第9話 一日目午後

一日目午後


→箱中図書館へ向かう




ここは小さな図書館だ。時々学生が勉強をしている他はあまり利用者は多くない。だがその慎ましい佇まいは、徐々に秋めく木々に彩られて、閑静な住宅街によく馴染んでいた。


「岡本さん」


「はい?」


「件の男子高校生達とは面識があったんですか?」


「ええ…1人の大人しそうな子の方とは何度か挨拶したり、軽い雑談をする程度の面識はありました」


「もう1人の方とは?」


「そっちの子は…挨拶程度はしましたが…正直、怖くて」


「怖い?」


「はい…見た目で判断するのは褒められた事ではありませんが…もう1人の子は髪色も明るいしアクセサリーも沢山つけてて…滅多にそういう利用者の方を見たことが無かったので…すみません」


「なるほど。大柄で筋骨隆々だった?」


「いえ…普通の体格だったと思います…」


「ふーむ」


西宮は何やら思案気に口元に人差し指を添えている。


「ところで、意気揚々とここに来ましたけど、何か目星はあるんですか?」


「うん。とりあえずまずは現場検証じゃん?やっぱ。こういうのは形が大切だから、ここに来さえすればそれで済む。ほい次行こ」


「え?じゃあさっきの会話って何だったんですか?」


「?ただの雑談だけど…」


さっきの思案顔が、見た目通り頭を働かせてくれてたのであって欲しかったな、と不安そうになる依頼人の顔を見て、思った。




→御伽高校へ行く 




ここは御伽高校。校内には部活動を行う生徒の活気溢れる声が響いている。私達(岡本さんには帰宅して頂いた)は、というか主に私が、残っている生徒達に対して聞き込み調査を行った。以下にここで得た情報を記す。


~~~


「あーはい。涌井君たしかオカルト部だったと思いますよ」


「四ツ谷ってあの転校生の不良?相当やってるらしいよね、こわ~」


「なんかいじめみたいな感じだったらしいじゃんあの子。たまに金髪に連れ回されてたの見たって人もいるって」


「えー可哀想だねそれ」


~~~


こんな感じ。西宮はちゃっかりと私服警察に変装して職員室に堂々と入り込み、涌井少年の自宅住所を入手してきたのだと言う。警察手帳での証明等求められなかったのだろうか。顧客の目がないとすぐにこれである。眼に余る。




→2人の少年の自宅へ





先に四ツ谷少年の自宅へ向かったが、ご家族の方が留守だった為に、涌井少年邸宅にて。



ご両親にお話を伺う。こちらはストレートに人探しの探偵であるというこちらの身分を明かし、調査にご協力頂くという形で情報提供を求めた。ご両親は自分達と警察以外に息子を探してくれる人がいるのかと驚きはしたが、幸いにも概ね好意的にこちらに対応して下さった。



涌井少年は昨年まで不登校だったそうだ。本人が明言した訳では無いが、おそらく学校でいじめがあったのではないかとご両親は考えているらしい。勉強道具や運動靴がズタボロになっていたり、ある日急に怪我や落書きをされて帰ってきたりとかなり黒に近い証拠を見つけてしまっていた。この件に関して実際に直談判もしてみたが、学校側の声明としてはそのような事実は調査の結果確認出来なかったとの事、だそうだ。



不登校になってからは、2週間に1回の心療内科でのカウンセリング以外、ほとんど塞ぎがちになってしまっていた。ところが最近、気分転換だと称して外を出歩く事が増えていたのだという。少なくとも事態は良い方向に向かっている…そう両親が安心しかけた矢先の神隠しである。



たいそう気の毒な事だ、と思った。笑止千万である。

この言葉、こういう場合でも用法としては間違っていないそうな。




→喫茶店タンポポにて




「さて、夜まで時間がある。不味い珈琲で一服しよう」


「良いですね。少し歩き疲れました」


私たちが喫茶店タンポポの入り口を開くと、そこには見知った顔がいた。


「げ」


「人の顔拝むなりいきなりげ、とはなんだげとは」


「追川警部ですか。お久し振りです」


初老の刑事がおう、と返事をする。


「なんだお前らこんな時間に。いやそもそも外に出てるのが珍しい」


「おっちゃんこそまたここかよ。いくら生活安全課だってもう誰も非行少年はここに来ねーよ。もうここお前ん家じゃん半分」


先程の聞き込みでも生徒達の間では、喫茶店に定住する妖怪の噂は有名のようだった。


「やかましい。…あーあれか。昨日のあの司書さんがお前らの悪ふざけに付き合わされてんのか?」


「はあ?」


「色々聞いてきたんだよ。捜査情報だから部外者には教えられる訳無いんだが」


「誰が?岡本さんが?あーそういえばそんな事言ってたか。自分でも色々調べたとか。こっちも彼女の依頼だよ」


警部はぎょっとした表情をこちらへ向ける。


「…やれやれ。そりゃ相当何か思い詰めてるな。大人しそうでいて根はかなり強情というか…窓口の子がしつこく食い下がられてかなり困ってたから印象に残ってたが…」


印象に残す暇があったら助け船の1つでも出してあげないのだろうか。追川警部は珈琲を1口啜ると、ふーっと息をついた。


「っていうか警部さんかよ。偉くなっちゃったんだ?いいねえ。月日が経つと革命でも成功するんだね」


「まあな。地道にコツコツとやってるからな。見習って良いぞ」


「現在サボってる様にしか見えない不良警察が何か言ってんな」


本当に何で昇進出来てるのかは私も疑問に思う。関心は無いが。

残りの珈琲を飲み干し、刑事は小銭を銀の小皿にカランと支払った。


「ともかくお前ら、あんまり夜遅くは出歩くなよ。夢野のお嬢ちゃんも、うろうろしてるとまた迷子になるぞ」


「余計なお世話感謝致します」


「あっ!ねえ歩夢!忘れ物してきちゃった!事務所戻らなきゃ!」


「…ほんとにもう。忙しないですね」

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