3節 純潔の使い道
泣く泣くひとまずはひと晩、魔女の家で世話になることになった。唯一のベッドを私に明け渡してくれたメルランだったが、彼女は夜な夜な寝ずに何か作業をしていたようだ。そして数刻おき私を起しにやってきては、あの鎮痛作用のある毒薬を飲ませてくれた。
夜が明けるころ。私の身体は自分の力で起き上がれる程度には回復していた。
「治そうとしてくれているのは本当なんだな」
「そこ嘘ついてどうするのよう。失礼しちゃう」
彼女はぷりぷり怒りながらも、何度めか分からない薬を飲ませてくれた。こうして何度も飲まされていると、ドブみたいな匂いと味の薬でも、微妙な違いが分かってくるようになる。
何がどう変わったのかは知りようもないが、おそらく私の経過にあわせて少しずつ調合の内容を変えているのだろう。ともなれは彼女は、そのへんの医師よりも相当優秀な智賢を持っているということになる。
「起きられるようになったのなら、そろそろごはんも食べられるわね。元気になるには食事がいちばん。何か作ってきてあげる」
そう言って彼女は席を外すと、しばらくしてホットミルクに浸したパンを持ってきてくれた。
「はい、あーん」
「それくらい自分でできる」
私は彼女の差し出したスプーンをひったくるように取るが、指のいっぽんいっぽんに思ったような力が入らず、取り落してしまう。
「無理しちゃだめよう。せめてあと1日くらい、私の言うことききなさい」
彼女は落ちたスプーンを拾い上げると、汚れを払うように先っぽを口に含んで舐めあげてから、もう一度器の中身をすくう。
「はい、あーん」
口元へ運ばれるスプーン。私は視線を合わせないようにしながら、仕方なくそれを口に含んだ。
「……甘っ!?」
直後、口の中で爆弾みたいな甘さが弾け飛んだ。鼻を抜けて脳天まで突き刺さるようなその味に、思わずむせ返る。
「あれあれ。おいしくなかったあ? 元気が出るようにハチミツたっぷりいれたのだけど」
「限度がある! というか味見をすれば分かるだろ!」
「ええ……そお?」
彼女は首を傾げながら、ミルクのぶぶんを掬って自分の口へ運ぶ。
「う~ん、おいしっ」
「魔女は味覚も終わってるのか……?」
薬がゲロマズいのは百歩譲って仕方がないとして、これはおかしい。それだけは断言できる。
「しょうがないなあ。甘さ控えめで作り直してきてあげる」
それから新しく作ってきてくれた食事は、まだ甘ったるさが抜けきらなかったものの、なんとか最後の一滴まで飲み切れるものだった。お腹が膨れたので、私はふたたびベッドに横になる。
「ところで、魔法使いなんだろ。魔法で傷を治すとかできないのか?」
「ええ……あなた異端審問官なのに、魔法を何か勘違いしてない?」
私たちが教会に教えられている魔女のイメージと言えば、人を呪ったり、疫病をもたらしたり、森羅万象の力を自在に操ったり、それで人を殺したり、そういった不可解な術を使うものだ。
だが、たったひと晩とは言えメルランと一緒に過ごした限りでは、彼女はそういった類の術を使った気配もなければ、使えるようにも見えない。
「まあ、そういうのがないわけでもないけど……」
「そ、そうなのか。やっぱり魔女は恐ろしいな」
「でも、めったにそんなの使わないわよう。薬作りだって趣味だし」
「ずいぶんな趣味だな。これだけの腕があるなら、魔女なんてならずに医者になっていたら、王都で重用されそうなものなのに」
「うーん、でも魔女は魔女だからあ……」
メルランはなんだか歯がゆそうに言葉を濁した。混み入った話なのだろうか。そう言えばこれまで、命令で魔女を捕らえることはあっても、その話をじっくり聞くなんてことはなかったかもしれない。いや、しようとも思わなかった。
「メルランは、神を信じていないのか?」
私の問いかけに、彼女は困ったような笑顔を浮かべて、首を横に振った。
「ぼちぼち、かしらねえ」
「なんだそれは」
信じてはいる、ということなのだろうか。だとしたら魔女というものは、まったくもって話の通じない相手ではないのかもしれない。新たな価値観を前にして、ほんのわずかにこれまでの自分の行いを反芻する。魔女の嫌疑をかけられた者は例外なく捕縛、そして裁判へ。一連の流れになんの疑問も感じていなかった。
「あなた、家族はいるの?」
「あ、ああ……父も母も健在だ。姉もいてな。姉さまはすごいぞ。私なんか足元にも及ばないくらい優秀だ」
「姉妹の仲がいいのねえ」
「そういうメルランはいないのか、兄弟とか姉妹とか」
「いるにはいたけど、あんまり会ったことないし、仲もそれほど良くなかったわあ。たまに何人か顔を合わせれば、足の引っ張り合いばかりだったし」
「なんだか、複雑な事情があるみたいだな……というか結構な数がいるんだな、兄弟」
そもそも、今の彼女の姿を見て兄弟喧嘩をしている姿が思い浮かばない。どっちかというと年上の姉とかにいじめられるか、私のように可愛がられるかの二択だろう。そういう意味では、私は良い家族に恵まれた。
「メルランは、どうして魔女になったんだ?」
なんだかもう少し彼女の事を知ってみたくなって、私は質問を変えた。彼女はうーんと小さく唸って、天井を見上げる。
「私、魔女になったつもりはないのよねえ」
「望まずして魔女になったのか?」
「ううん、今の私は私が望んでなったものよう。ただそれが、シーリアたちにとっては魔女と呼ぶべき存在だったみたい」
「メルランはいったい何をしたんだ?」
「そんな大したことしてないのよう。いつもみたいにいろいろ素材をまぜっかえして遊んでいたら、賢者の石ができちゃっただけで」
「賢者の石だあ!?」
学には疎い私でも聞いたことがある。確か価値のない金属を金に変えることができるとかいう、かつて王都の研究者たちがこぞって研究していた代物だ。ただ、教会が禁忌の代物であると認定した結果、研究そのものが異端とされて封印されてしまっているはず。
「そんな大げさなものじゃないのよう。本当に偶然にできちゃった粗悪品だし」
「それでも禁忌は禁忌だ! お前はことの重大さを理解していない!」
「ええっ……ごめんなさい」
メルランはしゅんと肩を落としてしまった。間違ったことは言っていないはずなのに、なんだか悪いことをしてしまったような気がする。
「わかった。それじゃあ、最後にもうひとつだけ聞かせてくれ」
「なあにい?」
その質問をするには、今度は私の方がためらってしまう。だけど全身あますとこなくまさぐられたうえに、純潔も散らされた屈辱を乗り越えれば、もう上塗りする恥なんてないも同然だった。
意を決して、だけどたどたどしく、私は尋ねる。
「そにょ……! わらしの純潔を……何につかうんにゃ!?」
やっぱり恥ずかしくて、めちゃくちゃに噛みまくってしまった。だが何とか通じたようで、メルランは「ああ~」と思い出したように頷いて答えた。
「なんだかごめんなさいねえ。レア素材だからついはしゃいじゃって。でも自分のはもう使っちゃったし……大変だったのよう、自分で自分の嬢膜を採取するの。こう、脚を大きくM字に開いてえ」
「実演は良いから、質問に答えてくれ!」
彼女がおもむろに座って股を開き始めたので、私は慌ててやめさせる。
「それで、私のまっ……膜は、いったい何の薬になるんだ?」
「だからそれが賢者の石よう」
メルランはよく通る声で、はっきりと答えた。
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