Chapter 2-10 真名開放します

 妖精たちの里を旅立ち、大樹の森を離れてからの二年間、きらめの耳に瘴気を弾く音が聞こえない日はなかった。

 それはつまり、この世界がどれほどまでに瘴気にむしばまれているのかを示すものであり、きらめの使命がいかに大きなものであるかを表していた。


 しかし、それはきらめにとって嬉しい事実でもあった。『スターライト・ファンタジア』は、瘴気を生み出す元凶である終焉の魔神を打倒するための物語だ。その主人公たちですら持っていない『瘴気を浄化する』力は、確実に彼らの手助けになる。それが嬉しかったのだ。


 ――だから、こんなところで自分が瘴気に呑まれるわけにはいかない。


「終わりです!」


 きらめは頭上へ弓矢を構え、射る。放たれた矢は、きらめを取り込もうと渦巻く瘴気を貫く。


 そしてそれは、悲嘆に暮れていたリーゼとウリボーの前では、瘴気を突き破ってはるか上空へと延びる、一本の光の柱となって顕現していた。


「――――――――――――!!」


 耳に届いたのは断末魔なのか。

 声とも言えない声が耳朶を叩くなか、きらめを覆った瘴気は破裂するかのようにかき消えた。


「キラメ!!」

「ぷぎゅぎゅぎゅっ!!」

「リーゼさん、ウリボー!」


 きらめの元へ駆け寄る二人に、彼は笑みを向け、しかしすぐに真剣な面持ちになる。


「時計台に急ぎましょう!」


 おそらくはもう、道を阻む脅威はないだろう。しかし急がなければ、また新たな第二段階が生まれてもおかしくない。

 頷き合い、時計台へと駆け出す。そのまま無事に時計台に辿り着き、展望台に上る。


 そこから一望できる町の風景は、まさしく地獄絵図であった。瘴気自体には直接命を奪うような力がないのは、不幸中の幸いと言っていいのか。


「キラメ、どうするつもりなの?」

「任せてください! ディー!」

「呼ばれたしー」


 青い指輪が光ると、この場に姿を現したのはディーであった。


「行くよ、真名開放! 『ウンディーヌ』!」


 青色の指輪が、更に強く光り輝く。するとディーの身体を、幾重にも重なる青い光条が包み、その存在を変質させていく。

 光が弾け飛ぶかのように解き放たれると、そこにいたのはディーではなく、青白い肌に水色の髪を持つ美女だった。


「……はぁ。まあ、一度解放されてしまっては仕方ありませんね」


 開口一番、ため息を吐いた美女はリーゼに向かって頭を下げる。


「私はウンディーヌ。不躾ではありますが、この後のきらめのこと、お願いできないでしょうか」

「え、ええ。構いませんけど……」


 戸惑いながらも頷くリーゼに、ウンディーヌと名乗った美女は微笑む。


「行きますよ、きらめ!」

「うん! ――纏装!」


 きらめがウンディーヌと手をつなぐと、ウンディーヌの身体が水の奔流となってきらめを包み込む。

 それがもたらした変化は、大きく七つ。きらめの頭部に額当てのような兜が。胸部には胸当て、両腕には手甲、両足に脛当てがそれぞれ装着される。腰回りには大きく広がる第二のスカートのように腰鎧が追加され、弓はきらめの身の丈を越えるほどに巨大化する。



 そして背には、まるで天使のような二対の翼が生まれていた。



 きらめは背の翼から羽根を一本取り、弓に番えた。すると羽根は矢を象った水の奔流に変わる。


「いっ…………けえええええええええっ!!」


 雄叫びとともに、放つ。

 矢は空で大きく拡散し、雨となって町中に降り注ぐ。


 雨は、きらめとウンディーヌのイクスで形作られたものだ。穢れを洗い流すが如く、雨は瘴気を瞬く間に浄化していく。


 それを見届けたきらめの姿が、元に戻る。そして彼は、満足げに微笑みながらその場に倒れ伏したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る