第三話 洞窟の中の箱


 岩の後ろにあった穴は、ランプを翳してもすべて照らせないほど、奥深くまで続いていた。カルロと一緒にそこを覗いたぼくは、思った以上に明るい外へ顔を出し、固唾を飲んで見守るみんなに言う。


「奥に道があったよ。熊の穴ではなさそうだった」

「道は左の方に続いていた。地図と同じだ。みんなも入るか?」


 カルロが全員を見回すと、今も無表情のレン以外は、緊張の面持ちで頷いた。

 洞窟の中はぼくら子供が二人並んで通れそうな横幅だったので、念入りに隊列を決めることにした。カルロとサイモンドが一番前、ぼくとシュルツが一番後ろと、これまでと違う形にしたのは、興奮したシュルツが、勝手に前に進んでしまうかもしれないからだ。


 サイモンドの持ってきた二つあったランプのうち、一つはカルロが、もう一つは一番後ろの僕が持っていた。ちなみに、サイモンドは地図を持っている。

 そんな二人のすぐ後ろで、周囲を窺いながら歩いているケイの手を、ニッキが引いている。真後ろのレンもきょろきょろしているが、ケイとは正反対に、好奇心が抑えられないという様子だった。


「ここは自然に出来た洞窟だろうか、もしくは、何者かに掘られた洞窟だろうか?」

「宝を隠した盗賊が堀ったのかしら?」

「いや、鉱山の発掘跡という可能性もある。ただ、この洞窟しかないのが不自然だが」

「確かに。鉱山だったという話は、父さんからも聞いたことないね」


 土の壁を触りながらレンが疑問を呈するので、ニッキが返した。わんわん反響して聞こえる二人の会話に、ぼくも加わる。

 と、急にシュルツが立ち止まり、くるりと振り返った。


「どうしたの?」


 ぼくも振り返ると、さっきまで進んできた道、右へと大きくカーブしている奥の方で、明るくなっているのが見えた。ぼくらが入ってきた穴ではない。その光は、揺れながらこちらに近付いてくるので、ランプの光だ。


「みんな、俺の後ろに下がれ!」


 同じものを見たカルロがそう言いながら、その隣のサイモンドは黙ったまま、怯えた顔を見せるニッキとケイ、こんな時でも表情の変わらないレンをかき分けて、ぼくの真後ろまで来た。

 ぼくも、シュルツを連れて二人の後ろに回ろうとしたが、シュルツが弾丸のように飛び出して、奥のランプの光へと向かっていった。


「シュルツ!」

「待って!」


 咄嗟に追いかけようとするぼくの腕を、サイモンドが掴む。それも振り払おうとしたが、万力に締め付けられたかのようにびくともしない。

 その間に、シュルツはランプの主に辿り着いたようだった。そちらに向かって激しく吠えているのだが……声が、喜んでいる時のものだと気が付く。


「おお、シュルツ。お前もここだったか」

「じゃあ、他のみんなも、この先にいるんだな」


 侵入者の声が聞こえて、ぼくらは顔を見合わせた。最初に聞こえてきたのはぼくの父さんの、後から聞こえてきたのはレンの義父のポールさんのものだったからだ。

 しばらくして、シュルツに先導されながら、父さんとポールさんが歩いてきた。まだ驚いている僕らの顔を見て、やっぱりと言いたげに笑っている。


「父さんたち、なんでここにいるの?」

「うん? それよりも、お宝を探しを見つけないと」


 父さんが何でもないように言ったので、ますます混乱した。この洞窟のことだけじゃなくて、宝の地図のことも知っているなんて。でも、前に進むしかないので、カルロの「行こうぜ」の一言で、また歩き出した。

 そうして、ぼくらは洞窟の最奥に辿り着いた。そこは丸く円を描いたような空間になっていたのだが……その真ん中に置かれた宝箱は、ケイが抱えられるくらいに小さい。それも、ただの道具入れの箱だった。


「ああ、懐かしいな」

「そのまんま残っているなんて」


 父さんに続いて、嬉しそうに言ったポールさんは、一歩前に出ると、箱の蓋を持ち上げた。箱を囲んでいたぼくらは、押し合うようにして、その中身を覗く。

 中に納まっていたのは、茶色く変色した一枚の紙だった。黒いインクで、短い文章が書かれている。


「フィリップ・サイプレス     ポール・カフカ

 エウリス・ティアンジー     ペギー・モンネスト

 僕ら四人は、何があっても友達だ!」


 なんだろうこの紙? どうして、父さんやポールさん、古本屋のエウリスさんの名前が載っているんだろう?

 謎が深まるばかりだが、父さんは、ぼくら全員が思い浮かべている疑問を説明せずに紙を持ち上げると、懐かしそうに目を細めた。


「全部、あの頃のまんまだな」






   ///






 父さんとポールさんとエウリスさんは、年が近いこともあり、子供のころから一緒に遊んでいた。特に、この裏山はよく遊ぶ場所の一つだった。

 ある時、父さんが岩の裏にある洞窟を見つけたので、さっそく探索した四人は、ここに友情の誓いの紙を置くことを思いついた。エウリスさんの一言で、誓いの紙までの道筋を、海賊の地図のように書いて、難しい内容の本に挟んだ。


 そのことを、今まで父さんもポールさんも忘れていたけれど、レンが「宝を」と言いかけたことと、彼が持っていた本に見覚えがあることで、やっと思い出せた。

 エウリスさんの所にも行って、同じく宝の地図を忘れていた彼が、レンにうっかりその本を売ってしまったことを確認した父さんとポールさんは、宝を探しに行った僕らの無事と誓いの紙がどうなっているのかを見に行ったのだと言う。


 楽しみにしていた宝の正体に、カルロが一番がっかりしていたのだが、ポールさんの「君たちも友情の誓いをしたらどうだ?」という提案に上機嫌で乗っかった。

 父さんたちの誓いの紙の裏面に、サイモンドが持っていた万年筆で自分たちの名前を書いた後、誓いの言葉を何にするかで少し揉めたけれど、父さんたちと同じ文章を記した。そのまま、箱の中に紙に戻して、ぼくらは洞窟から出た。


 外はまだ曇っていたけれど、沈み始めた太陽の光によって、全て雲が平等に、橙色に染まっていた。まだ降り出しそうな気配はまだ残っているけれど。

 洞窟の入り口を埋め直して、ぼくらは帰路に就いた。一番前には父さんとポールさんがいて、何か話している様子だけど、声は聞こえない。


 そこから少し離れて、カルロとサイモンドが歩いている。ふざけ合って、時々小突き合っているが、身体の大きなサイモンドの方がカルロよりも強い力で押してしまっている。

 ケイとニッキは、そのすぐ後ろで歩いていた。楽しいおしゃべりをしているのか、時々笑い声が響く。


 ぼくは、そんなみんなから随分離れた場所を、とぼとぼ歩いていた。シュルツとレンに挟まれているけれど、妙に物悲しかった。

 レンは、故郷の歌なんだろう、聞いたことのない旋律を鼻歌で繰り返している。なぜだか、草原に独りぼっちでいる情景が浮かぶ、寂しい歌だった。


「ねえ、レン」

「なんだ、ウィリー?」

「レンは、ペギーさんって知っている?」

「いや、知らない。ポールからその名前を聞いたこともない」

「そっか。ぼくもなんだ」


 見たことも聞いたこともない、父さんの四人目の友達のことを、ずっと考えていた。小さな村だから、苗字も知らない人というのは、とても珍しい。


「ペギーさんは、どうしているのかな?」

「分からん。村から引っ越したのか、あるいは……」


 レンは空を見上げた。いつもはっきりものをいう彼が、言い淀んだ理由を、なんとなく察する。

 誓いの紙を再び手にした父さんが、懐かしそうな一方で寂しそうにしていたのは、もう二度と会えないペギーさんのことを思っていたからかもしれない。


 前を歩いているみんなが、影絵のように揺れている。この中から、誰か欠けてしまう未来なんて、想像したくもない。もし何かあっても、また会いたいと思う。

 くーんと鳴き声がしたので見下ろしてみると、シュルツが僕の考えていることに気付いたのか、心配そうにこちらを見ていた。離れ離れになっても、お前とはまた会いたいと思うよと、ぼくは微笑んで頭を撫でてあげる。


 村に着くまで、まだ少し掛かりそうだ。ぼくは、見上げれば降るかもしれない空に押されるように、俯いたままでいた。




















 

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見上げれば降るかもしれない 夢月七海 @yumetuki-773

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