Chapter 2-11 一晩あけました

 夢。

 夢を見ていた。


 それははるか昔、天と地がまだ隔たれていなかった頃。

 地上に降りた、天使の夢。



「ん……」


 きらめは目を覚ました。知らない天井が目の前に広がる知らない部屋で、知らないベッドに寝かされていた。

 窓から差し込んでくる優しい日差しは、どうやら朝日のようだった。気分がものすごくすがすがしい。


「キラ、メ……?」


 その声は、きらめのすぐ脇の方から聞こえた。

 リーゼがベッド脇で、座ったまま寝ていたのだ。きらめが起きた気配を感じて、彼女も目を覚ましたのだろう。


 きらめは身体を起こすと、リーゼに頭を下げる。


「おはようございます、リーゼさん。済みませんでした。ここまで運んできてくださったんですよね? ありがとうございました」

「そ、そんな……。い、いいのよ」


 なぜか顔を赤らめて顔を伏せるリーゼに、きらめは小首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「え? な、なんでもないのよ、なんでも。お、おほほほほ」


 明らかに様子が変だが、理由が全く分からない。


 ともかく、ベッドに寝かせてくれたのもリーゼなら、着替えさせてくれたのもリーゼだろう。寝間着に変わっている自分の服装を見ながら、きらめはそのお礼も口にする。


 するとリーゼは、更に顔を赤くしてあたふたし始めてしまった。


「あの、えと、その……!! ご、ごちそうさまでした!!」

「えっ……!? お、おそまつさまでした?」


 なんだか感極まったように思い切り頭を下げたリーゼに、きらめは戸惑いながらも軽く頭を下げ返す。

 そういえば身体が妙に軽い気がするのだが、これもリーゼがなんとかしてくれたのだろうか。


 にしても、お礼を言わなければならないのはこちらなのに、不思議なものだと、きらめは小首を傾げるばかりであった。


「さ、さあ。大丈夫そうなら着替えて、降りましょう? 朝食も準備してもらってるわよ?」

「は、はあ……」


 どこか焦ったように促すリーゼに言われるまま、きらめは着替えを始める。すると途端に部屋から出て行ったリーゼなのだが、半開きになったドアの隙間から明らかにこちらを見ていた。正直言ってなんかちょっと怖い。


「あの、リーゼさん……?」

「あ、ご、ごめんなさい! 私、下で待ってるから!」


 突風のようにリーゼは部屋の前からいなくなってしまったので、きらめは一人で着替えて部屋を出るのであった。


 部屋は二階にあったようで、廊下の先には下へ降りる階段があった。ここを降りると、そこは木造りのロビーになっており、入口の近くにはカウンターらしい場所が見える。


「あー、起きたね。おはー」


 カウンターには、一人の少女……いや、少年だろうか。性別を判別しづらい中性的な容姿の、きらめと同年代くらいの子供が座っていた。

 下を向いてなにかを弄っていたその子供は、ゆっくりきらめを見上げる。


「ようこそー、宿屋『螺旋の環』にー」


 あまり感情のこもっていない表情と、抑揚の少ない声できらめを迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る