20.広まる噂
焦り散らした声に顔を向けると、血まなこになって猛ダッシュでかけてくる教師、ルーズの姿が飛び込んできた。
ルーズは二人の元に辿り着くと両腕で二人を抱きしめ更に叫ぶ。
「生きてっ、生きてたっ!! 良かった! マジで良かった……っ、無事で良かった……っ、クビになるとこだった……っ!」
「……そこかよ」
今回、二人の考査の担当として責任を問われる立場だったのだろう。
本音をダダ漏れさせながら泣くルーズにプラドが若干引きながらも、無事に帰還出来た事に安堵した。
「……ったくよぉ! 無茶しやがって。しかし良く無事だったな!」
「異変種のゴーレムはどうなりましたか」
「……そこかよ」
ルーズは冷静すぎるソラの姿に落ち着きを取り戻し、二人の無事を改めて喜ぶ。プラドと同じ反応をしたルーズに、「コイツと同類……」とプラドは若干傷ついた。
「あー、異変種な。あれはまだ調査中だ。ギルドにも依頼を出してるが、討伐されるまで森は立入禁止になるだろな。それより良く無事で──」
「──では異変種の詳細を報告したいのですが」
「もうなんなのお前!」
「早く終わらせて休みたいのですが」
「ハインドお前もかよ……」
少しすね気味になったルーズと共に学園へ戻り、他の教師からも「明日で良い」と言われる中で二人は報告書を書き終えた。
こうして二人の長い考査は終えたのだ。
異変種の問題と、ついでにプラドの心に大きな問題を残して──
* * *
そんな波乱に満ちた考査を終えて、十日ほど経った。
おなじみのプラドと愉快な仲間たちは、今日も学園内のカフェテラスで優雅にティータイムを楽しんでいた。
学園の重要なイベントがあらかた過ぎた為、生徒たちは皆一段落済んだところなのだ。
「プラドさん、今回の考査結果は素晴らしかったですね!」
「なんたってぶっちぎりの一位でしたしね!」
「まぁな。不測の事態に冷静に対処した事への当然の評価だろう」
つい先日、考査の結果が発表された為に本日のプラドはたいそう機嫌が良かった。
彼らの言う通り、プラドはソラと共に評価され、二人して同点一位を獲得したのだ。
そんなプラドの機嫌を更に上げるべくトリーとマーキのよいしょは止まらない。
「異変種が出たと聞いた時は心配しましたがプラドさんには余計な気遣いでした」
「しばらくその話題でもちきりですよ」
「騒がしくて鬱陶しかったがな」
「有名人は大変ですね!」
「有名税ってやつです」
「まったく困ったもんだ」
困ったと言いながら満更でもないない様子でカップに口をつけるプラド。
確かに考査を終えたプラドの周りには話を聞こうと人が集まった。
しかしながら、内容は異変種が3割。その他の話題が7割だったことに浮かれたプラドは気づいていない。
そしてその他の話題とは、ソラの編み込まれた髪型だったのだ。
ただでさえ妖精のようだと囁かれていたソラ。そんな人物が更に美しくなって現れたのだ。
しかしソラ自身が髪を結ったとは思えない。だとすれば犯人はそばにいたプラドしかありえない。
「妖精が女神になって帰ってきた」「あの天使は何だ」「どういう経緯で髪を触ったんだ」「ソラとどんな関係なんだ」「次はハーフアップでおねがいします」
などなど、考査から帰ってきたソラを目撃した生徒達は次々プラドにつめかけた。
その者達は異変種に立ち向かった者と言うより、あのソラの髪に触った者としてプラドに嫉妬と羨望の眼差しを向けていた。
以前より話しかけやすくなったとはいえ、あの美しい空色の髪に触れるなど恐れ多くて考えもしない。しかしプラドは触れる権限を与えられたのだ。
どんな関係なのだ? と問い詰められるのも当然だろう。
そんな彼らの質問にプラドは「お前らに話すような関係じゃない」と濁した。
それはもう、とんでもないドヤ顔を添えて──
「それで、あのー、プラドさん……」
「なんだ」
周りからの羨望を思い出し、気分良く珈琲を飲んでいたプラドにトリーがおずおずと話し出す。
どうにも歯切れの悪いトリーに続きを促せば、今度はマーキが口を開いた。
「えーっと……ほら、けっこう噂になってるんですが……」
「そうそう、ソラ・メルランダの事で……」
「なんだ、お前らまで気にしているのか」
「そりゃ気になりますよ!」
メルランダの話題を出しても機嫌を損ねていないのを確認し、二人はプラドに詰め寄る。
そんなトリーとマーキに視線を向けたプラドは、やはりドヤ顔で言う。
「お前らであろうと、ヤツと俺の関係をそう簡単には言えんな」
「えー!」
「そりゃないですよプラドさん!」
「まぁそう言うな。近いうちに話してやる」
ふっ、と意味深に笑って再びカップに口をつけたプラド。
そう、まだ曖昧な関係であるから人に話すべきではないだろ、と考えながら。
ソラは自分に好意を持っている。これはプラドの中で確定事項だった。
強引にでも自分に触れてこようとしたソラ。
動けなくなったあの時、自分をそばに留めようと控えめに服を引っ張ってきたソラ。
自分の腕に手をひらを滑らせたどたどしく誘ってきたソラ。
そのくせキスだけで体をこわばらせ、いっぱいいっぱいになってしまった初心なソラ。
上手くキスに応えられなくて荒い息のまま頬を火照らせて涙目で謝ってきた健気なソラ。
もう、どうしようもないほど自分に惚れているではないか。
あの時勢いで押し倒さなかった自分を褒めてやりたい。
日頃ほとんど表情を変えないライバルの、弱々しくも艶っぽい姿を思い出しただけで良くない所に熱が集まってしまう。
「まぁ、奴がその気なら……考えてやらん事もないが……」
ライバルが実は自分に好意を持っていた。驚きではあるが悪い気はしない。
なんて偉そうに考えているが、内心は浮かれきってプラドの頭は花が咲き乱れている。
それが他の生徒たちにも分かるから、なおさらソラと何があったのだとやきもきしているわけである。
ライバルが自分に恋をしていて、それを考慮してあげている自分。その状況はたいそうプラドのプライドを満たした。
なんせ何をしても勝てなかったライバル相手に、初めて優位に立てたのだから。
本当は今すぐにでもソラと確実な関係になりたい。しかし、もっと優位に立っていたい邪険な気持ちがそれを邪魔していた。
その行動が鬼が出るか仏が出るか──。
危うい関係である事に気づかないプラドは、優越感に浸りながらもいつか訪れるソラとの甘い関係にもう胸は踊りっぱなしだった。
そんな中、腕に抱いたソラを思い出す。
確かに森に囲まれた泉の妖精のような香りだったな、と。
まもなく学園は長期休暇に入る。
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