第2話:天と地の反応





「はー……素直に話聞いてくれる子でよかったー」

「おつかれー」


 通信を切り、後ろに倒れ込んだ自分の横から呑気な上司の声が聞こえてくる。


「やっと日本の最後の人と話ついたね」

「彼女、なかなか起きなかったものね。昼夜逆転しているというか、超夜型人間みたい。夕方からしか頭働かないから、昼間は寝てるみたい。あ、だから時間の融通利くフリーランスだったのかも」


 同僚が持って来た資料を倒れたまま受け取って息を吐き出す。


「それでもいいですよぉ。他のテンション高すぎて話聞いてくれない人より、パニック起こして内に閉じこもっちゃった繊細ちゃんとかの担当じゃなくて良かった」


「なんだとー!」

「代われー!」


 オタク知識が豊富故にテンション爆上げされ、話をろくに聞いてもらえなかった同僚2人がばしばしと頭を叩いてくる。


「なんでランダムであんな繊細ちゃんが選ばれちゃったのか。流石に上も可哀そうだからってんで帰してくれたけど。代わりに日本4人になっちゃいましたね」

「まあ、4人でもいいじゃない。いないよりましよ。何がましなのか分からないけど」


 元居た場所に返された子を担当した神が確かにと頷いている。


「上も何考えてるんだかなぁ。いきなりファンタジーを現実世界に取り込みたいよねーとか地上で生きているやつらにとって災難でしょ」

「テンション上げている子たちもいるみたいだけどね」


 のんびりしている上司の前にあるモニターには上の神が映っている配信がある。

 その配信は地上に向けてのもので、かなりの人数が視聴していることが数値と配信画面の横にあるコメント欄で見て取れる。


「日本人はなんか、二次元が現実に来たとか言って喜んでるの多くない?なんで?」

「日本はほら、オタク国家だからとしか」

「天照様たちも喜んでたもんねぇ」


 日本担当のチームの面々がひと段落ついたとばかりに集まってきて雑談を始める。

 日本以外だと、同じようにひと段落ついたところもあれば、まだ選ばれてしまった人に対しての説明が終わっていなかったりといった様子が窺える。


「君が担当していた子、作曲家とボカロPって言ってたでしょ?彼女に仕事依頼していたこの会社のSNSおもしろいよねぇ。さっきまで発狂してたのが噓のように何事もなかったかのようにこの騒動のこと呟いてるよぉ」


 上司が上の神が行っている配信を小さくしてトリッターを立ち上げて内容をまわりに見せてくる。


「えぇ……会社の公式アカウントで呟く内容じゃないでしょうに…何してんのこの会社」

「なんか人気のあるゲーム作ってる会社だよね?」

「過去のつぶやき見ててもこの会社かなり自由に呟いてるんだけど、これがデフォみたいね」

「あ、この会社の創立者たちっていうか初期メンバーが、彼女と大学一緒の友人で、会社立ち上げる前は同人サークルで、今売り出してシリーズとしても人気出てるゲームの前身を一緒に作ってたみたいです。彼女がゲーム音楽全部担当してたんですって。今もメインテーマとか重要な場面で使う曲はやっぱり彼女に発注してるみたいで」

「ああ、だからこの発狂具合……」


 上司が載せてくれているトリッターの画面を見ながら誰もが納得した様に頷いた。


「あ、テンション爆上げした2人がさっそくやらしましたよ」

「あー…説明ちゃんと聞かないからぁあ!!ヘルプも見てないでしょこの2人!」

「うわ、DPの減りえぐい……」


「冷静なもう1人はノートとシャーペン買って、何か書いてますね」

「計画立ててるんですかね?」

「もしくはどんなダンジョンにするかって構想練ってるんじゃないですか?」

「いいねぇ、考えなしに手を付けないことに好感もてるよ、ぼく」

「あ、タブレットで何か調べ始めましたよ」

「彼も彼女と同じではじめっから外部と通信できる道具持ち込ませましたもんねぇ。彼の場合は分かってて持ってこさせましたし。彼女はどっちかというと仕事が心配すぎて持ち込ませてましたもんね」


 日本勢の配信を映しているモニターに視線を移してチーム日本の神々はわいわいと話す。

 他の国のチームよりかはチーム日本はかなりマシなので、雰囲気もどこか緩い。



「なんにせよ、日本勢が作るダンジョンが楽しみだ」



 上司がにっこり笑って言えばうんうんとメンバー全員が頷いた。





























「キェァアアアアアアアア!!!!一颯さん!?一颯さん!!!なんで!!!!」


 平日の夕方にいきなりテレビ、動画配信サイト問わずジャックされて放送が始まった“神様による地球へのファンタジー要素追加について”の説明を唖然と見ていた社員の中から会社の創立メンバーにあたるゲームプロデューサーの悲鳴が上がる。

 どうしたと社員の視線が集まる中、手元のスマホを両手で握り締めている彼女が真っ青な顔して震えていた。


「イヤァアアアアアアアアア!いっちゃん!!!いっちゃん!!!なんで!!!!」


 遅れて同じく創立メンバーの広報部長からも悲鳴が上がる。彼の手元にもスマホ。多分同じものをみているのだろうが、反応が同じだ。


「2人とも何見てるんですか?」

「これ!!!!これぇ!!!!」


 広報部長が部屋にある巨大モニター2台のうち、神による配信にジャックされていないほうに自分が見ていたものを映し出す。


「えっ」


 モニターに映ったのは神が用意したとかいう動画配信サイト。

 そこには真っ白い空間にいる1人の女性が映し出されていた。



「土方一颯さんじゃん!!!!なんで!!!」



 この会社で作成しているとある人気ゲームの、シリーズを通してメインテーマと重要な場面で使う曲を作ってくれている作曲家の姿がそこにあった。



「おまいら!!!おれらのいっちゃんが!!!」

「うちのゲーム音楽に絶対必要な、いっちゃんが!!!!」

「一颯ちゃんが!!!シリーズ新作のやつ発注してるのに!!!!」


 続々と青い顔した創立メンバーが社長含めて集まってくるが、そちらにちらりと視線を投げただけで皆すぐにモニターへと視線を戻す。



「あ、広報部長、トリッターで発狂するのやめてもらえます?」

「むりぃ!」


 何時もフリーダムなトリッター公式のつぶやきで荒ぶるつぶやきを始めた広報部長に社員の1人が苦情を言ってみたが、にべもなく断られる。


 神が説明している方の配信を完全にミュートにして、一颯が映っているモニターの音量を上げている社長。そしてそれに対して誰も文句を言わないところに神の説明よりも一颯の様子の方が大事であることが窺える。

 発狂している面々をとりあえず脇に置き、社員はみんな配信画面をはらはらと見守る。


 どこからどう見ても寝起きの状態だった一颯が眠気を吹き飛ばして、姿の無い声の持ち主とやり取りをしているのがずっと映し出されている。

 一颯が説明を受け、質問をして、そして仕事道具一式がごっそりと持ってこられた瞬間、発狂していた面々がすん、という効果音が付きそうな勢いで落ち着いた。


「作曲できる環境持ってこれたなら安心だな」

「ネットに繋がってるっていいましたよね?よし来た。こっちからも連絡とれるぞ」

「何か手伝えることってあるかな?」

「神とやらがぶっとい警告ぶっ刺してきたし、こっちから言うの駄目っぽいし」

「大学からの友達であるわたしたちがこの会社に集まってるし、何かあったら誰かに連絡くれるでしょ」

「あいつ陰キャだけどコミュ力はある方だから」


 創立メンバーたちはうんうんと頷き合っている。その姿はさながら後方彼氏面と表現できそうな様子である。





「というか、ぼくもだけど、みんな神とかいう人の話…聞いて?」

「全力ミュートだものなぁ」

「あ、猫かわいい」


 モニターの1つに音無しで映っている配信画面を何とも言えない目で幾人かの社員が見つめるのだった。




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