それで、誰を殺したい?

秋散雨 時雨

第1話 異世界転生 女神に逢う

 ふと気付くと光に溢れた部屋にいた。

 いや、これは部屋というのか? なんというか謎空間だ。


 足元は光で真っ白。上を見ても真っ白で、後ろを見ても真っ白。

 視界のすべてが光輝く白で覆われている。


 めちゃくちゃ強力な光で照らされている中に放り込まれた。そんな感じだ。遠近感も何もない。というかわからない。


 それだけだと明るい部屋にいるというだけだが、明らかな異物が目の前に立っていた......いや浮かんでいた。


 白い肌に琥珀色の目。金と白が混じった透き通るような髪色。

 容姿端麗という言葉では済まない、どこか人外の美を感じさせる存在がそこにいた。

 これが女神だと他人から説明を受けたとき、思わずなるほどと言ってしまうような完成度だ。


 ただそれ以上にオレの気を引いたのが、その服装だ。

 薄い布をまとっている。そうまとっているのだ、着るのではなく。

 その格好はギリシャの彫刻とかを思わせるような半裸だった。


 「なんだこいつ、痴女か?」

 だからこそ、思わず口を突いて出たこの言葉も仕方がないことだ。目の前に痴女がいるのだ、事実を呟くのは致し方ない。


 「ちょっと君! 失礼だよ!」

 女神――この目の前の人外の存在を便宜上そう呼ぶこととした――は腕を上げ、指をまっすぐと伸ばし、そう口を開いた。


 もちろんその指が指し示す先にはオレがいる。どうやらこの空間にはオレと女神しかいないらしい。まあ、誰かいたとしてもオレには見えないから変わらない。

 

 さすがに初対面で痴女呼ばわりは失礼だったかもしれない――いくら相手の格好に非があるとはいえ。


 けれどもなんかすいませんと謝るのも気が乗らない。そもそもこいつが半裸なのが悪い。ということで謝らずに会話を進めることとした。


 「あんたはいったい......それとここはなんだ?」

 お前は誰、ここはどこ。

 まず真っ先に知りたいことを聞いてみた。


 「んふー」

 「何がんふーだ」

 わざとらしく、んふーとかいう女神につい突っ込んでしまう。

 これも仕方のないことだ。オレはいちいちもったいぶって言う奴が嫌いだからだ。んふーとか言ってる暇があったらさっさと喋れ。


 「君、ちょっと辛辣じゃない? 女神さん、こわいよー」


 辛辣というほど辛辣か?

 半裸の痴女がのんびりんふーとかほざいてるんだ。至って普通の反応だろ――。

 「半裸の痴女がんふーとか言ってるから、オレの反応は普通だ、でしょ?」


 「――ッ」

 まるでオレの心の中を読んだかのような物言いに少し動揺する。


 「読んだかのようなというか、読んでるんだけどね。だって私女神だもん」

 そう言いながら女神は眉毛を動かそうとしているのか、顔の表情筋をうにょうにょとさせている。


 おそらく片眉を上げてオレを煽る、ということをしたかったみたいだが上手くいっていない。

 

 「うん、難しい!」

 「......そんな女神のあざとさに思わずオレは惹かれていた。この人にすべてを捧げたい。初めての感情だった。胸が苦しい。これが恋というやつ――」

 「おい。おいおいおい。何勝手に人の心情を代弁してやがる。しかも全然合ってないだろ」

 「てへっ。だから言ったでしょ? 君の気持ちを読み取れるって」

 「それは読み取ってるんじゃなく、捏造だろ。もはや詐欺だ」

 

 もーつまんなーい、と言いながら自称女神様は足をパタパタとさせている。

 ......そう空中に浮きながらだ。まるでそこに椅子でもあるかのようだが、どう見ても椅子はない。


 その美貌と宙に浮かぶ身体。女神と信じるには十分な情報だった。


 「それでオレに何か用があるんだろ」

 「......どうしてそう思うの?」

 「どうしてってどうしてだよ」

 きょとんとした顔で聞き返してくる女神に思わずこちらも聞き返してしまう。傍から見てたらきっと意味不明な会話だろう。


 「ふふ、冗談冗談」

 「何もおもしろくはないな」

 「神級の冗談なのに。抱腹絶倒してもいいんだよ?」

 「はいはい」

 女神のありがたい戯言を聞き流す。戯言にありがたいと付けたのは相手が自称女神だからだ。神を敬う敬虔なるオレというわけだな。


 「うん、全部お見通しなんだってば。まあ、いいや。それで君に用があるのは本当でね」

 女神が宙に浮かびながらこちらに近寄ってくる。この体勢だと腰を痛めなさそうで羨ましい。人類に神が与えた二足歩行という贈り物は腰痛とセットだからな。


 「君、死んだよ? だから異世界転生しよっか!」

 「な、なにー!」


 どうやらオレは死んでたらしい。

 女神とやらが目の前にいるんだから、薄々そんな気はしていた。ただ、正面からそう言われるとなんだかショックだったのは内緒だ。


 「内緒じゃないし、その反応からめちゃくちゃ衝撃を受けたのは伝わってきたけどね」

 

 まあいっか。そう言って女神は手をかざす。

 何もよくはないけどな。人が死んでるのに簡単に流すな。だいたいなんで死んだんだ。


 「雷に撃たれて死んだんだよ? 神のお𠮟りを受けちゃったね」

 「さっきから心の中を読むのはやめてくれ。しかもなんだ神のお𠮟りって」

 

 途端に女神の顔から微笑みが消える。

 整った顔から笑みが消えると人は無性に恐怖を感じるらしい。なぜ分かるかって? オレが今そうだからだ。


 「私が君を殺したんだ。ねえ、どんな気持ちなのかな? 理不尽に奪われるのって」

 女神は一字一字はっきりと聞き取れるように、ゆっくりとこちらに問いかけてきた。

 

 「......ど、どんな気持ちって言われても」

 手がなんだか濡れていて気持ち悪い。ねっとりとしたその何かが汗だと気づくのに少し時間がかかった。

 口はカラカラに乾いていて、さっきの言葉を吐き出すのが精一杯だった。


 情けないだろう?

 オレは怖かった。この女神が怖かった。

 変に機嫌を損ねたら殺されるんじゃないかと思って、それ以上何も言えなかった。


 自分では抗えない何かが目の前にいるんだと。そう感じたからだ。


 「......」

 女神は無言でオレを見つめている......そんな気がした。

 とてもじゃないが顔を上げてその目を見つめる勇気はなかった。


 「ふふふ。ごめんごめんねえ。ちょっといじめちゃったねえ」

 女神はそう笑ってオレの頭を撫でる。


 「......ふぅ」

 安堵のため息が思わず漏れる。


 「殺したくて殺したんじゃないんだよ? いわゆる手違いってやつかなあ」

 「手違いって言われても」

 「本当そうだよねえ。だからはい!」

 そう言って女神はオレに3枚の紙を手渡す。絵とその説明が書いてあるらしい。


 「これは?」

 「手違いって言っても君を元の世界には戻してあげられないの。だからせめてものお詫びで転生させてあげる。好きな特技と一緒にね。俗に言う転生ボーナスなのです!」

 えっへん! と胸を張る女神。


 「元の世界に戻せないって、じゃあオレはどこに行くんだ?」

 「おっと、そこに目を付けましたか。転生ボーナスじゃなくてそこに気がつくとは賢いですね〜」

 どこからか取り出した眼鏡を掛けて、知的な性格を装って回答する女神。

 茶化すというよりも馬鹿にしてるだろ、これは。


 「さっきも言ったけど、元の世界には戻してあげられないの。でも手違いであなたを殺しちゃったから、お好きな転生ボーナスをつけて私の世界で生きれるようにしてあげる」

 「あんたとオレが住んでたとこの関係性がよくわからないけど、まあやりたいことはわかった」

 「おやおや、意外と自分の世界に未練はないのかなー?」

 「......まあな」


 正直これは自分にとって夢のような展開だった。

 異世界での冒険というのは憧れだった。

 学生の自分にとっては今の生活はただ退屈なだけであり、そんな日常のストレスを解消してくれるのが異世界での冒険を夢見ること。

 そういった作品と触れ合うことだったからだ。特に今までの生活に未練は女神が言うようになかった。


 「まあ、いいや。それで転生ボーナスってなんだなんだ」

 もらった紙に目を落とす。どうやら3枚あるらしい。


 1枚目はバックスタブ(不意討ち)と書かれていた。

 イラストはデフォルメされた人間が、相手の背後に瞬時に動く様子が描かれたものだ。

 説明には『相手の意識の外へ移動し、瞬時に攻撃する。得てして背後に回ることが多い』と書かれていた。

 あと隅っこに女神イチオシとっておき! と書かれていたが、まあこれは見なかったことにしておこう。


 「なんでー! 私の一番オススメなのに!」


 2枚目はイラストも何もなく、ただスキル名と効果だけ書いてあった。

 「ジャンプ斬り。相手に飛びかかって攻撃する。威力は飛んだから2倍くらい......これスキルか?」

 あまりの手抜きに思わず読み上げて女神に聞いてしまう。

 「オススメじゃないもん!」が女神からの答えだった。


 気を取り直して3枚目を見る。

 イラストなし、効果の説明もなし。

 ただ一言こうあった。

 『特典なし』


 「実質バックスタブしかボーナスねえじゃねえか!」

 思わず紙を叩きつけそうになるが、なんとか堪えた。が、あまりにも酷すぎる。


 「普通こういうのって、もっと無双できる能力くれるもんじゃないの?」

 「えー? 私に殺されたくらいでそんなに要求するとか強欲すぎだよー」

 「殺されてるんだから強欲でもいいだろうが! しかも選択肢実質1つじゃねえか!」

 「別に私はジャンプ斬りでも特典なしを選んでくれてもいいんだよー? だいたいの人は生まれ変わって特典ないんだよ?」

 「今はそんな哲学的な話をしたいわけじゃない!」

 「しっかたないなー」


 もうもうまったくと言いながら、女神は手のひらを上に向ける。

 するとその手の上に浮かぶようにして、1本のナイフが現れた。

 

 「バックスタブを選ぶならおまけでこの女神様ナイフも付けちゃうぞー!」

 ナイフを上に掲げながら宣言する女神。

 その様子にオレも期待した。


 「う、うおー! そのナイフには何があるんだ!?」

 「女神様のナイフなので絶対に折れません!」

 「地味! 便利だけど地味すぎる!」

 頭を抱えそうになる。いや便利だけどさ、地味すぎるだろ。

 

 「というか、あんたこのバックスタブしか選ばせる気がなくないか? 他の特典にはその女神様ナイフみたいなの付かないのかよ」

 「付きません、バックスタブだけのおまけです。あと他のスキル選んでも手違いでバックスタブにしちゃう予定です」

 「選ぶ意味ないだろ、それじゃ! もういいからバックスタブくれ!」

 

 女神がこちらに手をかざす。

 「はい上げたよ。じゃあ行こっか」

 「え、これで終わり?」

 「うん」

 「なんか夢ないなあ......」

 もっと効果音とか謎の光とか欲しかったなあ。 

 

 「びしゅん!」

 「まぶし! なんだ!」

 急に女神が手が光る。

 手で咄嗟に目を覆うがありえない眩しい光だった。


 「えっ? 君が効果音と光が欲しいっていうから」

 「そういう意味じゃない!」

 演出的な意味で言っただけで、誰も目潰ししてくれとは頼んでないのだが、この女神には伝わってなかったらしい。


 「もうわがままなんだから。ちゃんと希望通りにしてあげたんだから行くよ」

 女神がそう言うとオレの足元が光り始めた。


 「お、おおっ......! いかにも異世界行きますって感じの光出てきた! こんな感じでスキルもくれればよかったのに」

 「はいはい。行くよー」


 足元の光が目を開けてられないほど明るくなる。

 音も光も感触も。

 五感の一切が一瞬なくなる感覚がして。


 ガヤガヤと。

 人が歩く音。人の声がして目を開けると、そこは異世界だった。


 「いよいよ異世界での冒険の始まりか。ヨシッ!」

 顔を手で軽く叩き、気を引き締める。


 「やるぞ!」

 そう言って一歩目を踏み出そうとして。


 「がんばれー」

 そう言って隣で手を振る女神と目が合った。


 「あれ? 送ってくれるってこと?」

 なんだついて来てるんだ? ああ、旅立ちを祝福してくれるってやつかなと自己解決するオレ。


 「ううん、付いてきただけだよ?」

 「なんで?」

 「暇だからね」

 「ああ、そう......」


 そうしてオレだけの異世界冒険は、女神とオレの異世界冒険となり......今始まったのであった。

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