19.帰還

 

 夜が明けると共にソラは目を覚ました。

 一番最初に視界に飛び込んだのは、目の下にクマをこしらえたプラドの顔だった。


「……おはようプラド」


「……おぉ……」


 疲れきった様子のプラドの腕から抜け出し、隣に立って伸びをする。

 問題なく立てて体も自由に動く。魔力も、ずいぶん回復しているようだと確認する。


「プラド、世話になった。キミは少し休んでくれ」


「……おぉ……」


 未だぼんやりしているプラドにそう声をかけ、軽く結界を張ってその場を離れた。

 まずは水を汲んで、周りを探索して役に立ちそうな薬草を探す。

 夜通し見張りをしてくれていたのであろうプラド。今度は己が頑張る番だとソラは張り切っているのだ。

 ある程度の探索を終えて戻ると、プラドが座ったままイビキをかいていた。よっぽど疲れていたのだろう。

 ソラはそっとプラドの体を横に倒し、ローブをかけて作業にとりかかった。


 一時間ほど経った頃にプラドは目を覚ました。

 その頃には色々と終わっていた。


「……お前、何してんだ?」


 どこから狩ってきたのか謎の肉を焼くソラ。そこまではまだ良かった。

 ただ、緑のドロリとした液体がかけられているのはよろしく無かった。


「何の肉だ……」


「オークだ」


「ブタか……で、かかってる緑のヤツは何だ」


「配合した薬草だ」


「だから何でお前は料理と薬草学をゴッチャにするんだよっ!?」


 腹も満たされ薬草も摂れて合理的だと思ったのだが……と、隣で怒るプラドをソラは不思議そうに見て首を傾げた。

 すると長い髪がサラリと流れ、プラドが慌てて手を出した。


「おまっ、髪燃えるぞ!」


「あぁ……そういえば結んでいなかった」


 日頃から一つに結って邪魔にならないようにしている為、ほどけた状態だとどうにも勝手が分からない。

 しかし新たな髪留めなど持ち歩いていないソラは、少し考えて──


「──おいおいおいおい待て待て待て待てっ!!」


「どうした?」


「どうしたって、お前何しようとしてる……?」


「切ろうかと……」


「ダメだっっ!!」


 邪魔なら無くしてしまえば良い。そう考え髪を束にしてナイフを当てた所で、とても慌てた様子のプラドに止められた。異変種に遭遇した時よりも慌てているかもしれない。

 己の髪が切り落とされようが誰にも迷惑はかからないだろうに、いったい何がダメなのか。

 そう考えている間にプラドはハンカチを細く千切ってリボン状にし、ソラの髪を結い始める。

 こんな時でもハンカチを忘れないプラドの育ちの良さを感じながら、黙って髪を結われるソラ。

 しかしなかなか結い終わらないプラドに何か問題が起こったのだろうかと振り返ろうとして、「動くな」と怒られる。

 なのでしばらくジッとしていれば、ようやくプラドが満足そうにソラの頭から離れた。


「……?」


 ただ、いつものように髪を結んだだけのはずなのに、なんだか違和感を感じてソラは自分の頭を触ってみる。

 すると髪はいつもより高い位置に結ばれていて、周りの髪も妙にボコボコしている。

 つまりやたらと複雑に編み込みをされているわけだが、“編み込み”なんてものを知らないソラは、プラドも苦手な事があるのだな、と人知れず和んだ。


「ありがとうプラド」


「ふ、ふん……」


 せっかく時間をかけて苦手な髪結いをしてくれたのだ。

 しばらくはこのままでいようと決めて礼を言えば、ジッと見つめていたプラドが顔を赤くしてそっぽを向いた。

 それでもチラチラと自分がこだわりにこだわったソラの髪を見るプラド。

 そんな様子のおかしなプラドにも、もうソラは慣れたものである。

 ただ、日に日にプラドにかけられた謎の魔術が強くなっているようだとソラは心配になる。

 ソラの肩に触れようか触れまいか迷ってさまようプラドの手を見て更に強くそう思うのだ。


「……帰るか」


「あ? あ、あぁ……」


 早いところプラドの魔術を解術しないと更に大変な事になるんじゃないか。そう思うのだが、とにかく今は帰還を優先させるべきだろう。

 なので早速ソラは小鳥を捕まえて魔法陣を仕込み、空から状況を確認してあっさりと帰り道を見つけ出した。魔力の回復したソラに不可能はないのだ。ただし生活能力以外は、である。

 それはさておき、どうやら学園の森の更に奥地に飛ばされていたらしいとソラは気づく。

 進むべき方向が分かればあとは早かった。

 プラドが探知で辺りを探り、安全な場所に狙いを定めてソラが移転の魔術を使う。

 ソラ一人でも可能だが、いつ何が起こるか分からない未知の森だ。

 その為にできるだけ魔力を温存させておきたくてこの方法を選んだ。

 何よりプラドになら任せられると思ったから、ソラは共同作業を選んだのだ。

 ただ、体の一部が触れていれば良いだけなのになぜかプラドはソラの肩を引き寄せ強く密着した。

 これはまだ体調が万全ではないソラを心配してか、それともプラドにかかった魔術が影響してなのか……


 何度か移転を繰り返すうちに、何だか顔の距離も近くなっていく。

 そして移転を十ほど行なった時、やっと見覚えのある場所に着いてやれやれと顔を上げると、そこにはジッとソラを見つめるプラドが居た。


「……?」


 ゆっくりと降りてくるプラドに、また魔力譲渡だろうかと考える。

 確かに魔術を何度も使った。しかしそこまで不足はしていないのだが、心配してくれているのなら無下にするのも申し訳ない。なんたって今回はずいぶん迷惑をかけたのだから。

 短い間にそこまで考えたソラは、こんどこそ上手に魔力を受け取ろうと集中した時だ──


「──うおぉおいっ!! お前らぁああっ!!」


 とんでもなく焦った声が二人に向かって飛んできた。


 

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