第五話・授業参観で後ろから笑顔で手を振っている系ママ
高校生が嫌いなイベント第一位。
高校生のママが大好きなイベント第一位。
陰と陽の極性が反発し合うことにより、発生する空間。
人はそれを授業参観という。
物語は少し前から語るとしよう。
昼休み。
氷室姫乃と、女子達のグループでは、授業参観に対してマイナス的なイメージしかなかった。
特に、高校デビューと同時にピンク色のインナーカラーを入れたやべーやつ。
小学生にボロクソ言われていた悲しきJKは、泣きながら机に突っ伏していた。
友達の女子に泣き付いていた。
「やだやだ~! 授業参観とか、ママにメッチャ怒られるやつじゃん!!」
「普通に授業受けていたら問題ないでしょ。なにが困るのよ」
「眠くなる!」
「いや、授業参観で寝るな」
それは誰だって普通に怒られるだろう。
ツッコミのチョップが飛んでくる。
「ぐえっ」
脳天に直撃する。
他の女子も授業参観は嫌だったが、別にアホの子みたく、勉強が嫌いだったり、成績が悪いわけではない。
純粋に、思春期の女の子達は、両親の存在をクラスメートに知られたくなかったのだ。
三十代後半の若作りと厚化粧したママ達が、学校に来るとか、まさしく拷問である。
若い子に混じりたがるあの光景。
変なことをしないか心配しかない。
「まあ、氷室さんのお母様は、問題ないと思うけど」
氷室さんほどの人なら、ご両親もちゃんとした人なのだろう。
「ええ、そうね」
姫乃は思うのだった。
小中は地元だからみんな両親を知っていたからよかったが、都内の高校にあの母親を野に放っていいのだろうかと。
都会の地に、ママ爆誕。
悲しきママモンスターだ。
清楚で奥ゆかしい。
お姫様としての印象など、姫乃のママの前では霞んでしまう。
未確認反社会人妻。
ママはママでも、S級人妻である。
子供を産む前にママになった女だ。
どこぞのメスとは、面構えが違う。
私のママを野に放ってしまったが最後。
氷室姫乃の華々しい高校生活は、ここで終了するのだった。
いや、今からならまだ間に合う。
ママのヘイトを完全に石城くんに向けさせれば、私一人は助かるかも知れない。
姫乃は、頭がおかしくなっていた。
極限状態になり、自分だけが助かればいい。
そう思っていたのだ。
彼女は、いい性格をしていた。
「あ~、やだやだ。この時代に授業参観なんてやる意味あるの?」
「入学して一ヶ月経てば、人間関係なんて大体は決まるでしょ? いじめとか色々あるし、普通の親なら気にするでしょ」
子供がちゃんと勉強しているのか。
学校の雰囲気や、クラスに馴染めているのか。
ママ同士で仲良くなるきっかけ作りといった、諸々の事情で授業参観は必要なのだ。
学校だって、イジメ問題にならないような、生徒と親御さんの風通しの良さを求めているわけである。
初台高校。
以前の生徒達が問題児ばかりだったこともあり、初台高校の名前が上がるだけで、嗚呼、あのイカれた高校と呼ばれるようになってしまった。
そのせいか、教師陣はより良い学校にするために学校行事を重視し、イメージ向上することに躍起になっていた。
人気になり、中学生からの志望校率が増え、偏差値が上がった実績があれど、ことある毎にあのクソガキの顔を思い出す。
その度に、教師陣は血まなこになって職務に邁進するのだ。
最強最悪の卒業生。
居なくなって尚、強烈な印象を学校に残す。
それはまた別のお話である。
授業参観当日。
俺は、驚愕していた。
みゆさんママが、ママになっていたのだ。
授業が始まる前に俺に話しかける。
久しぶりに会ったから、導入は他愛ない話だったが、それでも授業参観に来たママが話しかけるのは実の子供だけだ。
たった数ヶ月で、他人の母親との面識などあるわけがない。
そんなバイアスが働き、みんなは俺の母親がみゆさんだと勘違いしていたのだ。
俺にママが必要なら、私がママになる。
ママになれ!!
死ねオラ!!
なんで、ママになるのが力技なのか訳分からないが、自分がママだと錯覚しているのであった。
ハヤちゃん、ハヤちゃん。
いきなり、俺のことを愛称で呼ぶせいだわ。
そりゃ、母親だと思うだろう。
俺だって高校生だ。
学校でちゃん付けしないでほしいが、当の本人は聞いてくれないだろうから諦めた。
「ハヤちゃん、学校ではちゃんとやってるの? 勉強苦手じゃない?? 恋愛で困ってない?? ママ成分足りてる??」
最後のは関係なくない?
「そういうのは、娘さんに聞いてください」
氷室さんは、机と同化して無色透明になっていたけど。
心を殺し、完全に気配を消していた。
存在ごと消し去り、透き通っていた。
ヒロインのする絵面ではない。
最近、氷室さんのキャラ崩壊が激しいがいいのだろうか。
「姫ちゃんはいいのよ。恥ずかしがり屋だから」
なるほど。
やっぱり、家族が授業参観に来るのは恥ずかしいらしい。
いや、恥ずかしいのは普通だと思うけど??
俺ですらかなり目立って恥ずかしいのだ。
相手が氷室さんであれば、人の目を惹くのは当たり前である。
「しかし、俺よりも氷室さんを気にかけてあげた方がいいのでは?」
みゆさんは、無になっている娘をチラッと見て。
「あの娘は、勉強も運動も出来るもの。心配ないわ」
優等生だと手がかからなくて楽だわ。
……あれ?
俺の方が心配ってこと??
勉強は出来ないけどさ。
それでも、男子としての平均点は取っているつもりだ。
「ほら、やっぱり同性の女の子より、男の子の方が勝手が分からないから心配しちゃうでしょ? そういうものなのかしら」
「……実の子供のような扱いが謎なんですが?」
高校最初の授業参観なのだから、娘の為に使ってあげてください。
その為に朝早くから綺麗におめかしして授業参観に来たわけだろう。
娘さんは、それを望んでいないみたいだけどさ。
俺と目が合うと、無言のまま休憩時間が終わるまでママの気を引けと言っていた。
ええ……、俺の役目なの。
貴方のママじゃん。
大好きなお母さんなんだから、頑張ってくれよ。
それとこれとは別だわ。
まあ、そうだろうけどさ。
「そうだわ。ハヤちゃん、未姫のことありがとうね」
「ああ、いえ。別に大丈夫ですよ」
「ごめんなさいね。言い出したら聞かない子だから困っているの」
みゆさんは、続けて言う。
「未姫には、ちゃんと駄目なものは駄目って教育しているのに、わがままを言うのは何でなのかしら」
貴方の血では?
その血の運命。
いや、何でもありません。
にこやかに睨まれたので、黙っていることにした。
とはいえ、小学生がわがまま言うのは当たり前なわけだし、危ない行動でなければ、子供の意思を尊重しある程度は許容すべきだろう。
未姫ちゃんの行動で怒っていたら、子供の頃の俺はゲンコツ数発喰らわされている。
それくらい馬鹿だった。
未姫ちゃんが、俺の家に来るからって電車に乗って一人で来たのは褒められたものではないが、子供のわがままとしては可愛いものである。
「私もハヤちゃんのお家に行きたいわ~」
それは、わがままではない。
暴挙だ。
授業参観が始まると、クラスメートのお母さん方は、教室の後ろ側で仲良さそうに会話をしていた。
三十代から四十代のお母さん方は、高校生まで子供を育てただけあり、積もる話もあるらしく、情報交換をしていた。
ライン交換している。
おまえら、授業聞けよ。
何で俺達生徒よりも仲良くなってんだよ。
俺達はそう思いながらも、母親が真剣にこちらに絡んでくるよりはマシだと思うようにした。
このまま授業参観が終わってくれ。
祈るように、時が過ぎ去るのを待っていた。
優等生の女の子ですら、自分から望んで授業を答えようとしない。
沈黙こそ、この場で一番正しい選択であろう。
「……次の問題は」
先生が生徒を指名する為に、視線を一周させる。
ゆとり世代の弊害か。
教室のクラスメートは、誰一人として生気がない。
自我を出した者から負ける。
先生に指名されないようにしていた。
授業参観をやる意味があるのか。
俺達は高校生だ。
親に格好いい姿を見せるなんて思考をした人間などいない。
「じゃあ、石城」
俺かよ。
仕方がないので、教卓に上がる。
ハヤちゃんがんばれー!!
何の声援??
数学の問題を書く。
「石城、おしいな。途中で計算式をミスっているぞ」
「あ、本当だ。すみません」
「緊張するのは分かるが、冷静に解けるようにならないとな。テストでは失敗しないように気を付けろよ」
あざます。
先生から指摘を頂き、頭を下げて感謝をする。
やれやれ、恥ずかしい姿を見せてしまった。
みゆさんには申し訳ない。
「私の息子! 聡明で可愛いでしょ!!」
どれも合ってねえよ。
知らないママを掴まえて、ママになるなよ。
隣のママさんが困惑しているではないか。
それを見て。
先生は察する。
「あれ、石城のご両親って……」
先生は俺の担任だからか、当然俺の母親が亡くなっているも知っていた。
「ひええ、授業参観に来た過ぎて死して尚、現世にしがみついたママの幽霊……ってこと?!」
説明なげぇよ。
この人も頭がおかしくなっていた。
授業参観で後ろから笑顔で手を振っている系ママ。
あのテンションで、他人の母親が応援してくると誰が思うだろうか。
絶対に石城のママだ。
下の名前で呼んでいるし。
……いや、先生の判断は正しいんだけど。
正しくないんだよな。
状況が分からず、恐怖で震えていた。
先生がぶっ壊れたら授業にならなくなるからやめてくれ。
あと、他人の母親を幽霊扱いするな。
ちゃんと成仏しているわ。
授業参観が終わる頃に、俺と氷室さんはみゆさんに呼び出される。
「私は他の皆さんと茶しばいてくるわ」
「え、はい」
軽い返事だ。
心底どうでもいいという顔をしている娘さんであった。
「姫ちゃん、ハヤちゃんのことよろしくね」
氷室さんは気乗りしないが、学校ではお姫様という建前がある関係か、無言で頷いていた。
まあ、妥当な反応である。
「ハヤちゃんも女の子は大切にするのよ。ママとのお約束よ」
「うっす」
何故ママ視点?
いや、だからみゆさんは俺のママではない。
俺の母親は唯一無二。
天国から見守ってくれている母親だけだ。
そもそも母親が二人も居たら困る。
氷室さんじゃあるまいし、みゆさんのことをママって呼ばないからな。
「ママって呼んで」
新しい母性に目覚めたママ。
みゆさんは、ママと呼んでと羨望の眼差しをしていたが無視をする。
俺の母親が生きていたら、授業参観に来て、両手にうちわを持って応援しない。
いや、しているか。
そういう人だったわ。
みゆさんが、母親の代わりをしてくれているのには感謝しているが、破天荒過ぎる。
授業参観で俺に絡み過ぎていたせいか、みゆさんイコール俺の母親と認識されていた。
他のお母さん方が勘違いし、みゆさんのことを石城さんとか言い出したのには、流石の俺でも戦慄したが、些細な問題だろう。
「あとで二人のお家に行くわね」
「……」
「……」
来るんかい。
授業参観が終わり、それで帰って終わりではない。
ちゃんと放課後まで、俺達二人の心を折るみゆさんであった。
おまけ。
放課後、石城家。
「ベッドの下にえっちな本がないわぁ~!!」
「ママ……」
みゆさんは、俺の家を訪ねてすぐさまにベッドを確認していた。
だからなんで、俺の家に来てベッドの下を確認するんだよ。
ラブコメのテンプレかよ。
知能レベルが未姫ちゃんと同じだった。
そりゃ親子なんだから、思考回路が似ているのは当たり前か。
それもおかしいんだけどね。
小学生のノリで、勢いよく来られても反応に困るものだ。
「男の子の部屋に来てやることは一つでしょ!」
この人が言うと卑猥になるの何でなのだ。
ベッドの下から興味が薄れたら、卒業アルバムを見出すし、自由の人である。
三十代後半の大人が自由にしているのは、きついものがあった。
妹につぎ。
母親までもが他人の家で自由にしている光景を見て、氷室さんは凍て付いた表情をしていた。
「ママ……。いつまでお邪魔するつもりなの?」
恥を知れ。
早く帰って。
付き合いの短い俺ですら、彼女の感情を察することが出来た。
「ママは、手料理を振る舞ったら帰るわ!」
「そうじゃなくて……」
「ハヤちゃん、食べたい料理あるかしら」
「ハンバーグ」
「石城くんも普通に答えないの!」
いやでも、男の子には手作りのハンバーグが無性に食べたくなる日があるのだ。
肉汁にソースとケチャップを混ぜた特製ソースで食べたい。
家庭にある調味料で作れるチープな味付けながらも、あれが美味しいのだ。
「はぁ、男の子ね……」
氷室さんは呆れていたけど。
それでも、みゆさんが作る手料理は、楽しみだった。
おまけ。
その日。
暗く淀んだ夜空は、あの日のようだった。
重機の油のように、心の片隅に薄汚れ、へばり付いて取れない汚れがある。
何度洗い流そうとも、汚れた事実は消えることはない。
割れた器を繋ぎ直し、綺麗に直そうとも、割れた器は割れたままなのだ。
自分という存在がマイナスから進み、どれほど幸せになろうとも、それがゼロに戻ることはない。
幸せな時間を生きていると忘れてしまうが、普通の日なんて、この世には存在しないのだ。
毎日誰かが事故で死んでいく。
世界には、沢山の喜びと同じように、悲しみがある。
生きているから尊く。
死ぬからこそ儚いのだ。
故に、それを悲しいと嘆くか、何よりも守るべき幸せだと頑張るかは、人それぞれと言えるだろう。
俺という、失い続けた人生においてさえ、守りたい世界は存在する。
俺が守る。
そう決めたのは、彼女に言われたからではない。
俺自身の意思であった。
失い続けていても、走るのは諦めない。
次回。
第六話・この世界に、お姫様は二人も要らない。
お姫様を迎えに行くのは、いつだって王子様である。
それが幼き姫であっても例外はなく。
彼女にとっては唯一無二の王子様なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます