第17話 情報屋の帰還

「やっほー。あー、やっぱりこの顔ぶれを見ると、戻ってきたって感じがするねえ。元気だった?」

 情報屋はくたびれきった旅装を解かないまま、賑やかに店内に入ってきた。

「外は全然復興が進んでないねえ。噂には聞いてたけど、難航してるんだってー? メ組の仕切りにしちゃあ段取り悪いじゃん」

 ほぼ二年ぶりに会うというのに、一分も経たないうちにこの言われよう。


 濫枒は、ひく、と、こめかみを引き攣らせた。

「再会早々、喧嘩売ってんのか、てめえは。目の周りに青い化粧入れてやろうか、ああ?」

「ひゃー。濫枒ってば、人相悪くなっちゃったね~」

 からからと笑ってから、条が訂正する。

「うそうそ、ちゃんとわかってるよ。周辺の地区から横やり入れられて、復興の目途が立たないんだってね。メ組も大変だねえ」

 目深に被っていた帽子を取り、条が頭を軽く振る。

 変装のため被っていたウィッグを取り、長い髪をばさりと下ろしてほっと一息つく。

 軽い物言いとは逆に、表情には、さすがに疲労が色濃く滲み出ていた。もともと痩せていたが、今はやつれたといってもいい顔をしている。

 濫枒がそれに気づいて、振り上げかけた拳を下ろした。

「沙羅姐さぁん。めちゃくちゃ腹減ってるんだけど、なんかある?」

「あんた、痩せたわねえ。良い男がだいなし。ちょっと待ってて」

 沙羅が急いで用意させた料理を素晴らしい勢いで平らげ、人心地ついたところで、濫枒が本題を切り出した。

「それで、成果はあったか」

「単刀直入に言うとね。犯人はわからなかった」

 条のへらりとした報告に、濫枒が眉間に皺を寄せる。

「そんな報告を聞きたくて待っていたわけじゃねえぞ」

「うわ、人相悪くなったぶん、迫力三割増し! 怖っ」

 わざとらしくのけぞってみせた条が、片手を振った。

「だーって、しょうがないじゃん。難航することがわかったうえで、オレを行かせたんでしょ?」

 素人なら、濫枒に睨まれただけで肝を潰して竦みあがること間違いなし。

 でもさすがに昔なじみは、簡単には動じなかった。

 良くも悪くも大火災以前と態度がまったく変わらない情報屋は、背負ってきた大荷物や衣服のあちこちに隠して持ち帰った、手書きのメモを抜き出した。

 スラムシティの他の地区数カ所に紛れこみ、地道に集めてきた情報だ。


「大体さあ、誰も見かけたことがなかったような、しかもほぼ後ろ姿くらいしか情報がない数人の放火犯なんて、三年も経って見つかると思う? オレが黒幕なら、実行犯はさっさと消してるね」

 条は背負ってきた大きなバックパックのほかに、木箱をいくつも持ち返ってきたようだった。

 条に頼まれたメ組の男たちが店の前に止めた荷車から下ろしては、店内の片隅に積み上げていく。

「あの大荷物はなんだ。商売でも始めんのか?」

 荒んだ口調で濫枒がからかうと、条は澄まして頷く。

「ああ、まあね。濫枒からの報酬の一部で、乾物を買いこんできたよ。少し良い条件で買い取ったから、このあとも流通ルートが確保できると思う。今後はここまで、定期的に配達してもらえる段取りもつけてきた」

「乾物? 何買ってきた。趣味わりぃもんだったら承知しねえぞ」

 すっかりガラがわるくなっちゃったねえ、と条が嘆息した。

「もともとそっち系の素質はあったけどさあ。ま、いいや。あれの中身は干し肉、干し魚、貝類とか。加工肉とか豆とか、缶詰もいろいろ」

 まあ、と沙羅が嬉しそうな表情を浮かべた。

「ヒガンで不足しているものばかりじゃない。闇市でそれなりに手に入るけど、質が悪くて店に出せないのが多いのよ」

「だろうと思ってねぇ」

 その辺りの読みは、さすがに情報屋を生業としているだけあって、的確だった。

「ここに卸すから、使うなり売るなりご自由にどうぞ。美味い酒と料理があれば、客もある程度は戻ってくるんじゃない?」

「条ったら、愛してるわ!」

 沙羅が条に抱きついて、濃厚な感謝のキスを贈った。




 場所を、一階の酒場から二階の濫枒の部屋に移す。

 久我以外の人間をすべて人払いして、濫枒と条が密談を進める。

 条が口火を切った。

「『暗殺大群』って、聞いたことある?」

 久我が、横から口を挟んだ。

「暗殺大群? なにそれ。笑えないネーミング」

 腕組みをした濫枒は、ゆっくりと目を伏せる。

「聞いたことはある……触り程度だが」

「さっすが濫枒。情報早いじゃん」

「一体何なの? それ」

 久我の問いかけに、濫枒が重苦しい声音で答えた。

「――クンシ地区で最近噂になってるやつらだ」

「クンシっつったら、わりかしおとなしいことで有名でしょ? まとめてる組もそこまで荒っぽくないって聞いてるよ」

 スラムシティはかなり広い範囲に及んでいるうえ、ヒガン地区とクンシ地区はまるで正反対の位置にある。

 個人的な関わりでもない限り、お互い足を踏み入れることはない。

「それがねー。ここ数年で、勢力図がちょっとばかし変わってきてるんだよねー」

「どういうこと?」

 濫枒と条がどちらからともなく顔を見合わせ、条がしぐさで濫枒に譲る。

 濫枒はいやそうに、先を続けた。

「名前のとおり、殺しが主な仕事の集団だ。俺が知っている限りでは、やり口が相当えげつねえ」

「まさかボス、暗殺大群のやつとやりあったことあるの!? いつの間に!?」

「ねえよ、んなもん。聞いたことがあるってだけの話だ。で、条。その暗殺大群が、何だって言うんだ?」

 暗殺大群とメ組に共通点があると言ったら、大きく分けて二つだよ、と条が指を二本立てる。

「ひとつめは、同じスラムシティの住民だっていうこと」

「ふん。ふたつめは?」

「同じ街で、お互い覇権を競ってるってこと――じゃないかな?」

「それは、うちと暗殺大群だけの問題じゃねえ。ヒガンの中にもいくつか組はあるし、それは他の地区でも大なり小なり、似たようなもんだ」

 濫枒も久我も、なぜここでクンシ地区の話が出てくるのか意図が掴めない。

 眼差しで促すと、条が両手を広げて見せた。

「三年前の件は、クラブ・シャングリラがメインのターゲットじゃなかっただろ? よりによって風の強い日に火ぃつけられて、地区全体が燃えた。ていうことは、個人的な恨み辛みが原因じゃないよね、とオレは考える」

「異論はねえ。標的は、ヒガン全体だった。組織的な犯行の匂いがする」

「だから、ヒガンが壊滅状態になると得をするのは誰かなって思って、いろいろな方向から探ってみたの。どこの地区もよそ者を嫌うから、潜りこむの、苦労したんだよー。オレ、本気で命がけの日々だった~」

 身分証明書を偽造して偽名を名乗るのは、ある程度の資金があれば、この街でならわりと簡単だ。

 けれど、素の条という人間の特徴をすべて消して怪しまれずに潜りこむのは、並大抵のことではない。

 下手をすればスパイだと吊るし上げられ、リンチで済めばまだ良いほうだ。最悪の場合は一族郎党、住んでいる地域まで丸ごと潰されてしまう。

 ヒガン地区の近隣のスズラ地区もケシ地区も、決して生ぬるい環境ではないのだから。

「証拠は今はまだ何も出てこない。だからこれは、オレの勘なんだけどね」

 証拠はないんだよ、ともう一度前置きしたうえで、条がメモの選り抜き部分を差し出した。

 もし何者かに捕らえられても見つからないように、小さな薄い紙に書いて、煙草の中に隠して持ち帰ってきた。

 積み荷の中にはどうでもいいような情報を記したダミーを紛れ込ませてあるという念の入れようだ。

 情報屋の苦労が見て取れて、久我が言葉を失う。

 濫枒が黙ったまま、小さく丸まるメモを受け取った。

「暗殺大群がクンシで幅を効かせ出したのが、ちょうど大火災の前後と重なるんだよ。オレにはこれが偶然とは思えないから、もうちょっと深掘りさせてほしい。スズラもちょっとばかり臭うんだけど、決定的な要素に欠けるんだよねえ」

「スズラ地区っつったら、火事のあと、しばらくの間炊き出しまでしてくれたんだよ。あの恩は忘れねえ」

 久我の言葉に、条は冷たく言い切った。

「炊き出し程度で恩が売れるなら、安いもんじゃない? ちょろいねえ」

「んだとゴルァ」

 条と久我が額を突き合わせて睨みあう。

 このふたりは、以前から、わりとウマが合わない。

「クンシか……ほかにも良い噂は聞かねえが、覚悟はできてんだろうな。暗殺大群相手となれば、簡単にはいかねえぞ」

 低くつぶやいた濫枒に、条はぱっと笑みを浮かべて頷いた。

「そりゃあもちろん、覚悟のうえ。乾物屋の息子ってことにして、怪しまれずに潜りこむルートも作ってきた。連中、ガードめちゃくちゃ固いから。そういうところに忍びこむのって、スリル満点でぞくぞくしちゃう体質なの」

「――言っても無駄かもしんねえが、気をつけろよ」

 濫枒は、声を低めて告げる。

「俺が知ってるとおりの相手なら、かなり厄介だ。尻尾を掴まれたら終わりだぞ」

「はーい、了解」

 そうそう、と条が懐から一通のインヴィテーション・カードを取り出した。


「これ、手に入れたから。濫枒にあげる。おみやげね」

 黒檀色の刻印が押された、重厚な印象を与える招待状だ。

 この辺りでは見かけないくらい上質の、純白の紙を使用している。

「パーティーの招待状? 一体何の冗談だ?」

 要領を得ない濫枒に、条がにっこりと笑みを浮かべる。

 まるっきり子供のように邪気のない笑顔だ。

 好奇心をかき立てられるターゲットを見つけて、興奮を抑えきれないでいる。

 知りたいから、探る――条の思考回路は、とてもストレートである。

「近々、暗殺大群の頭のひとり息子――リー・タオロンの誕生パーティーが開かれるんだよ。クンシは人の出入りも厳しく監視されるようになったし、よそ者は簡単には足を踏み入れることができない」

 でも、招待状があれば、堂々と入りこむことができる。

「一通あれば、あとひとりは同伴可。久我もついていけばいいっしょ?」

「なんで誕生パーティーなんかに行かなくちゃなんねえんだ」

 濫枒が、胡乱な表情で招待状に目を落とした。


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