第7話 喋る本の怪

「シュレディンガーの猫。あれを効果的に用いている例を僕は今だ嘗て見たことがない」


「藪から暴力」


「ここは図書館だ。それに、館内は暴力禁止だ。それくらい心得ているさ」


「いや大分無くしてるよ人の心。何堂々外では殴ります宣言してんだ」


試験勉強だろうか。二人の学生が机を挟んで座っている。図書館で騒ぐ事は、言葉の暴力に含まれるのだろうか?


「んで何でシュワルツェネッガーのお猫様の話?なりたいのか?」


「夢のある話だが、夢で十分だなそれは。シュレディンガーだ。聞いたことあるだろう有名だし」

「箱の中の猫は生きてる状態と死んでる状態が重なってて、観測するまでわからん」


「なんだ、知ってるじゃないか」


「それが何か?量子力学のテストは来週でしょ?」


「あるの!?量子力学のテスト!習ってないのに?何で!?」


「いや急にそんな話するから…あるのかなって」


図書館には人が少なく、ほとんど無人だ。彼らが喧しくても、特に注意する人間はいない。嘆かわしいことだ。


「義務教育でんな科目あって堪るか!」

「いいから先話せよ。ページ数が残り少ないぞ」

「いや結局あの思考実験は何が言いたいのかって事。これだけ引用されるのだから理由があるはずだろう?」


「んー。響きがカッコいい。動物愛護精神への挑発。ドイツ語言いたくなる。量子学の話の掴みに便利」


「違うね。シュレディンガーはつまりこう言いたいのだ。お前もこの箱に入ってみないか?」


「そんな蝋人形の館みたいな。悪魔じゃん」


「何も不確定なのは猫だけではないんだ。そしてシュレディンガーは猫以外を箱の外に閉じ込めたのだ。半死半生とは、我々の方だったのではないか?」


「ごくり…」

ごくり…

「んな訳ねーか」

「てか俺らうるさいなだいぶ」

「さっきからずっと見てるしな」

「迷惑だもんな」

「そこの猫ちゃんもそう思うよな?」


彼らが私に向かって話しかける。彼らが私を観測する。揺らぎのあるまま、ゆらゆら私に。幽霊の猫と、幽霊の彼ら。


図書館は、静けさに包まれている。



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