Chapter 1-8 十歳になりました

 そんな風に平和な日々を過ごし、きらめは十歳になった。


 外に出てみたい。年を経るごとにきらめの想いは大きくなっていっていた。

 せっかく憧れの世界にやってきたのだ。冒険がしてみたい。

 未だに大樹のふもとを大きく離れたことがないきらめは、何より人が住む場所を見てみたい。


 しかしそんな気持ちが膨れ上がると同時に、ある懸念も生まれてきた。

 些細な問題かもしれないが、きらめにはこの世界の暦が分からないのだ。人里離れた妖精の里に暮らすきらめは当然、この世界の人間が基準にしている暦を見たことがない。


 ゆえにはっきり言ってしまえば、十歳という年齢も少々アバウトなものだ。あくまでもきらめがドラに拾われた日を誕生日として考え、365日経過する毎に年齢を加算しているにすぎない。

 ただ、妖精たちは日の巡りを把握する能力に長けていた。だからきらめがはっきりと覚えられなくとも、妖精たちがきらめの年齢をはっきりと認識していた。

 だから、きらめ自身にとってはそれだけで充分だったのである。


 だから、


「十歳になったので、冒険に行かせてください!」

「ダメなのよーう!」


 世界よ、これがDOGEZAだ。

 ――しかし、ドラには効かなかった!


「うーん、ダメかぁ」

「きらめー、よしよしだしー」


 スッと上体を起こしたきらめの頭を、ディーが撫でる。


「ありがとう、ディー」

「えへへ、照れるしー」

「ちょっとー! いい雰囲気になってるんじゃないのよーう!」


 なにやらいい雰囲気を醸し始めたきらめとディーの間に、割って入ろうとするドラ。

 そしてノンはぷかぷか浮かびながら寝ている。


「まあまあ、あんまりガミガミ行ってやるなっしょ、ドラ」

「でも、ルフェ……」

「きらめもあんまりドラを困らせてやるなっしょ。ここは大樹様のご加護のおかげで、世界一安全な場所っしょ。でも、ここのふもと――森より外は、本当に危険っしょ。……生物にはイクスと呼ばれる超常の力が宿っており、これを用いて起こされた奇跡を魔法と呼ぶ……っしょ」


 ルフェの語る理論は、きらめも原作知識として知るところだ。この『スターライト・ファンタジア』の世界に生きる生物には、イクスと呼ばれる力が眠っており、これを使いこなせる者だけが様々な奇跡――魔法を引き起こすことができるのだ。


「けど、外の世界にはイクスを汚してしまう瘴気が溢れているっしょ。イクスが汚されたら、存在自体がけがれてしまって……もう、助からないっしょ」

「だから、だから……きらめがそんなところに行く必要ないのよーう……」


 そして、その瘴気を生み出す元凶である、終焉の魔神と戦う勇者の物語。それが『スターライト・ファンタジア』と呼ばれる作品だった。


 きらめはこの作品の結末を知らない。読み終わる前に、きらめは亡くなってしまった。

 だから見てみたいのだ。勇者の戦いと、その先にある未来を、この眼で。


 しかし、ドラの瞳の端からうっすらとこぼれる雫を見て、きらめはそれ以上何も言えなかった。

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