55.ハインド家へご挨拶

 

 ハインド家は騒然としていた。

 なんせ可愛い弟が──

 幼いころから見守っていた義弟が──

 大好きな兄が──

 大切な家族が──、恋人を連れて来ると言うのだから。


 そして当の本人、プラドの心も騒然としていた。

 家族にソラが受け入れてもらえるだろうか、と。

 プラドの恋人が男と知ってから、家族の反応は様々だ。

 新しい愛の形だとはしゃぐ妹のイムリー。

 ハインド家に新たな風を、と意気込む義姉のアネリア。

 そして、どうにも難色を示すハインド家の当主で兄であるアニス。

 とにかくソラを傷つける事だけはしたくない。

 だからプラドは、じっくり時間をかけようと思っていた。

 妹や義姉の熱が落ち着くまで、兄の心の整理がつくまで。

 ゆっくりゆっくり、ソラを受け入れてもらおうと思ったのだ。


「──……ってのに、アイツめ……」


 気が動転して思わず了承してしまったが、まだ時期尚早だとプラドは思う。

 なのに当たり前の顔で、なんてこと無い世間話のように恋人の実家に来たいだなんて言い出すから。

 そりゃプラドとて、家族にさっさと紹介して外堀を埋めてしまいたい。

 けれど穏便に、ソラが困らないようにと気を回していたのに、当の本人があっけなくぶち壊していく。


「……困ったもんだ」


 と、口に出しているが、内心では喜びが大きい。

 不安はある。しかし本人から家族に会いたいと言ってくれたのは、想像以上に嬉しかった。

 家族から恋人を守ってみせる。そしてソラの事も大切な家族として受け入れさせてみせる。

 そう意気込み、プラドは馬車の乗り合い場でソラの到着を待っていた。


「プラド、待たせた」


「いや、時間通りだ」


 プラドの言う通り、約束の時間ピッタリにソラは到着した。

 ローブ姿でない私服のソラを見るのは久しぶりだ。

 手編みらしき白いセーターは、祖母の手作りだろう。穿いているズボンも真新しく、ソラの精一杯のおしゃれなのだろう。

 しかしセーターは成長を見越して少し大きめに編む癖があるようで、今着ている物も手の甲が半分隠れるほど大きい。

 ちなみにソラの成長はもう止まっているようだが、これも祖母心なのだ。

 そんないつもと違う姿のソラは可愛らしいが、それよりプラドの目がいったのは、ソラが大事そうに持ったバスケットだった。

 正方形の薄いバスケットは、おそらく手土産の菓子が入っているのだろう。

 それを両手でまっすぐ胸の前で持ち、歩く間もずっとそのままの格好でいる。腕が疲れそうだ。


「ソラ、持とうか?」


「いや、傾けると菓子が壊れるかもしれないからこのままで良い」


「……ちなみに誰が作ったんだ?」


「祖母だ。祖母の菓子は美味しい」


「そうか」


 あきらかにホッとした様子を見せたプラドは、ソラがそのままで良いと言うのなら任せる事にした。中身がソラ製の物でなくて良かった。

 ほどなくしてハインド家に到着する。


「……ずいぶん大きいな」


「いちおう代々続く名家だからな」


 門を抜け玄関に行く途中、今日は庭にやたらと庭師や使用人が多い気がした。ハインド家の使用人もプラドの恋人に興味しんしんなのだ。

 そしてプラドが扉を開けると、広いホールにはもうすでに家族が勢揃いしていた。


「おかえりプラド。待ってたわ」


「お帰りなさいお兄様!」


 まず出迎えたのはアネリアとイムリーだった。二人とも今日は一段と華やかな出で立ちだ。

 日頃着飾らないアネリアさえ、紅を引いてアクセサリーをつけていた。

 そして、その背後にアニスも居いて笑みを作ってはいるが、どこか複雑そうな顔をしていた。


「……ただいま戻りました」


 アニスの様子にやはりまだ時期尚早だったか、とプラドは思うが、今さらソラを帰すわけにはいかない。

 意を決し、プラドは自分が前に出ながらもソラを大きな屋敷へと招き入れた。


「失礼します」


 プラドの心配をよそに、ソラは臆すること無く足を踏み入れる。

 そして手土産を両手に持ったまま、無駄のない動きで礼をした。

 さぁ家族の反応は……とソラの様子を気にしながらも家族へ視線を移す。

 するとプラドを出迎えた顔のまま、家族も使用人も固まっていた。


「……あー、以前話していた彼なんだが──」


「「ええぇぇエェェッッ!!??」」


「──ぅお……っ」


 異様な光景にプラドも一瞬固まったが、とにかく話を続けようと口を開けば、それをきっかけに堰を切ったように義姉と妹が騒ぎ出した。


「え、え、え、綺麗! ほんとに男性なの!?」


「あらまぁプラドったら面食いだったのね!!」


「うわぁ私こんなに綺麗な方初めて見ましたわ! どうして? どうしてプラドお兄様と付き合ってるの?」


「プラドのどこが良かったの?」


「おいどういう意味だ」


 姦しい二人から詰め寄られ、さすがのソラも圧倒されたようだ。

 プラドは怯むソラの間に入り込み、なんとか二人と距離を取らせる。

 それでもキャッキャと騒ぐ二人の相手をプラドがしている間に、ソラは一人ポツンと佇むアニスへ目を向けた。


「プラド、彼がハインド家の当主だろうか?」


「あ? あぁそうだ」


 ソラと話させろと騒ぐ二人の相手で精一杯なプラドは簡単な返事しかできない。

 だからソラがアニスへ足を進めているのに気づくのが遅れ、次に見た時にはすでにアニスの目の前にソラが立っていた。


「初めまして、ソラ・メルランダと申します」


「あ! おいソラ──」


「……え」


「もうプラドお兄様! お兄様からも私達に紹介してくださいな!」


「ちょっ、イムリー待ちなさい……っ」


 ソラの元に駆けつけたいが、今二人を野放しにしたらそれこそ収拾がつかなくなる。

 まぁ、お付き合いの報告ぐらいならソラに任せても──


「彼、プラドとの結婚を認めていただきたく参りました」


「けっ……!!??」


 ──お付き合いの報告どころじゃなかった。


 

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