第10話 一日目夜

一日目夜 



「日も落ちたし、頃合いか」


図書館の前に、2つの人影が見える。街灯や遠目に見える民家の明かり、それに月明りが建物の陰や闇と混ざり空間をとぷりと満たす…静かだ。


「その感じだと、やはり今回の行方不明者…面識がありますね?」


「あるよ。四ツ谷くんの方から依頼を承けている。依頼人は3人いた。んで、彼と今日ここで落ち合う事になっている」


「あっ!西宮さーん!」


図書館の中から扉を開けずに2人の制服を着た少年が現れた。此方に向かって手を大きく振っている。やはり彼らだったか。



「今晩は四ツ谷君。そしてそっちが件の涌井君かな。私が私立探偵の西宮玖です。初めまして」


「初めまして」


「今晩は西宮さん。そうです。こいつです。伝説上の生き物ヤンキーに優しいオタクです」


「ふむ。それでは涌井君。君はどのように自分の身に起こった事を理解しているのかな?今のところは、だけど」


「正直…何が何やらさっぱりです。いつの間にか自分が半透明になってて。お互いの姿は見えるのに四ツ谷と僕の姿は誰にも見えていない…のかと思っていましたが、西宮さんには見えてるんですよね?」


「うん。見えてるよー」


因みに私にも見えている。如何にも大人しそうで、男児にしてはやや長めの黒髪の方が涌井水樹少年で、快活そうな明るい金髪の方が四ツ谷洋介少年。司書は恐がっていたが、少なくとも威圧感のようなものは私には感じられなかった。


「それで…もしかしたら自分は死んだのかもしれないと思いました。でもお迎えも来ませんし、どうすれば良いのかもわからないので、四ツ谷と話したり、この辺りをふらついたりしながら、途方に暮れてました」


「あーそういえばさ、俺達御伽高校で噂になってるらしいよ。喋る本の怪とかいってさ。七不思議入りも狙えるかもな!」


「嬉しくないよそれ…っていうか、助け呼んでくれてたんだ。友達少ないとか言ってたのに」


「古い付き合いみたいなのは多いんだよねウチ。残念な家だけど、こういうところは得かな」


「そうなんだ…ありがとう」


少々奇妙な取り合わせだが、案外仲は良いようだ。人は、いや幽霊も見た目に依らぬものだな、と思う。


「んー。何から説明したものやら。まあ君らはちょっと面倒なトラブルに巻き込まれている。これは私の責任でもあるから、君たちの安全は此方で保障しよう。おねーさんに任せなさい」


んー……雑。


「あの…一体トラブルってどんな…」


「それについては彼女にお出まし戴こう」


西宮が後ろを振り返り、大木の方に向かって近隣住民のご迷惑にならぬよう程々の音量で呼び掛ける。


「岡本さーん。呪術師は来ないですよー。多分こっちが気付いた事バレてるから」


………。


「早くしないと涌井君から司書さんの記憶奪っちゃいますよ?」


「…」


観念したように、彼女が木陰から現れた。


岡本和子…今回の依頼人。

「あなた……本当に一体何者何ですか?何なんですか?」


「大方ヤツにアタシを生け贄に涌井を蘇らせようとか吹き込まれたんだろ?そんなんね、ペテンみたいなものだから。大体、一度しくじってるヤツの肩を持つのか?私は今までこの仕事を一度たりともしくじった事がない。いいか?さっきああは言ったが涌井にあなたの記憶は一切無いよ、今のところはね。記憶が無いから事実が無い。事実が無いから関わりがない。関わりが無いから縁が無い。縁が無ければ」


当然、呪法は使えない。


「そん、…な」


月明り照らす青い夜風。そんな青色に染まっていくかのように、岡本さんはみるみる青ざめた。


「冷静に考えてみて欲しい。私がどうして涌井君を呪わなくちゃならない?誰に何の得がある?私はそこの彼とは今日が初対面だ。君が冷静なら、私がそもそもそこの彼を呪えた筈がない事に気付くはずだ」


「あ…!」


縁が無ければ呪法は使えない。

一応四ツ谷や私を経由した依頼により、間接的な縁が出来たともとれなくもないが。いずれにせよ私達がどなたか一般市民に敵意を持って接する理由は毛頭無いのだ。


「第一ヤツがこの場に現れないのが何よりの証拠だ。決行は今夜だったんだろう?その為にわざわざ図書館を先に調べ、しばらくは調べ直さないだろうと思わせた。夜に空きがでるようにしておいたんだ」


最早彼女は生気の失せた顔で、ただ茫然自失に此方を見つめるばかりだ。


「まあ幸い大した被害は無かった。今のところは。取り越し苦労のところ悪いが、当初の依頼通り彼らはアタシらに任せておきなさい。無事元の生活に戻してやるよ」


あっ、西宮さん。四ツ谷君の方はさておき、涌井君の方は多少なりともウチで働いて貰わないと。丁度事務員を探してたじゃないですか。


「そうか…事務員か…良いね。君WordとExcelくらいなら触った事ある?デジタルネイティブ世代だし余裕かな?」


「待って下さいよ!お代なら俺が用意しますって!」


「いんだよお前のとこは。爺様にはこの前も世話になってるし」


徐々に話題はこれまでの出来事からこれからの方針へと移り変わっていった。1人の感情を置いてけぼりにして。


「…待って下さい」


「ん?まだいたの?もうあなたにできる事は無いよ。さっさと帰んな」


「…無関係、だったんですよね?」


わなわなと肩を震わせながら、岡本さんは口を開く。


「ならおかしいじゃ、ないですか…どうして西宮さんは私に裏切られたのに。嘘の依頼だってわかったのに。涌井君を助けようとするんですか?」


「裏切ったくらいで見放して貰えると思うなよ。依頼はまだ有効だ。貴女が正式に取り下げない限りは」


「なら!取り下げます!依頼はキャンセルにして下」


「あっそ。ならお好きにどうぞ?どうでも良いけど君、手段と目的を履き違えてない?そうそうところで、私の趣味はボランティアだ。君のキャンセルを承諾した後、私は悠然憮然と彼の事を救うけど?」 


舌戦が段々とボルテージを上げていく。恐いので帰りたい。


「違うよね。君は彼を救いたかったんじゃない。彼に感謝されたかったんだ。感謝され、それを切っ掛けに交遊を深めたいという立派な下心があったんだよね?あーあ、はしたないなあ、仮にも相手は高校生だよ?分別ある大人は子供に発情しないものだ。まるで盛りのついた兎の様じゃないか」


パンッ、と乾いた音が響いた。


岡本和子が、西宮玖の頬を張ったのだ。よく見ると、岡本さんの目には涙が滲んでいた。


痛かろうに。


そのまま岡本さんは振り返ると、脱兎の如く走り去ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る