Chapter 1-11 僕のイクスの使い方

 きらめの放った矢が、巨猪の身体に突き刺さる。

 巨猪の身体には既に何本もの矢が命中していたが、その動きがにぶることはまるでなく、猛突進を繰り返してくる。


 きらめはそれを回避しつつ矢を放ち続けていた。しかしこのままではジリ貧に陥るだろう。


 こちらの攻撃はどれだけ当ててもダメージがあるかも分からない。対して、あちらの一撃一撃は全て必殺だ。単調ゆえに避けやすいが、消耗したところで当たってしまえばひとたまりもない。


 仕方ない。

 きらめはその場に屈み、片足を前に踏み出した姿勢を取り、矢を引いた。


 そのまま目を閉じて、腕に力を込める。

 きらめの意識が、自身の内側に向けて集中していく。何も見えない暗闇の中、やがて一つの小さな、しかし確かに輝く光を見つけた。光は瞬く間に暗闇を白く染め上げる。


 目を開く。真正面から、巨猪がきらめ目掛けて突撃してくる。


「きらめーーーーー!!」


 ドラたちの叫び声がこだまする。

 しかしきらめは、まるで怯むことなく矢を放っていた。


 矢は白いオーラを伴い、まっすぐに巨猪へ向かって虚空を貫き、彼奴の片目を射抜いた。

 堪らず巨猪は体勢を崩し、きらめの横僅かギリギリの位置を通り抜けて行く。

 そしてそのまま木々に激突し、これを薙ぎ倒しながら崩れ落ちる。


 何本もの木々が衝撃で倒れた先で、巨猪は横倒しになってしまった身体をじたばたさせるものの、起き上がれなくなってしまった。


「きらめ! きらめーーー!」


 しかし、倒れたのは巨猪だけではない。当たらなかったとはいえ、身体を掠めんばかりの至近距離をあれだけの暴力が通過していったのだ。

 きらめはその衝撃と風圧で吹き飛ばされ、転がった先で倒れ伏していた。


「きらめ! 大丈夫なのよーう!? きらめ!!」


 ドラたちは木の上から降り、きらめの元へと急ぐ。


「大……丈夫、だよ」


 吹き飛ばされた痛みにうめきながらも、きらめは身を起こす。外傷はほぼないようで、特に問題なく立ち上がる。


「さて、と」


 きらめは一つ息を吐くと、じたばたと暴れ続ける巨猪へと歩み寄る。


「きらめ、危ないっしょ!」


 制止の声を掛ける妖精たちに、きらめは片手を挙げてそれを止める。妖精たちはそれ以上なにも言えず、きらめの行動を見守るしかなかった。


 きらめが近付くと、巨猪は残った片目で鋭くきらめを睨み付ける。

 巨猪が纏う黒く禍々しいオーラ――瘴気がコウモリの羽のように広がりながら、きらめへと襲い掛かる。


 ――バチン!!


 しかしそれは、きらめの眼前で激しい音を立てて霧散した。

 きらめはそのまま巨猪に近寄り、その身体に触れた。


「大丈夫」


 きらめは微笑みながら、巨猪へと語りかける。


「怖がらないで。大丈夫だから」


 頭を撫でると、巨猪は徐々に落ち着き穏やかな声を発するようになる。


「いくよ。きみの中にある悪いものを、僕が浄化する」


 きらめは目を閉じる。

 ――さっきの矢を射ったときに分かった。僕の中の、イクスの使い方。


 きらめの身体から白く輝くオーラが溢れ出し、巨猪の身体を包み込む。巨猪は安堵するかのように、静かに目を閉じる。

 そして巨猪の身体を包んでいた瘴気の色が薄くなっていき、やがて白く透き通っていった。


 巨猪を蝕む瘴気がなくなると、その身体が小さくなっていく。


「きみは……、あの時の」


 小さくなった巨猪は、きらめが初めて狩りをしたときに逃がしてあげたうりぼうだった。

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