それは夢の終わりで、始まり-0.1-

その声は、俺を救いに来たのだとそう言った。

死んでしまったはずの彼女の声で、パソコンから音を響かせて。

なんだ、これは…。ウイルス、にしては悪趣味が過ぎる。

それに、俺個人にだけの嫌がらせがしたい人間なんて心当たりもない。

そして、このパソコンは彼女の遺品だ。だから彼女が俺に向けて行ったことなんだろう。

ただあまりにも起こったことが想定外で、思考が止まりかける。

余白の出来た脳内に、いつかの情景がぼんやりと浮かんでくるくらいには、その声色は酷く懐かしかった。

ただそれも、記憶にあるものとは少し違う。人間の肉声ではない電子のものだ。

だからこそ俺は、胸の苦しさの中で正気を保ててパソコンへと視線を向けることが出来た。

そこに映るのは、黒をバックに桜の花弁をもしたようなもの、そして少女会話中という文字。完全に知らない画面だった。

1年間使ってきたが、このパソコンに入っているのは作曲ソフトぐらいのものでこんなものはあるはずもない。

ならこれはなんだと言うんだ、こんな大層なものを仕込んで居たんだろうか。だとしたらよくもまあ俺の行動を読めたものだ。

画面を見つめる。しばらくしても言葉の続きがない。なんなんだ、ちょっとした苛立ちさえ抱えて俺は画面を睨みつける。

そこで気がついた。これは彼女が作ったものなのだから、時間が経てば動くだとか、丁寧に案内があるなんてそう良く出来ているはずもない。

音楽以外の得意が無いことは、よく知っているなら。

…とりあえず、クリックしてみる。

少女会話中の文字が消えて三角形な再生ボタンが現れた。

どうやら動画が流れるらしい、再びクリックする。

真っ黒な画面から、一転。映ったのは、小物らしい小物もない癖して、楽器ばかりが溢れた彼女の部屋。

右に目を向ければギター、ベース、三味線、キーボード、トランペット、リコーダー、トライアングル。それ以外にも何個かあって、集めた当人の節操の無さを感じさせる。

それは「流石にドラムは入れられなかったの…。」と嘆いていたのを思い出す光景だ。

左には、どこで見つけたのか不思議な音符柄のベットと音楽の教本で溢れていた勉強机。

画面にある机の上には、付箋だらけの楽器のカタログが堂々と真ん中を占拠していた。

こんなに溢れているのにまだまだ増やす気があることを恐ろしく感じた日がぶり返す。

ベットの上には無造作にノートパソコンが置いてあり、見知ったソフトの画面が映り込んでいる。

壁にかけられたバンドのポスターと、彼女自身が墨で書いた夢を打ち抜けの文字。

聞きかじったものも、誰かからのプレゼントも、彼女自身が選んだものも。至る所に音楽が溢れていた。

そんな夢を詰め込んだような、音楽に愛されたような空間。

実際、彼女は音楽に愛されていた。俺なんかよりもずっと才能に溢れていて、彼女自身も燃え上がる感情のままに音楽を愛した。

だから、見慣れているはずのこの空間は、俺にとって色んな意味で遠い景色だ。

そして、画面の外から彼女が現れる。恐らくカメラをセットしてから動画を撮ったんだろう、タイマーなんて機能は頭にないんだろうか。

画面越しの彼女は、中央から少し左に陣取って言葉を紡ぎ始めた。

「過去から貴方を救いに来ました。なんて聞いてビックリしたでしょー。まあ、そんなに大した事を残してる訳じゃないんだけどね。とりあえず、久しぶりだね、ユウマ。」

「………ミナ。」

懐かしさに吹かれたせいで、思わずそう呟いてしまった。意識的に考えないようにと、思い出さないようにとしていたその名前を。

絶えない微笑みが、揺れ動く黒髪が、何よりも耳に馴染んだ透明さが。この胸を苦しくさせる。

泣き出しそうな程目頭に力が籠って、吐く息を上手くコントロール出来ない。

画面越しだと言うのに、俺は軽いパニックを起こしてしまった。

体感にすれば、何十分。下手したら数時間になるまでこうしていたような、そんな錯覚。

心の中に渦巻く様々な色は、混ざりに混ざってほとんど黒にしか感じない。

憎くなってしまうほどの執着を、俺は露にしてしまう。好きで、嫌いで、もうぐちゃぐちゃだ。

でも、だからこそ、逃げるなんて選択肢が消えた。

実際の時間で言えば30秒が経つ、もう一度彼女が───いや、ミナが口を開く。

「ユウマには、私の作りかけの楽曲全てを引き継いで欲しい。それがユウマを救う方法で、私の遺言。」

作りかけの楽曲を、引き継ぐ。それが、遺言。

1年前は大したものを残さなかったのに、今更何を言うんだろうか。

そう思うのと同時に、どこかでそれを受け入れている俺が居た。

ミナは俺の憧れだ。同い年にして大天才な彼女は、ネットで様々な曲を公開していた。

そのほとんどがVOCALOIDを用いた楽曲で、激しい曲も落ち着いたものも色んな雰囲気の曲がある。

ただ、それら全てに共通するのが、前向きな曲ということ。

ミナ自身の明るさが全面に押し出された曲は、様々な人を魅了した。俺もその1人、ミナの作る楽曲に魅せられた1人だ。

ただ、俺はミナじゃない。天才ですらない。だから、そんなものは引き継げない。

今さら遺言なんて言われたって、どうすればいいんだよ。

そんな葛藤を他所に動画が終わる、言いたいことだけ伝えたら消えんなよ…。

もっと、なんて言葉が心に浮かんで、それをすぐさま払った。願ったところでどうしょうもないなんてこの1年で思い知っている。

その葛藤を予想したんだろうか、今度は自動で次の動画が再生され始めていった。

撮影された動画じゃない。フリー素材だと思われる緩い絵柄の部屋、その中央にデフォルメされたミナが立っている。

全くもって何がしたいのか分からない。今日は呆然としてばっかりだ、もう頭が動かなくなってきた気さえする。

そんな中、もう人生で越すことは無いと思っていた、今日1番の驚きはその瞬間に訪れた。

「初めまして、ユウマ。私の名前はMina。これからどうぞよろしく。」

「…は?」

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君を気取る、そして歌になる。 白月綱文 @tunahumi4610

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