第8話 一日目正午

一日目正午


静かな事務所の一室で、2人の人間が立ち話をしている。


「こういうのはまず依頼人が事件を持ち込んでくるものだ。運命的にね。寂れた探偵事務所に舞い込む事件の呼び声。出席確認のようなものだね」


「そうですか」


「良いお返事だね。我々は長い首を更に長くして、堂々と座して待てば良いのだ」


「そうですか」


如何にも探偵ですと言いたげな格好をした妙齢の女性は、そう宣言すると散らかったスチール製の机に腰かけた。本当に机に座ったので、机上のものがいくつか床に落ちた。


「……」


「……」


「麺、伸びちゃいますね」


「…そうだな。依頼人が来た時食事中だと格好付かないから、もう少し待とうと思ってたけど、食べちゃおうか。折角作ってくれた料理に失礼だ」


私は来客用のガラスのテーブルに、お湯を注いだカップ麺を2つ置いた。この探偵はシンガポールラクサ味のカップ麺しか食べない。色が好みなんだそうだ。私は別に拘りがないのでその時目についたものを買う事が多い。今回はシーフード味だった。



割り箸を割り、手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


「あの、すみません」


先ほどまで無言だったドアが、急に口を開いた。


「ドアって喋れたんですね」


「違うよ歩夢。あれは来客という奴だ。ドアの向こうには人がいて、その人が喋ってる」


「そっちの方が珍しいですよ。いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


眼鏡をかけた、ショートカットの大人しそうな女性だ。こんな事務所に1人で来るのにはさぞ勇気が要るだろうに。だって見るからに胡散臭い事務所だし。今はラーメン臭いし。



女性は来客用の皮のソファー(所々中の綿が露出している)に腰かけると、依然ラーメンを啜っているそこのふてぶてしい探偵に向かって切り出した。


「ここって探偵事務所なんですよね?探偵さん。あなたは例の男子高校生の行方不明事件をご存知ですか?」


「ご存知だよー。私は何でも知っている」


「じ、じゃあ!今その子はどこにいるんですか!?無事何ですか!?」


流石に本腰を入れて話を聞く気になったのか…失礼、食事を爆速で終えた探偵は箸を起き、ふーっと一呼吸ついた。


「御馳走様でした。おいしかった。さてお客様、まずは落ち着いて下さい。手順を踏みましょう」


やってることは礼儀正しいのによくここまで無礼な感じが出せるものだと感心する。軽蔑もする。依頼人は緊張していたのか、入室時は血の気の少ないやや青ざめた顔だったが、この探偵の対応に少し頬が紅潮してきている。まさか惚れた訳ではないだろうから、怒りの沸点が上がり始めているのだろう。


「っていうか一応私は客なのですが……お昼時に来店した私にも落ち度はありますが、失礼じゃないですか?」


「まあまあ。非礼は御互い様ということで。私は寛大ですよ。まずは自己紹介といきましょう。私西宮玖という者です。キューちゃんとお呼び下さい」


話が進まないので必要最低限で喋って欲しい。もしかしたら服役明けで初対面の人との距離感を忘れているのかもしれない。


「……私は、岡本和子と申します。箱中図書館で、司書をしている者です…」


「何とお呼びしたら?」


「えっ……お、岡本で…」


「心得ました。それで、岡本さん。どうしてあなたがその行方不明事件調査のご依頼を?行方不明になった彼らの親御さんではないですよね?」


この街でつい先日に起こった男子高校生2名の行方不明事件。確か名前は涌井水樹と四ツ谷洋介。地元の朝刊にも載っていた位なので、地元の主婦の噂話のネタになるくらいには、大きな騒ぎであると認識して良いだろう。


「あ…それは…その…その2人がうちの図書館によく来ていて。急にある日突然ぱたりと来なくなったので……気になって調べてみたんです」


「ふむ?」


「そしたら、あの…警察でもあまり調査が進んでいないみたいで。けど、自分で調べるにも限界があると思いまして…それで、人探しといえば探偵じゃないですか?」


「なるほど。しかし探偵への依頼ってのは結構高くつきますよ?赤の他人であるあなたに、そこまでする義理がありますか?」


珍しくまともな指摘だなと思った。探偵の依頼料金は相場でも数十万はする。動機としてはいまいち弱いような。


「……それは、その。仰る通りです。ですが、お金なら払います。必要でしたら、前金もご用意します。怪しいかとは思いますが、約束は守りますので、どうか」


「結構!きっと退っ引きならない事情がお有りなのでしょう。その依頼、引き受けましょう」


「本当ですか!ありがとうございます!」


「いえいえ、お礼は事件が無事解決…もとい、彼らを無事見つけ出した時にとっておいて下さい」


そう言うと西宮は仕度を始めた。早速調査に取りかかるようだ。


「あ、それと」


「はい?」


「彼女の紹介をしていませんでしたね。彼女は夢野歩夢。私の助手兼、この事務所のボスです」


「宜しくお願いします」


私は頭を下げると、探偵に続きこの場を後にした。




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