11節 魔女裁判
二本の剣閃が重なり合い、離れ、そして再び重なる。磨き上げられて無駄のない姉さまの太刀筋に、私はついていくのがやっとだった。まるで練習用の打ち込み人形みたいに、かろうじて立ち続けている。
「こうしていると、お前が初めて騎士団に入ったときの稽古を思い出す」
「あれは今でもトラウマなので、今その話をするのは卑怯です」
あの日、いくら泣いてもわめいても、姉さまは稽古の手を緩めようとはしなかった。十六歳の誕生日の朝である。
防戦ばかりではいけないと、私は少し大げさに距離を取ってから、勢い任せに踏み込み剣を振う。上段から放った一撃を、姉さまは斜めにいなすように受け流した。
「一撃に重みが増したな。それは覚悟によるものか? それとも石の力によるものか?」
「わりかねますのでノーコメントでお願いします!」
そのまま切り上げ、袈裟切り、再びの上段切りと絶え間ない連撃で姉さまを攻め立てる。案外圧しているつもりになっているのだが、彼女の表情の涼しさを見ると、意に介すほどでもないらしい。流石に少し自信がなくなる。
姉さまは私の乱雑な打ち込みに痺れを切らしたのか、大きく距離を取るように下がってから、いま一度構えを整えた。
「先ほどの魔法は使わないのか?」
「あいにくなことに、どうやって出したのか私にもわかりません」
「わからないことばかりだな。行き当たりばったりなお前らしい」
「そんなに私は行き当たりばったりでしょうか?」
「お前はいつだってそうだったさ。私が手を引いていなければ、自分でもどこへ向かっているのか分からず突っ走るような妹だった」
姉さまの鋭い突き。見えているはずなのに身体の反応は遅れて、プレートメイルの隙間を刃がかすめる。裂傷。鮮血。そして傷口はほどなくして塞がった。
「きりがないな」
「なら、諦めてくれますか?」
姉さまは切っ先を翻して、私の喉を狙う。今度は紙一重で反応が間に合い、大きく上半身を反らせてそれを回避する。
「首を切り落とすか……そうでなければ四肢を切り落として別々にでも保管してみるか。流石に新しいものが生えてくるということもなかろう」
「ない……のか?」
なんだか自分で自信がもてなくて、思わずメルランに意見を求める。
「流石にそれはないわねえ」
「ないそうです」
「そうか。もしそうなら飢饉のときにひと役買って貰おうと思ったが」
実の妹に対して何をおっしゃるか。冗談……だとは信じたいが、両の瞳から発せられる気迫は本物だった。
「メルラン、もしもの時は君だけでも逃げて欲しい。方法は任せる。なんか……こう、どーんってやれるだろ。たぶん。さっきの私みたいに」
「任せるって、ずいぶん投げやりねえ」
「だって、君が何ができるのか私は知らないから」
仕方がないじゃないか。でもほら、森羅万象を操るみたいなこともできなくもないと言っていたし、本気を出せば何かできるだろう。ばーんって。
メルランは小さなため息をついてから、静かに首を横に振った。
「友達を置いて逃げないわよう。またひとりになるなんて私はごめんだもの」
「そうか。後悔するなよ」
ならば後続の憂いなし。私は果敢に姉さまの懐へ飛び込んでいく。
「ずいぶんな信頼だな。情でも移ったか? お前も聖職者でなければ行き遅れくらいの年頃だからな」
「そういうんじゃありません!」
「純潔はいただいたけどねえ」
「ややこしくなるからメルランは黙っていてくれ!」
このふたり、実は気が合うんじゃないのかと疑いたくなるほど、私が個人的に針のむしろににされている。なんだこれ。釈然としない。
私は再び距離を取ると、身体を半身大きく開いて、剣を脇に構える。
「いいかげんに決着をつけましょう、姉さま」
私の意に応えるように、姉さまもまた鋭く磨いた切っ先を私に突き付ける。
「傷ひとつ残せないとあっては、騎士団長の名折れになるな」
静寂の中で呼吸を整える。決闘とは結局のところ、互いの呼吸の推し量りだ。相手の嫌なタイミング。自分の得意なタイミング。それをすり合わせて、絶好の機会に最良の一手を打ち込む。
赤の他人同士であれば、そこに微細な差が生じて勝敗へと繋がるが、血の繋がった、そして長年を共にした姉妹である私たちにとって呼吸はほぼ等しいものであった。
どちらからともなく、吸い寄せられるように足を踏み出す。流れるように空を切る刃。互いに相手の急所を一撃で仕留めるべく、正確無比な軌道ですれ違う。
ザクリと、左の首筋に姉さまの剣が突き刺さる。私はそこで一息だけ剣を堪えて、さらにもう一歩を踏み出した。
姉さまの表情が驚きで歪む。彼女の予想に反して深く入りすぎた刃は、肉の壁にぎっちりと抑え込まれて、薄皮一枚分も動かすことができなくなっていた。
「……おまえはとうに死の恐怖を経験していたな」
「不老不死というものに、思ったよりも覚悟が決まっていたようです」
「そうか……お前はもう、私の手の届かない所へ向かってるようだ」
「そのことを考慮していなかった姉さまの愛に、心から感謝します」
振り下ろした刃は止まらない。共に、相手を討ち果すつもりで放った一撃だ。肉親だろうと、親友だろうと、決闘とはそういうもの。私は私の我が儘を通すために、姉さまの屍を越えていく。
最後にその顔を覚えておこう。私が愛し、私を愛してくれた姉さまの、最後の表情を。
その網膜に焼きつけようと目を見開いた直後、姉さまに覆いかぶさるように別の表情が視界を遮った。
「だめ……!」
刃が乙女の柔肌を切り裂く。魔女の手で人智を越える仕上がりとなった剣は、骨の一本一本を撃ち砕く感触すらなく、するりとその身体へと吸い込まれていく。
飛び散る鮮血の中に、メルランの微笑みが浮かび上がった。
私の剣は、姉さまをかばった彼女の肩口から胸元までを一気に切り裂いて、そのまま心の臓あたりでぴたりと止まる。そこで初めて、何やら固いものによる抵抗を感じた。
「メルラン……なぜ?」
「私だって……あなたのことで知っていることはあるのよ」
薄紅がかった口元から血の筋を垂らして、彼女は得意げに語る。
「あなたはお姉さんが大好きだから……その手で殺めたらきっと後悔する。文字通り永遠に……」
それが彼女の最期の言葉。私は彼女に突き刺さった剣を通して、賢者の石が粉々に砕け散ったのをその手に感じてた。
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