第24話 メ組本部①
あの夜から数日、濫枒は部屋にこもりっきりで、一切姿を見せなかった。
部屋には誰も立ち入らせず、情報屋の条だけが呼ばれて一緒に引きこもっている。
「食事は、外に置いておけばなくなっているから、一応食べてはいるんだろうけど……」
テーブルに肘をついた沙羅が、久我たちと額を突き合わせる。
「男ふたりで、一体なにやってんだかねえ」
そこへ、濫枒が条を伴って降りてきた。
「あ、ボス」
「揃ってるか?」
この時刻はいつも、メ組の主立ったメンバーが雁首揃えている頃合いだ。
「あ、ええ、はい。一応それなりに」
久我の顔をちらりと見てから、濫枒はテーブル中央の椅子にどっかりと腰を下ろした。
条は厨房に立ち寄って、嬉しそうに料理の大皿を抱えてから戻ってきた。
「沙羅、わりぃが店閉めてくれ。他人にゃ聞かれたくない話だ」
「どうせもうすぐ閉店だし、いいわよ」
「それでボス、ここんとこ何してたんですか? ずっと閉じこもりっきりで」
好奇心を抑えきれなかった男が屈託なく聞いて、周辺の男たちにばしばしと頭を叩かれる。
「馬鹿、無闇に突つくんじゃねえよっ」
先日の濫枒の荒れようは、まだ記憶に新しい。
ただでさえ大火災以降、濫枒の機嫌はずっと悪かった。
ところが今、濫枒はさっぱりと憑きものが落ちたような表情で苦笑している。
濫枒のこんな表情を、久我は久しぶりに見た気がする。
「ボス? どうしたんすか?」
店員が運んできたグラスの中身を一息に飲み干してから、濫枒は改めて口を開いた。
「暗殺大群に、喧嘩を売るぞ」
「へ?」
「ボス? 何を突然」
「濫枒、ちょっと。一体どうしたっていうのよ」
店内がどよめく中、久我は冷静に腕を組んでいた。
そして、おもむろに濫枒の顔を見つめる。
「――放火の証拠、掴んだってことか」
「そうだ。詳しいことは言えねえが黒幕はあいつらだ。だからぶっ潰す」
「ちょっとちょっと、ボス。俺らだって詳しいこと、知りてえっす。当事者なんだし」
不満そうに言った、まだ少年の組員に、そばの男が諭す。
「違えよ。こういうのを知ってるのは、ボスや久我さんたちだけでいいんだ。万が一俺らがとっ捕まって自白剤使われてみろ。一気にボロが出ちまう」
「自白剤? って? なに?」
「相手の意識を奪って、知ってることを洗いざらい吐かせるヤク。強力なの使われたら一気に廃人になるから怖いぞ~」
「ま、別にヤクなんて使わなくても、痛めつけて喋らせる方法なんていくらでもあるわな」
そこそこ古参のメンバーは、その辺りのことを熟知している。
まだ経験の浅い少年組員が、それを聞いて震え上がった。
「ひええ……俺、絶対、敵に捕まらないようにしよっと」
「ああ、そうしな」
無邪気なやりとりに、空気がつかの間和む。
もともとメ組はこんなふうに家庭的な集まりで、ギスギスした空気になることは少なかった――三年前までは。
「それで、ボス。その証拠ってのは、間違いないんだろうね?」
幼なじみの確認に、吹っ切れたような顔つきの濫枒が、大きく頷いた――あの大火災前、ヒガン地区を背負って守っていた頃と同じ目で。
「もちろん。そこら辺は条の仕切りだ。信用していい」
久我が一瞬眼を瞠り、それから嬉しそうに、彼特有の人懐こい笑みを浮かべる。
「それならいい。ボスの命令なら、俺はなんだって従うよ。俺はメ組の一員なんだから」
濫枒が荒れに荒れたことで、一時はメ組の面々の結束も弱まっていたのだけれど。
久我の言葉が、団結するきっかけになった。
「うちの店に放火しやがったのは、そのクンシの腐れ外道ってことなのね?」
「待って沙羅姐さん、口わりぃ」
「でも、なんでクンシがヒガンに焼き討ちなんてするんだ? 同じスラムシティなのに」
濫枒は、そう首を捻った組員の頭に手を置き、軽く揺さぶる。
「同じスラムシティだからこそ、だろ。覇権争いだよ」
本来濫枒はこういうふうに世話焼きで面倒見が良くて、誰からも慕われる兄貴分だった。
横暴になって人の話を聞かなくなってしまったのは、あの火災の夜――珊泉が死んだときからだ。
「ほかにも、暗殺大群なりの理由があってヒガンに手ぇ出してきたのはわかるが……こっちとしても、やられっぱなしでいられるわけがねえ。きっちり礼はさせてもらうさ」
そうでもしなければ、詠子や知里たちが浮かばれない。
あまりに多くの、何の罪もない人間たちが犠牲になった。
濫枒は決して、そのことを許すつもりはない。
「そのためにね、ありとあらゆる証拠集めて来いって脅迫されて、オレ、大変だったの~」
大食漢の条が料理を平らげては、店員がお代わりを運ぶ。
潔い食べっぷりに釣られて、久我の腹も派手に鳴る。
「やべえ。さっき食ったばっかだってのに、腹減ってきた」
「俺もっす~……」
軽く笑って肩を揺すった濫枒が、厨房にいた沙羅を指先で招いて言う。
「沙羅、ありったけの料理持ってきてくれ。今夜は俺の奢りだ。皆、遠慮なく食え」
組員たちが歓声を上げて、杯が掲げられる。
賑やかに飲み食いする組員たちを穏やかに見守りながら、濫枒はひとりの男のことを思い出す。
珊泉とよく似た雰囲気の。
すらりと見事な長身に艶然と黒髪をなびかせていた、麗狂気ジオ。
一目見た瞬間に、あいつだと思った。
――ヒガンを焼き払った、張本人。
ジオがどんな理由であの火事を引き起こしたのかまでは、濫枒にはまだはっきりとは把握できていない。
条の集めてきた情報によると、ジオは言動が予測できない不可解な男らしい。
――そんなことは、俺には関係ない。
わかっているのは、ジオが、濫枒の復讐の標的だということ。
ジオと珊泉には、ただならぬ因縁があるらしいということ。
似ていたな、と濫枒は苦く独りごちる。
珊泉とジオ。
ふたりはよく似ていた。
認めたくないほど、よく似ていた。
考えごとに耽る濫枒の背中を、久我がそっと指先で突つく。
「ボス。今度珊泉に会ったら……確かめてみよう。俺だって世話をしていたんだ。ちゃんと顔を見れば、別人かどうかわかると思う」
さすがに付き合いが長いだけのことはある。
面と向かって謝ったり頭を下げたりは、このふたりの間に必要ない。
殴った謝罪の意味合いをこめて、濫枒は黙って酒瓶を取った。
久我が持っていたグラスに、酒を溢れんばかりに注ぐ。
久我も、濫枒に酌をした。
お互い、並々と満たしたグラスを目の高さに掲げる。
「久我――絶対に、詠子たちの仇を取るぞ」
「ああ……わかってる」
ふたりは誓いを立て、焼けつくように度数の強い酒を喉に流しこんだ。
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