなくなって下部組織を作って仕事を分散させて大分マシになったとは言っても忙しすぎてブラックなのは変わりない。


 特に西山をはじめとするダンジョン省設立メンバーはチーム日本の神々に気に入られていることもあって変に祝福なんてされているからか、疲れても倒れることがない……というか出来なくてからこそ、対応出来てしまう今の環境が恨めしい。


 定期的に土方から差し入れられる薬師兎印の胃薬だとか、兎人印の栄養ドリンクだとかは有難い気持ちと一緒に何とも言えない気持ちを抱かせてくる。


 土方からしたら労わりの気持ちと面倒ごとを投げつけて申し訳ない気持ちがあるからこその差し入れなんだとは思うが、貰ったら貰ったで「これは、もっと働けということか……?」と穿った見方をしてしまうこともよくある。

 土方がそんなこと考えて差し入れてくれているわけがないとすぐにその考えを頭から追い出すが、疲れているとき程善意を裏返して見てしまう。


 後、土方が差し入れしてくるのはコックゴースト作の日持ちする焼き菓子とかもたまに来る。

 大衆食堂、もしくは猫カフェの新メニューの試作品が大量にあるからお裾分けと称されて沢山送られてくることがある。


 これは本当に純粋に有難い。

 西山たちはどれだけダンジョンに行きたいと思っても多忙すぎていくことが出来ないので少しだけダンジョン内で飲食している気分になれるのだ。

 

 後、近藤からは酒呑童子作の酒が「試作品なんで試しに飲んでみてください」と言って送られてくる。

 ちなみに試作品だという割に感想くれと言われたことがないので、こちらも労わりと申し訳なさからの贈り物の様だ。

 多分、土方も近藤もお中元やお歳暮の感覚で送ってきていると思われる。

 胃薬とかは兎も角、焼き菓子と酒は贈られてくる時期がまさにその時期なので。


 チーム日本の神々も普通に「渡してくれと言われたので」と言ってぽんと置いていくあたり、許されている行為の様だ。

 こちらから贈ろうとしたらかなり厳重に調査されるのに、向こうから贈られる分にはものすごく軽い。


「次は最終段階だけど、これが怖いんだよなぁ。だってグレード3はうちしかないんだから……」

「予防線を張り巡らせはしましたが、それでも足りないと思ってしまいますね」

「そう……本当にそう。今も、土方ダンジョンは特にだけど、探索者協会の受付で焦っている様子を見せる外国人を宥めてからダンジョン内に送り出しているけど、いつまでもそれは出来ないからね。後、ダンジョン内だと、国内の探索者が良いアシストしてくれているから問題が起きてないんだと思うんだ。本当にうちの探索者の善意に感謝しかないね」


 右側の頬をデスクにくっつけて横を向く西山は疲れ切った眼差しをぼうと壁際に置かれている観葉植物に向ける。

 ダンジョン実装から年月が経てば忙しさも落ち着くだろうと思っていたのに何年経っても全く落ち着く気配がない。


 大臣就任当初、まだ独身だった西山も今は妻帯しているが、妻や生まれたばかりの子供がいる家に帰れない事も多々ある。

 妻は別の省の大臣縁の御令嬢で、お見合いで知り合った女性ではあるが、気立てが良くて忙しくて家庭を顧みることも出来ない西山を健気に支えてくれている得難い女性である。


 あと何と言ってもチーム日本の神々が西山と結婚することを認めた女性というのも大きい。


 自惚れでもなんでもなく西山は自身が神に気に入られている自覚がある。

 これは自他ともに認める事実だからこそ、西山を身内に取り込みたい権力者というのは沢山いて、自分の娘だとか、親戚の娘だとか紹介されてお見合いをセッティングされたりということは多々あったのだが、その度によろしくない素行持ちだったりよろしくない性格だったりする女性はお見合いの場に来る前に事故だ病気だ不祥事だと問題が起こってしまい、お見合い自体が流れたのだ。


 何度もそれが起きたので西山自身も西山を取り込みたい権力者も察するというもの。

 中には気立ての良い素晴らしい娘だと本気で信じていたのに事実を知って愕然とする権力者もいたし、そういう人は西山が慰めたりもしたし。


 そんな中で残ったのが、妻なのである。


「子供に顔覚えて貰えない……」


 うっと言葉を詰まらせて両手で顔を覆う。

 ダンジョン省の役員職員たちで結婚して子供がいる人たちは皆西山と同じような状態になっているので、子煩悩な人程よく崩れ落ちてお子さんの名前を呟いていたり、スマホで子供の写真を見て泣いていたりするので、そういう人は1日だけでも何とか休みをとらせて家に帰らせたりしているのだが、西山はそれが出来ていない。

 よく妻がテレビ電話をかけてきてくれて子供の顔を見せてくれるが、抱っこしたいし、妻と一緒に子供の世話をしたい。


「……最終段階が迫っているので、休みをとれないのが辛いですね」

「君は家族、大丈夫かい?」

「自分は独身ですから何も」


 自分と同年代の秘書は苦笑している。

 知らなかったが彼は独身らしい。結婚していると思っていた西山はちょっとだけ驚いた。


「いえ、今は独身というべきでしょうか。あなたの秘書になる前に離婚しておりまして、バツイチなんです」

「そ、それは……」

「ああ、お気になさらず。妻に浮気されたので妻と間男から慰謝料ふんだくって離婚しただけで、未練も後悔も何もありませんので」


 しれっと浮気されたと告げられた西山の頬が引きつる。


「まあ自分の話はどうでも良いのです。近藤ダンジョンや土方ダンジョン周りの確認は順調そうで良かったですね」

「……あ、ああ……うん、そうだな。近藤ダンジョンも土方ダンジョンも特大の爆弾を抱えてる場所だから用心に越したことはないんだけど。後は国外探索者のマナーと常識ある行動に祈るだけかな。ギリシャとスイス以外はUR所有国だから、URモンスターの恐ろしさは嫌というほどわかってくれてると思うんだけど、心配は尽きないよ」


 後幾つ予防線張ればいいかな、と考える。

 勿論西山だけではなくダンジョン開放に携わる誰しもが考えていることではあるのだ。

 鎖国組内での決定事項以外に、日本独自に出来る対応はかなりの数、実施している。

 それでもなお心配事は尽きない。


 西山達の想定では酒呑童子は何回か怒るだろうと思っているし、木龍王も怒る可能性がある。

 このあたりは各国も想定していることだ。

 何なら今実施されている第二段階でも、グレード2のダンジョンのURモンスターが怒る可能性はどの国も考えている。

 まあ有難い事に今のところブチギレたURモンスターはいないのだが。


 一番避けたいのが土龍王の怒りだが、それはおそらく国外探索者たちも避けたいことのはず。

 何せ土龍王が怒るということは木龍王と水龍王も怒っている可能性が高いので、下手したら一部地域が消えるだけではなく、国ごと地図から消える可能性があるのが本気で怖い。

 伝説上のアトランティスかムー大陸かという事態が本気で起こり得るのが恐ろしいのである。



「大臣、会議の時間です」


 夜だというのに煌々と電気のついているダンジョン省の建物。

 そこで働く役員が1人、西山を呼びに来た。

 そうである。

 これから会議なのだ。

 深くため息を吐き出して重い体を椅子から押し上げ、西山は資料を片手に執務室を後にした。






 なお、この後、土方の担当神から連絡が入り、土方がグレード1の免許で薬や治療を求めてくる人とグレード3の免許持ちを区別するために、外国の探索者が所有している免許を基に行ける場所を制限する機能をダンジョン内に実装したという報告を受けた。

 グレード1の免許持ちはグレード3持ちの探索者に紛れて活動できなくさせるため、薬屋と治療所以外に入れない様ロックし、また水龍の都の大通り以外に行けない様行動にもロックをかける仕様を追加したらしい。

 無理やり行動しようとしたら即ダンジョン外に弾き出され、二度と土方ダンジョンの利用が出来なくなるようにしたそうだ。

 そしてその説明を第三段階突入の直前で動画を出して行うと告げられた。


 これは本当に有難かった。

 後は薬や治療を求める人への薬屋や治療所の道筋の案内や地図の配布を探索者協会でもっと徹底すればいける。

 それでもなお頭から抜けてしまう人に対しては国内探索者の善意に願うようにしよう。

 日本の探索者も龍王たちを怒らせたくないから積極的に困っている国外探索者に声をかけてくれているし、おかしな動きをする人にも声をかけて誘導してくれているから、もうそれでいいだろう。

 第一段階での探索者たちの動きでこちらでボランティアを用意したり、依頼を出したりするまでは必要なさそうだと判断した。



 会議終了後に執務室へと戻った西山はとっぷり日の暮れた空を疲れた顔つきで窓から見上げ、深くため息を吐き出してコーヒーを啜り、目を伏せた。

 今日もまた、家には帰れないらしい。



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