5節 招かれざるお迎え

 それから、リハビリ期間と称した私と彼女の共同生活が開始した。と言っても私は基本的に重患なので、少しずつ家事を手伝ったり、適度な運動をしてみたりで回復状況を確認していくというものだ。

 その中で分かったことだが、彼女は思ったよりも几帳面でしっかり者らしい。ぽわぽわした雰囲気と物言いからあんまり頭は良くないようにも思っていたのだが、乱雑に見えた家の中は必要なものがいつでも取り出せる場所に仕舞われているし、掃除も隅々まで行き届いている。長い間ひとりだったと言っていたし、生活スキルは思った以上に高いのかもしれない。

 ただし、料理の味付けだけはてんでダメだ。見た目こそ美味しそうに見えても、塩味やら甘味やらが極端に振れ過ぎている。だから私が滞在している間は、料理のすべてを私に任せて貰うことにした。レパートリーはそう多くはないが、作り直させるよりはマシだろう。

 ちなみに賢者の石らしきものは見つからなかった。どんな見た目しているのか知らないのだから、探しようもないのだけれど。

「シーリア、はいこれ」

「なんだ賢者の石か!?」

 飛びつくように振り返った私に、メルランは目をまるくして驚く。あぶない。かき混ぜていた今晩のスープをこぼすところだった。私は小さく咳ばらいをして、表情と寝巻を正す。

「あはは、賢者の石ではないのだけれどお。これ、どうかしら?」

 そう言って彼女がよっこいしょと重そうに差し出したのは、鞘に入った一本の剣だった。

「もしかして私の剣か?」

「そうよう。抜いてみて」

 言われるがままに鞘から剣を抜く。するとそこには曇りひとつない、透き通るほどに美しい刃が走っていた。

「どうしたんだこれ? ずいぶん痛んでいたはずなのだが」

「言ったでしょう。私、金工も得意なのよう」

 共同生活のはじめに剣の状態を確認した時には、崖から転げ落ちた衝撃か、刃はボロボロで軸もぐにゃぐにゃに歪んで、なんとも酷い状態だった。流石にこれは鍛冶屋に頼んで打ちなおして貰うほかないと、苦しくも放置するしかなかったのだ。

「すごい! ほんとにすごい! ありがとう!」

 私は身体に支障がない程度に、新たに磨き上げられた剣を振ってみる。空を切る鋭い剣閃。ブレの無い軸。これ以上ない仕上がりだ。

「なんだか、前よりも振りやすいような気がする」

「ほとんど打ち直しだったから、重心を整えてみたのよう。以前のはあなたの体格に合っていないようだったから」

「なるほど! よくわからんがありがとう!」

「勝手にやってしまったけど、迷惑じゃなかった? ほら、仮にも魔女に大事な剣を触られるなんて~とか」

「いや、それよりも綺麗になったことの方が私は嬉しい」

 騎士にとって、剣は主から与えられる名誉であり存在の証明だ。教会騎士の場合、主とはすなわち神であり、代理として高位の神官さまより賜るもの。つまり、私が神の徒として認められている証なのだ。

「喜んでくれたなら良かったわあ」

「しかし、綺麗になった剣を見ると流石に教会のことを思い出す。あの雨の中、他の仲間は無事だっただろうか。私がいなくなって、教会は今……」

「うーん、少なくともあのあたりにはあなた以外のけが人はいなかったわねえ」

「そうか、なら良かった」

 望まずしてなった教会騎士だが、仲間たちとはうまくやっていたし、それなりの帰属意識も持っている。だから彼女たちが無事であるならば、憂いもひとつ晴れるというものだ。

「しかし、私が目覚めて数日。捜索隊どころか人っ子ひとり見かけないだなんて。きっと私はもう死んだ人間ということになっているんだろうな」

 いやいや、悲観的になってどうする。現にこうして生きているのだから、養生して身体を直し、元気な姿で帰ればいいだけのこと。それにメルランの手厚い看病が積み重なるにつれ、彼女に対する情状酌量の余地も増えていく。両者にとって決して悪い話ではない。

「だが、どうしてもホームシックになってしまうな。ああ、窓の外に懐かしい教会のシンボルが見える」

 あまりのことに幻覚まで見えて来た。森の奥、木々の間に揺れるあの懐かしい御旗――

「……いやあれ、幻覚じゃないぞ?」

 確かに旗がはためいている。はただけに。などとくだらないことを考えてしまうくらいに、私は浮かれポンチになっていた。

「あれは確かに教会の……しかも紋章は異端審問の! もしかして私の捜索……!」

「あらあら~」

 メルランは相変わらずの様子で、この状況をどう考えているのか分からない。だけど私は浮かれポンチなので、松葉杖を手に外へと飛び出してしまった。

「おーい! おーい!」

 遠くで揺れる御旗に向けて、杖を振って声を張る。良かった。教会に帰れる。その思いだけで頭の中はいっぱいだった。

「――止まれ!」

 隊列の中から凛とした声が聞こえる。何度あの声でしごかれたかも分からない。だが今ならどんな怒声も聖母の温もりのように感じられる、我らが団長の実直な一声。

 しばらくして、ガサガサと草木をかき分けて数名の団員が顔を覗かせる。

「目標を発見! それにあれは、シーリア審問官……?」

「団長! 行方不明になっていたシーリア審問官です!」

 伝令を受けて、新たに数名の騎士たちが姿を現す。その中心に、懐かしきエリザベス騎士団長の御身があった。

「団長……よくお越しに!」

「動くな!」

 思わず駆け寄ろうとしたところを、団長の一喝で止められる。突然のことで杖がもつた私は、そのまま無様に転んでしまった。

「……そのどんくささ、確かにシーリア元審問官だな」

「も、元……?」

「ああ、すまない。お前は既に死んだものになっていたからな。隊葬まで面倒を見たのだが、まさか生きていたとは」

 やっぱり、死んだことになっていた。しかも葬儀まで……いや、そこはちゃんと弔ってくれようとしたことに慈悲と恩義を感じるべきなのだろう。

「あらあら、ずいぶんと大所帯のお迎えなのねえ」

「メルラン……あっ、しまった!」

 いつの間にか、メルランがのほほんとした笑顔で傍に立っていた。仲間が迎えに来てくれたことは嬉しい。とてつもなく嬉しい。だが、時期が悪い。私はまだメルランへの慈悲を請うだけの、なんの準備もできていないのだ。

「団長、その、彼女は……」

「いや、みなまで言うな」

 私の言葉を再び制して、エリザベス団長は大きなため息をついた。それから美しい所作で祈りの聖印を切ると、天啓を仰ぐように空を見上げた。

「生きていたことは喜ぼう。だが、こうなってしまったことは残念でならない。私はお前に目をかけていたつもりだったからな」

 彼女が手を振うと、団員たちが一斉に家ごと私たちを取り囲む。私はただ、未知の恐怖でその光景を見守るしかなかった。

「主の名のもとに、私の権限で任務に修正を加える。森に住む魔女改め……森に住む魔女2名を直ちに捕らえ、教会へと連行せよ」

「魔女2名?」

 耳を疑うその言葉は、確実に私に向けて発せられた処刑宣告であった。

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