暗殺者の卵に転生した

沖唄

第一章

第1話『洗礼』


 聖堂には十数人の幼い子供と、数人の大人が集まっていた。


 子供たちは貫頭衣を纏い、大人たちは顔の見えないほど深いローブを着ている。

 子供たちは不安そうにしながらも声を発する事は無い。


 そして先ほどから子供が一人ずつ別室へと連れて行かれている。



 恐らく、次は自分の番だと少年は思った。

 直前には同じ房で育った竜人の少女が連れて行かれたばかりだった。



 これまでよりも長い待ち時間の後、ローブの男が少年を呼ぶ。


「ついて来い」


 圧迫的な男の態度に怖気付きながらも少年が進み出る。


 聖堂を出ると長い廊下が続く。

 これまでずっと同じ部屋の中に居たせいで、それ以外の景色を見たことの無い少年は初めて見る外に意識を奪われる。


「早く歩け、止まるな」


 再び男の低い声が自身の好奇心を押さえつけてくる。

 見れば男は既に遠い先を歩いていた。


 コクリと頷いた少年は、短い足で駆け寄り、離れないようについて行く。


 その後も歩幅を合わせる様子も無く、廊下を抜け、階段を降りると蝋燭の明かりだけが視界を照らす地下へと入る。



 男は地下を入ってすぐにある、の前を素通りして、その隣の部屋へと入る。


 男に続いてドアを抜けるとそこには数人のローブの大人の中に、一人だけ顔の見える人物が居た。少年は何度かその顔を見た気がする。確か大人たちから『司祭』とか呼ばれていた。


 少年を連れてきた男は、壁際に避け背中を預けると沈黙する。


「…?」


 少年が疑問の声を発する前に、『司祭』以外の大人が少年の体を抑える。

 危機感が少年に警鐘を鳴らす。


「や、やめて」


 小さく反抗の声を上げる。

 両腕を固定された少年の前に『司祭』が進み出る。嫌な予感がした。


「やめて!!」


「……祭壇の前に」


 大人達は『司祭』に従って部屋の奥へと少年を連れて行く。



「やめて、やめっ……ふご」


「口を開きなさい」



『司祭』が少年の顎を掴み、強引に掴むとその中に何かを流し込んだ。

 酷く冷たくて、まるで鉄でも飲んでいるかのような異物感が喉を流れる。


 たぶん、これは飲んではいけない。


「フグッ、ブッ」

「貴様ッ」


 強引に咳をするように薬を吹き出すと、正面にいた『司祭』の顔に唾液の混ざった薬がかかる。

 濡れた顔面を不快そうに拭った『司祭』が少年を容赦無く殴る。


 大人達に体を固定されているせいでモロに衝撃を受けた少年の視界が明滅する。


 痛みに泣き出そうとした少年だったが、既にその体に異変が起きていた。


「ぁ…ぁ…」


 吐き出しきれなかった薬が効果を発揮したのか、少年の意識に霧がかかり呂律も回らなくなる。


「チッ」

「『司祭』…早くしろ」


 壁に背を預けていた男が、急かす。


「わ!分かっている!」



『司祭』は振り返り、祭壇に祀られていた歪んだ形のナイフを掴む。

 鞘から抜くと、美しさすら感じさせる白い刃が顕になる。

 彼はそれを握り締めると、祝詞を唱え始める。



「『彼を疑うことなかれ、其は見えぬものなり』」「『彼を疑うことなかれ、其は見えぬものなり』」「『彼を疑うことなかれ、其は見えぬものなり』」「『彼を疑うことなかれ、其は見えぬものなり』」


「か…ぅ…?」


『司祭』の言葉に合わせてその場にいる男達が唱える。

 その言葉は朦朧とした少年の意識に簡単に刷り込まれる。


「『彼に逆らうことなかれ、其は慈悲深きものなり』」「『彼に逆らうことなかれ、其は慈悲深きものなり』」「『彼に逆らうことなかれ、其は慈悲深きものなり』」「『彼に逆らうことなかれ、其は慈悲深きものなり』」


「さ…か…」


 少年の腕を掴む男が、袖を捲り上げて右腕を『司祭』の前に差し出す。


「『彼に望むことなかれ、其は遥か尊きものなり』」「『彼に望むことなかれ、其は遥か尊きものなり』」「『彼に望むことなかれ、其は遥か尊きものなり』」「『彼に望むことなかれ、其は遥か尊きものなり』」


「はる…た…」


『司祭』は僅かに口角を上げて高揚しているが、目の前の少年を見ても何ら感情を抱いていない。


「『彼こそ全てを与うるものにして、全てを奪うもの』」



 そこからは『司祭』一人が祝詞を唱える。



「『今ここで、汝は命を賜る』」


「『汝が真名は』」



『司祭』がナイフを持ち上げる。




「『■■■■なり』」




 名も無い少年に名前が刻まれた。




 少年は瞳を閉じる——



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 第1話『洗礼』

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