21.諦めるのはまだ早い

 


 * * *


「ソラさん、お気をつけて」


「メルランダさん、よい休日を!」


 数人の同級生から見送られ、ソラは学園をあとにする。

 本日から学園は長期の休暇に入った。

 学園に残る者も居るが、ほとんどの生徒は実家に帰り家族と休暇を過ごす。

 ソラも例に漏れず家族の元に帰る為、列車に乗るべく駅に向かっているのだ。

 ソラの実家へは、列車と馬車を乗り継いで半日ほどかかる村にある。

 さすがのソラでもこの長距離を魔術だけで移動は出来ない。

 しかし、いずれ長距離を少ない魔力で移動可能な魔法陣を開発しようとソラは目論んでいた。近い将来、この国の移動手段が劇的に変わるかもしれない。


「おいメルランダ」


 国の未来をしれっと背負うソラに、背後からまた声がかかる。

 振り返れば、やはりというべきか仁王立ちしたプラドが立っていた。


「お前、休日はどうするつもりだ」


「家族と過ごすが?」


「ふーん……」


 ソラの返事を聞いて、何か言いたげにチラチラと視線を送るプラド。

 最近はいつもこうだ。

 やたらソラの近くに来るくせに、何かを言いたげにしながら口をつぐむ。

 ソラに何かの言葉を期待しているようなのだが、ソラにプラドの気持ちを指し図る能力など無い。皆無だ。なんならソラが下手に考えようとすれば間違った方向に暴走する。

 なので「なんだろう」とソラが首を傾げるだけで済んでいるのはプラドにとって幸いとも言えよう。


「俺は、ひとまず家に帰るが決まった予定は無い」


「そうか」


 ゆっくり出来て何よりじゃないか、と思うが、プラドはそんな世間話をしに来たのだろうか。


「お前はずいぶん田舎に住んでるそうじゃないか。俺の家は王都だから来れば良い買い物も観光も出来るがな」


「そうか」


 いい所に住んでいるんだな、と素直に思い、とりあえずプラドの話を聞く事にした。

 なんせ最近のプラドはいつもこうなので、ソラは困惑する事も無く冷静にプラドの様子を観察できるようになったのだ。


 最近のプラドは、特に用事があるわけでもないのに話しかけてきて、なんでもない話を続け、そのくせそっけない態度を取る。

 しかしどこか高揚したような顔色をしているし、機嫌が悪い様子もない。それより何よりソラが疑問に思うのは、話す最中に高確率でソラの髪に触れてくる事だ。

 今日のように。


「……好きなのか?」


「はっ!?」


 一つに束ねて右肩に流していた髪を、プラドは今日も当たり前のように手に取る。

 目が綺麗だと言われた事もあるし、ソラの髪にも執着しているようにも見える。

 だからそんなに髪が、もしくは空色が好きなのか、と尋ねたつもりだった。

 それだけなのだが、プラドは途端に顔を赤くし始めた。


「おまっ、突然何を……、お、思い上がりも大概に……っ!」


「そうなのか」


 ワタワタと喚くプラドは昔のふんぞり返る姿とはかけ離れていて、慣れたつもりではあるがやはり違和感が拭えない。

 しかし……


「……っ!?」


 髪に触れていた手を取り自分の頬にあてる。そのまま微量な魔力を流してプラドの中を探るが、やっぱり今日も異物は見つからない。


「……はぁ……」


「あ、いや、俺は……」


 思わずため息を吐くソラにプラドは慌てた様子を見せるも、困ったような喜んだような複雑な表情を繰り返した。

 そんな彼の百面相など気にもせずに、ソラは今までの成果を思い出し落ち込んだ。


 今まで魔術に関して上手くいかなかった事は無かった。いや、たとえ上手くいかなくても、試行錯誤を繰り返していればいつかは正解に辿り着いていた。

 けれど、今回はどうだ。

 手を変え品を変え探ってみたのだが、プラドの中にあるであろう異物の魔力は検出できなかった。

 被検体を冷やしてみても温めてみても、こけさせて感情を動かしてみても、いっこうに変化が無い。

 時間や場所によって出現するかもしれない、と時折こうやって不意打ちで探ってみるのだが、やはりおかしな魔術は現れない。

 大概の本は目を通していたはずだが、まだ見落としがあったのかもしれない。そう思い学園の書房や街の図書館にも通い詰めた。

 けれど目ぼしい情報は手に入らず、ソラのただでさえ膨大な知識が更に膨れ上がるだけに終わった。

 諦めたくはない、のだが、これはもう──


「──もう、無理なのか……」


 ソラにとって、初めての敗北だった。

 友人を救いたい。己の魔術できっとなんとかできる。

 そう疑わなかった自信は今、いとも簡単に崩れていく。

 思い上がるな、とプラドは言った。その通りだと思った。

 魔術に関してだけならば、周りよりほんの少し得意だと思っていた。確かに思い上がっていたのかもしれない。友人一人救えなくて何が“得意”だ。


「すまないプラド」


 これからも検証は続けるつもりだ。友人が良くない魔術にかかっているかもしれないのに、放っておく事など出来ない。

 しかし、期待はしないでくれ。

 そんな思いを込めて力なく笑い、プラドの手から自分の手を離した、その時だ。


「待て!」


 悲しそうに肩を落とすソラの手を、今度はプラドが掴んだ。

 その様子は今まで以上に焦っているように見え、ソラは悲しみに伏せていた目を見開いた。


「お前がそこまで……望むんなら、俺も、あー、その、少しぐらいは前向きに考えてやっても、良いんだが……」


「プラド?」


 プラドの言葉にソラは驚いた。

 まるで検証を手伝うと言っているようではないか。

 そこでソラは気づいた。プラドにも、おかしな魔術にかかっている自覚があるのだと。


「気づいていたのか?」


「気づかないとでも思ったか!」


 なるほど、確かにこれほどおかしな行動をとっているのだ。当の本人が気づかないはずないだろう。


「そうか」


 そういえば、とソラは今までの彼の行動を思い出す。

 プラドがおかしくなってから、彼はやたらと自分のそばに寄ってきた。

 これ幸いとプラドに触れて魔術の検出を試みていたが、彼はそれを拒まなかった。

 きっと彼は、自分に助けを求めていたに違いない。


「そうか……」


 なのに、何を勝手に諦めようとしているのか。無理だと決めつけて、大切な友人の手を振り払う真似をするつもりか?

 嫌われていると思っていた。実際、何度も彼を怒らせるような行動をしてしまった。

 それでもプラドは自分を頼ってくれている。まだ、諦めるのは早いだろう。


「……じゃあ、もう少し頑張るか」


「あ、あぁ……」


 一人では無理でも、二人ならなんとかなるかもしれない。

 それはずっと一人きりで研究に励んでいたソラにとって、青天の霹靂だった。

 けれど、喜ばしくも思う。

「教えて」「手を貸して」と言われる事は多くとも、共に頑張ろうと言ってくれた同級生は今まで居ただろうか。


「ありがとう」


「……っ」


 今は一方的に友人だと思っているが、いつかはプラドからも友人だと言ってもらえる日が来るかもしれない。

 そんな期待を胸に微笑むソラは、プラドだけでなく周りの生徒達の視線をも釘付けにさせたのだった。


 

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