第四話・可愛い妹ちゃんはおませさん

とある休日。

チャイムが鳴り、俺が玄関を開けると、未姫ちゃんが居た。

「じゃじゃ~んっ! 未姫ちゃんでした!!」

嬉しそうにそう言った。

彼女の名前は、氷室未姫ちゃん。

氷室さんの実妹であり、小学生の女の子である。

お姉さんが綺麗系なら、未姫ちゃんは可愛い系。

童顔で小学生らしい愛らしさがある。

赤い花の髪飾りが、ことある毎に揺れる。

可愛い。

これだけ愛嬌があり、可愛いのであれば、小学校のアイドルなのは言うまでもない。

……状況説明をしていて何だが、普通に変態みたいだから、これ以上は何も言わないようにする。

「ハヤちゃん、おはよ。遊びに来ちゃった♪」

未姫ちゃんはそう言って、長居するつもりなのか大きなリュックを背負って俺の家に上がり込む。

「え? お姉さんの方じゃないのか?」

俺の家に遊びに来る必要あるのか?

野郎の部屋には面白いものなんて、何もないけど。

「お姉ちゃんは、どうせ会ったら口うるさいからいいの。せっかくの土曜日なのに、イライラしたくないでしょ」

それに対しては否定出来なかった。

小言を言う氷室さんとか、簡単にイメージ出来てしまう。

まあ、俺も言われる側だから分からんでもない。

「それにしても、来るんだったら言ってくれれば、駅まで迎えに行ったのに」

「もう。わたしだって大人なんだから。一人で来れるもん」

未姫ちゃんは、レディ扱いされたいお年頃らしい。

それでも、女の子が電車を使って一人でやってきたのは頂けない。

このご時世だ。

昼間だとしても、やばいやつなんて沢山居るわけだし、未姫ちゃんに何かあったら俺だって困るのだ。

流石に、次は俺を呼んでくれと念入りに言っておく。

「きゃ~、ハヤちゃん優しい! そんなに大切にされてると思わなかった。え~、なら、未姫と付き合っちゃう??」

照れながらそう言う。

どこに惚れる要素があったのだ。

……ませているけどさ。

いや、流石に小学生は無理だわ。

未姫ちゃんは、可愛い女の子とはいえ、自分とは片手で数える以上も年齢が離れているわけだ。

高校生のクラスメートが、大学生の彼氏が甘えてくるという自慢話を聞いて。

きっしょ、何で甘えてるんだよ。

犬系男子?

意味が分からない。

年下には甘えられないし、年の差での恋愛は有り得ないと思っていた。

というのか、何なのだ。

今の事態がよく分からん。

「そうだ。ベッドの下にえっちな本とかないの??」

何故、この子は他人のベッドの下を覗いているのだ。

現実世界では、そんなところにエロ本は入れないし、現代っ子のエロ本は全部スマホの中である。

男の子とは、女の子には変態には思われたくないし、紳士的に振る舞いたい。

エロ本が見付かったら死活問題なのだ。

氷室さんが料理を振る舞うようになってから、泣く泣くお気に入りのグラビア写真集を捨てた。

「詰まんなぁ~い」

そう言われても困るわ。

男の部屋で好き勝手されて、怒れない俺もどうかと思うけどさ。

詰まんない部屋ですまない。

せっかくなので、ジュースを振る舞い、一緒になってテレビを観ることにした。

まあ、やることないし。

未姫ちゃんは何かに気付いたように、笑みを浮かべ聞いてくる。

「ハヤちゃんの卒アル見たいなぁ」

「なんで?」

「楽しいじゃん」

楽しいとは??

「友達の家に来たら、卒アル見るよ」

あんた、小学生やん。

幼稚園を卒アル言うの?

「わかったよ。確か、本棚に移しておいたはず……」

実家から持ってきた本は少ないから、探せば直ぐに見付かった。

中学の卒アルを渡す。

それを見ながら、未姫ちゃんは聞いてくる。

「元カノどれ?」

「……なんで元カノいる前提なんだよ」

「ハヤちゃんの落ち着き具合的に、彼女いたことあるじゃん」

女の勘らしい。

可愛い女の子とおしゃべりしていたら、普通の男の子は、もっと喜ぶものだ。

そう言われても、俺には全く分からない。

クラスメートの中から、それっぽい人を見付け出すゲーム。

普通に卒アル見てくれ。


「この女、隣に居る回数が多い。ことある毎に、視線の位置が怪しい」

いや、ガチ過ぎるわ。


事実、仲がいい女の子を言い当てる辺り、みゆさんの血筋だな。

能天気な氷室さんとは違い、未姫ちゃんは鋭い。

大人顔負けの洞察力で、卒アルを見ていた。

「まだ付き合ってるの?」

「いや、別れたよ。色々あったからな」

中学三年の時は、バタバタしてたし、当然だろう。

喧嘩別れしたわけではなかったが、まあ今となってはいい思い出である。

両親が死んだ、あの事故がなかったら、ずっと付き合っていたかも知れないが。

今ではまあ、一切の連絡も取っていないし、最後のラインも未読のまま放置されている。

俺からしたら、完全に縁が切れた。

そう考えている。

悲しいことだが、それも仕方ない。

それに、彼女のことを今までずっと思い出すことはなかった。

色々あって、今は忙しいから。

今更怒る気も起きない。

あんなに好きだったはずなのに。

本当に興味がないのだろう。

……まあ、人として、ちゃんとした別れはしたかったかな。


「ハヤちゃん、大丈夫?」


「ん? ああ、大丈夫だ」

「色々思い出すのもいいけど、無理しちゃ駄目だからね?」

未姫ちゃんから、いい子いい子される。

小学生に頭を撫でられる高校生である。

「辛いことがあったら、ちゃんと言ってね? 大人も子供も、心は同じだよ??」

未姫ちゃんはそう言って、俺を気遣ってくれる。

別に辛いことがあるわけではなかったが、その言葉に反して遮ることはしなかった。

未姫ちゃんは小学生だったが、だからといえ、考えまでもが幼いわけではない。

電車に乗って、遊びに来た理由は分からないけれど、多少なりとも俺を気にかけてくれていたのだろう。

そこに、年齢の違いなどはない。

彼女のその表情は優しく、善意しかない。

高校生の俺よりも、未姫ちゃんの方が大人であった。

「はいこれ」

アメ玉を手渡してくる。

疲れた時は甘いものを食べるといい。

そう言われて、俺はザラメのまぶされたアメ玉を口の中に入れる。

駄菓子屋に売っている人工的な甘さが、小学生だった頃を思い出す。

数十円の味。

懐かしい。

そうだな、懐かしい。

ずっと辛い過去に囚われ、後ろを振り返ることをしてこなかったせいか、久しい感覚であった。

小さい頃には、いい思い出もあったはずなのに、忘れようとしていた。

母親によく駄菓子屋に連れて行ってもらったか。

買い物袋を頑張って運んだご褒美だったか。

駄菓子一個だけでも、掛け替えのない思い出がある。

そう気付かせてくれたのは、紛れもない未姫ちゃんであった。

「ちょっとだけ元気になった?」

「ああ、ありがとう」

頭を深く下げて感謝する。

氷室家の人達の分も含めて、彼女に頭を下げた。

そうすると、また頭を撫でられる。

「ハヤちゃんはずっと辛かったんだね。でも大丈夫、私が守るもの」

小学生に守られている。

恥ずかしいことなのに、自然とそう感じさせない。

不思議な魅力がある女の子だった。



ほどなくして、普通にテレビを観ていると未姫ちゃんは聞いてくる。

「ハヤちゃん、お昼ごはんはどうするの?」

「ああ、それは……」

そうか。

お昼ごはんの時間になるのか。

「ふーん。お姉ちゃんね。お姉ちゃんの部屋って隣? こっち?」

未姫ちゃんは壁を指差す。

「ああ、そうだけど……」

お隣さんだし、壁の向こう側が氷室さんの部屋だと説明する。

「そうなんだ。こっちね」

壁パン。

えっ、なんで。

壁越しに喧嘩売る必要あったか?

しかも、全身の体幹を活かした強力な壁パンだった。

確実に、殴り付けた衝撃が向こう側に伝わるレベルだ。

妹から姉への宣戦布告だッ!!

訳分からな過ぎて、こっちがビビるわ。

「ふぅ」

未姫ちゃんは、満足気にしていた。

次の瞬間。

即座にチャイムが鳴る。

連打すんな。

そりゃ、氷室さんもキレるわな。

「石城くん! 早く開けなさい!!」

姉は姉で怖いな。

マジ切れだった。

扉を開けるのは未姫ちゃん。

「あら、お姉ちゃん」

「……は?」

「今日は未姫がハヤちゃんに手料理作るから邪魔しないでね。じゃ、またね」

扉を閉めようとする妹。

両手でこじ開ける姉。

新手のホラー映画かよ。

「なんで、あんたが料理するのよ」

「未姫の方が料理上手いからでしょ」

「料理するの嫌いってやりたがらなかったでしょ!?」

「人間、目的があればちゃんとやります~」

ただ見守るだけの俺。

流石に高校生の方が腕力がある為か、氷室さんの方が勝つ。

「待ちなさい!」

「やだやだ~」

喧嘩するほど仲良しである。

兄弟がいない俺には姉妹のノリは分からないが、楽しそうにしていた。

あと、人の家で走り回るのは止めて頂きたい。

古いアパートだし、音が響くから近所迷惑である。

二人を落ち着かせる為に、紅茶を淹れる。

流石に座れば争わないだろう。

「ごほん。それで、未姫は何していたの?」

「ハヤちゃんの卒アル見てた」

「ふ、ふ~ん」

「ほら。元カノ」

「ふ、ふ~ん」

人の元カノ見せるな。

どういう流れでこの物語を進める気なのだ。

その場の流れで繰り出される展開の数々に疲弊してきた。

唐突に元カノ見させられた氷室さんは、不穏な空気であった。

別れたとはいえ、他人の元カノで遊ぶんじゃありません。

氷室さんは、ムスッとしていた。

「まあ、まあまあじゃない」

「お姉ちゃん。妹の未姫が言うのも何だけど、もう少し大人になった方がいいよ……」

縁も未練もない元カノ如きに、一々感情を動かしていたら、この世界では生きにくいよ。

結婚するまでに、三人と付き合う人が多いと統計が出ている。

誰と付き合おうが。

最後に、自分が勝てばいい。

恋愛観大人過ぎじゃないですかね。

「見せなければ良かったじゃない」

「後々知る方がダメージ大きいでしょ。未姫はちゃんとそういうところも考えてるんだよ?」

姉妹の立ち位置が真逆じゃないか?

氷室さんほどの人が、手のひらで転がされていた。

「ハヤちゃん、他の女とか居ないの? 未姫に隠れてラインしてない??」

「なんで許可制……? いや、繋がりがあるやつは野郎くらいだが……。とはいっても、月イチで連絡する程度だけどさ」

「ハヤちゃん、女の子への認識甘いから、アピールに気付かずにスルーしているんじゃないの?」

クラス行事や、カラオケとか、イベントの終わり際に、個別で女の子からライン来ていなかったか。

中学の卒業時に第二ボタン欲しいって後輩が居なかったか。

う~ん。どうだったかな。

覚えがないかな。

あれ、俺の立場が悪くなっていた。

二人に睨まれている。

いや、だから。

昔の恋バナで盛り上がられても困るんだが。

過ぎ去ったことだ。

俺は、過去の話より、今の話をしたい。

氷室さんは、未姫ちゃんに耳打ちする。

「ついこの間、クラスの子に告白されていたわ。しかもお昼休みに楽しそうに会話してたわ」

だからって、妹にリアルタイムの情報を流さないでくれ。

彼女は、俺の評価を下げることに労力を厭わなかった。

事細かく説明するな。

「ねえねえ、ハヤちゃん。髪の毛にインナーカラーが入っているような女にいい女はいないよ?」

高校生になって、初めてすることがピンク色に髪を染めることとか、自由と自由を履き違えている。

同じ日本の女性として品位を疑う。

髪染めるお金でどれほどのことが出来ると思う?

小学生が言うような言葉ではなかった。

未姫ちゃんって、人生二度目じゃないの??

「まあ、でも今どきの女の子っぽくて可愛いんじゃない? ほら、最近の雑誌ではインナーカラーがトレンドらしいわよ」

姉がフォローしていた。

妹を宥めるのに必死である。

本気で、未姫ちゃんを怒らせたらあかんようだ。

「……世界一有名な読者モデルの人は、黒髪美人でしょ。未姫は、そっちの方がいい」

世界的に有名な読者モデルは、黒髪が綺麗な女性であり、日本人らしい美しさを持つとのことだ。

ファッションという立ち位置に居ながら、小細工などせず、生まれ持った美しさで一線を画す。

黒髪美人。

原点にして頂点。

それこそが、彼女が持つ圧倒的なカリスマ性だという。

普通の女子高生ならば誰もが憧れる不変的な美しさ。

その部分では、氷室さんに似た美人なのだろう。

「お姉ちゃんはポンコツだよ」


「は?」


仲良くしてくれ。



何故か知らないが、俺の卒アルで盛り上がる姉妹。

楽しそうにしている。

「ハヤちゃん、もっと小さい頃のアルバムないの?」

「何で??」

姉妹は言い放つ。

「なんでって見たいから」

「当然でしょ」

当然とは?

この二人からは、抗えない圧力がある。

小学生に言い負ける不甲斐ない俺である。

赤ちゃんから幼稚園。

小学生までのアルバムを渡す。

「産まれたてから目付き悪い~」

「どっからどう見ても石城くんじゃないの」

『生後間もなく』

二人は、写真に書かれたその文字を見て腹抱えていた。

人の赤ん坊の写真で大爆笑すんな。

失礼だろ。

赤ん坊の頃からの写真をパラパラとめくりながら、姉妹は楽しそうにしていた。

時折一緒に写っていた親父と母親のことに触れないでくれたのは、二人の優しさからだろうか。

七五三。

幼稚園。

運動会。

祝い事で、楽しそうな笑顔をしている俺を見て、氷室さんは一言。

「感情死んだの?」

率直な感想を述べる。

いや、今の俺と比べないでくれ。

「俺だって、ガキの頃くらいは笑うわ」

「今もガキよ」

姉の一言きつくないか。


「ハヤちゃん、笑ってたら可愛いのにね。もったいないよ」

「石城くん、まったく笑わないものね。学校でも無愛想だし、もう少し笑ったらクラスのみんなも話しかけやすいと思うん……」

「お姉ちゃん! マウント取らないで!!」

「ええ……」

喜々として学校生活を語る姉に、本気でブチ切れる妹ちゃんである。

妹に対して、自分が知らない学校の話題を振る氷室さんが悪いけど、まあまあ理不尽であった。

しかし、自分の話ばかりする野郎は嫌われるものだから、せっかく三人で楽しむなら、共通の話題を話すのがマナーだろう。

三人が知っていて、楽しい内容。

「ヨアソビとかか?」

「ハヤちゃん変なこと言わないで」

「何で、いきなりヨアソビなのよ」

何でだよ。

小学生も高校生も知っていて、みんなに大人気なアイドルじゃないのかよ??

「それタイトルだけだよ」

「石城くんから、ヨアソビとかいうフレーズが出てきた時点で、底知れぬ恐怖を覚えたから。今後は絶対にやめて」

酷いよ。

俺は、みんなと共通の話題で盛り上がりたかっただけなのに。

なんだよ。

大人気アーティストの楽曲を聴いちゃ駄目なのかよ。

そんな話をしながら、何気ない日のお昼が過ぎていくのだった。


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