第3話 3歳スエロー 

 どうやら転生したらしい。

 3歳になる前日に前世の記憶を取り戻したようだった。


 この世界には誕生日というものはない。

 ただし3歳になると仮の名付けが行われる為、父や母、祖父母から、指を3本示され、なんども「3歳だからね」と言われ、その時に前世の記憶がぐわっと浮かび上がった。


 それは前世の日本での記憶に上書きされるものではなく、今世の今までの記憶も問題なく存在したものだった。

 とはいえ胎児期はもちろん生まれた時の記憶や生後6か月から始まる離乳食の時期の記憶などはない。

 なので幸いながら、おっぱいを吸ってた時の記憶はない。


 逆に言えば1歳ごろからの記憶は割りと明確にある。

 言葉を覚えはじめたぐらいだ。

 現状、2語文から3語文で普通に話すことは出来ており、意思疎通する上では問題なくできそうだった。

 2語文とは「ごはん たべる」「ぼく あそぶ」「まーま ちょうだい」みたいな感じで2つの言葉で表現することであり、3語文は3つの言葉で表現する。


 ちなみに人格は統合されたが、前世の人格がどちらかといえば強い。

 逆にだからこそ、手足の小ささにおののくと同時に、衣服の薄さと肌寒い現状をとても心細く感じていた。

 2年ちょっとの短い記憶ではあるが、この村は非常に貧しく文明も低く、そして俺が期待したような魔法のような存在を一切見ていないからだ。



 仮の名付けの為に寺院へいく。


 寺院のある場所は、小作人の小屋が集まっている場所から村中央付近に作られた大きめの用水路を渡った先にあり、若干、高い場所になっている。

 他にも村長宅や兵舎などがあるのだという。


 しばらく母親の裾を掴みながら、ちまちまと歩いていく。

 用水路を渡す橋は、幾つもの太い竹材で構築された板を両岸に渡したもので、大人が3人並ぶほどの幅がある。

 ただし落下防止の柵や手すりなどない為、母親に抱っこされて進んでいく。


 用水路を渡ると、少し高くなった場所がすぐあり、5m程度の階段を登っていく。登り切った先には石づくりのへいで囲まれており、木でできた頑丈そうな門は開けられていた。両脇に革鎧の衛兵が立っている。

 

 境内に入り様子を見渡すと、「へいたいさんのおうち」と言われた長屋が左右にあり、つづいて立派なお屋敷である「みょうしゅのごてん」。その向かいに高床式の「さくもつそうこ」が幾つも並んでおり、最後に「じいん」に到着する。


 感じとしては寺というより神社というべきで、建物には板がふんだんに使われていて驚いた。建物に入ると玄関で案内人らしき小男がやってきて、履物を脱いだのちに中へ案内される。


 中庭らしき場所に通されると、注連縄で縛られた光沢のある黒灰色の巨石が見えた。

 おそらく聖石と思われた。


 木の台を両手で持った白い着物をつけた男が現れ、聖石の前に木台を置く。

 男は髪を剃っており、年齢は50ぐらいに見える。


 俺を聖石の前に立たせると、男が紙とも布ともつかないボロボロの巻物を広げて何やら呟いていた。


 そうして俺の名はよくわからないままに決まった。

 授けられた仮の名はスエロー。

 末っ子の男という意味らしい。


 後々に、これが3歳になった時に行われる『仮名付けの儀』という事を知った。

 『本名付け』は8歳の時にやるようだ。その時に人別帳に名前が記載され、この村に正式に所属する人間となる。たぶん幼児の死亡率が高いからなんだろな。


 ちなみに聖石は己の内にある霊力を示してくれた。

 厳密には僧である神官の目を盗んで、聖石に触れたのだ。


 体はなんともないのに、心全体に響きわたるような振動とゆらめきを感じたのだ。

 まるで低重音を体全体に浴びせられたような気分である。

 魂の世界と現実の世界が重なり合うように存在し、魂の世界において、俺がいるであろう中心はうっすらと光りを持ち、そしてその周辺に何かが巡りまわっている。

 これが霊力なのだろう。


 この時、俺の心の中に渦巻いていた不安が晴れ渡った。

 魔法らしき存在があることに確信できたからだ。


 これで霊流循環の鍛錬ができるようになるはずだ。

 晴れ渡る空は初春に温かさをもたらしていた。


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