第6話 おまじない
side:アリア・ローズル
ギルドを出て、必要な準備を整えて地図の場所へと向かう。
シェリーの話では案外船の出航まで時間は無さそうだ。人混みを抜けて正門から真っ直ぐ海へと走り出す。こういう体力勝負は得意分野だ。
走りながらどう船に乗り込むか考える。一応大きめのローブを買って変装道具は用意したが、通用するかどうかは五分五分といったところだろう。
力押しで強行突破なんて出来ない以上弁舌でなんとかするしかないと沢山の言い訳シリーズを考案していると遠目に海岸が見えて来た。
「もうこれは着ておいたほうが良さそうね。」
白い修道服を覆い隠す様に黒いローブを着込み、フードを被って海岸へ向かう。
見たところ既に一隻神殿へ出港しているがまだ二隻停泊している。ギルド職員も荷物の搬入をしているだけで特別誰が行くかを精査しているところは見受けられない。賭けはどうやら私の勝ちだ。
きっちり身分証明をされていたらそれこそ荷物に紛れるくらいしかやりようがなかったが、どうやらハンターを数打って危険がないか確認したいらしい。
それは少し離れたところに駐留している王国軍を見ればわかる。動く様子も無さそうだし、どうやらハンターたちに先行させてから美味しいところを頂こうとしている様だ。
私にとっては好都合。停泊場へ向かう他のハンターたちに紛れて一緒に乗り込む。
海から神殿まで見た目ではそう遠くない。実際先程出た一隻目の船はもうついている。
高鳴る心臓の鼓動が周りのハンターにバレない様抑えつけて、今か今かと出港を待つ。
その時はもう近い。とうにギルド職員は荷物搬入を終え、船の動力役らしい職員は魔法を展開している。私の心音と違い船は静かに神殿へと向かい出した。
ようやく、手掛かりを掴んだ。この3年、私が知り得た事は正直言ってただの知識でしかない。
有用か無用かで言えば当然有用だが、長い足踏みだったと言えるだろう。だからどうしても期待してしまう。あそこに神がいる事を。
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グォォォォォォン‼︎‼︎
神殿まで後5分ほどと言ったところで突如響く轟音。
続いてその音に呼応する様に、地面が、いや船が揺れる。
「じ、地震!?こんな時に!!」
タイミングが悪い!と毒づいて、地震の生活波のせいか確認するために海岸をみたがどうやら前者の様だ。
ハッとシェリーが言っていた事を思い出す。確かあの神殿は地震で海上に浮上したと言っていた。という事はその逆もあるのではないか。
首が千切れんばかりに神殿に振り向く。どうやら完全に杞憂、とはいかなかったらしい。神殿の周りに立つ円柱が崩れ、海に沈んでいる。が、神殿そのものは無事らしい。
ホッと胸を撫で下ろした。しかし周りのハンター達はそうもいかなかったらしい。
「か、神の不興を買ったんじゃないか...!?」
「お怒りなんだ...軽い気持ちでくるんじゃなかった...。」
みんながみんな怯えている。歴戦のハンターだと思われる人物さえ跪いて祈りを捧げている始末だ。船を操舵するギルド職員も青ざめている。このまま海岸に戻られたらまずい。
私はそっと操舵室へ行き、ギルド職員に背後から声をかける。
「止まるな、早く神殿へ向かえ。」
そう脅す。私はハンターとして首の皮一枚で繋がっている状態だ。私だとバレない様に目深までフードを被り、できる限り低い声でそう言った。
「し、しかしこれは、神はお怒りなのではありませんか!?」
「そうだったとしたら、既にあそこにいるハンター達を救うべきだろう。まさかとは思うが、見捨てるつもりではあるまいな?」
意味があるかどうかはわからないが口調も変えて告げる。彼は気が動転している様だし、効果があるといいけれど。
ギルド職員としての職務と個人の恐怖をかけた天秤はどうやら職務遂行に傾いたらしい。船はまた神殿へと向かい出した。
「い、いったん神殿にいるハンター達を連れて海岸へ戻ります!!これ以上は私では判断できません!!」
「いいだろう。」
そう言い残し私は操舵室を出る。
「ふぅ、危うく岸に戻されるところだった。」
ひとまず神殿に行けないという事態は回避できた。けれど先程の地震が神殿が原因ではないと決まったわけじゃない。
だがそんな事は些細な事だ。ここまで来て帰るなどありえない。
船首へと戻ると船はちょうど神殿に到着した。周りのハンター達は及び腰で下船の準備をするものはほとんどいない。
そんなハンター達に目もくれず、私は一人で船を降りた。水面下を揺蕩うように揺れる階段に足をつけ、神殿へ向かう。
階段を登り、扉というにはあまりにも大きな石製のソレは先行したハンター達によって開けられ、美しい紋様は半分になっている。
意を決し、神殿の中へと一歩足を踏み入れる。
「これが、神の居城...。」
もっと神聖なものだと思っていた。あの神どもの家の様なものだ、腹が立つとか手がかりを見つけられた事に喜ぶとかそういった感情が湧いて出ると思った。
しかしこの神殿に感じるのは何故か懐かしく、暖かいということだけだった。
頭に疑問符を浮かべて、いつも通り考え事をしながら歩みを進めると中央に下へ降りる階段があった。
「こんなにも部屋の真ん中で堂々としてるんだから、大概この奥、よね。」
階下へ降りようとした時、下から走ってくる者がいた。装備も持たず、青ざめて血相をかいたハンター達だ。
「急げっ!!!全員早く走れ!!!死ぬぞ!!!」
「どいて!邪魔よ!?」
「うわあああああああ!!!」
こちらを振り向きもせず、聞き取りは出来なかったが何ごとかを叫び一目散に走り去っていった。
尋常ではない。流石に先行した彼らは実力のある連中だろう。私は興味がなかったから連中の顔など知るよしもないのだが。これは明らかにおかしい、間違いなく下に何かがある。恐ろしい、ナニカだ。
ポツンと一人取り残され、一瞬の逡巡。
出た結論は、もはや知っていた。
「行こう。」
グッと拳を握り締め、私は階下へ降りた。
中へ降りるとやたらと曲がり角の多い廊下へ出た。
所々に部屋があり、中を改めようとしたが開かない。というかそもそもドアノブが回らないのだ。鍵かかっているというよりガッチリとドアノブが固定されているという表現の方が正しいだろう。
開かないのならどうしようもないと、私はそのまま真っ直ぐ奥へと進む。幸いなことに分かれ道になっているということもなく迷わずその場所へ着いた。
「どう考えてもここが最奥ね。」
玄関...というのが正しいのかはわからないがあの大きすぎる扉と同じ紋様が描かれた扉がそこにあった。
扉の付近には先程の冒険者のものであろう剣や盾、リュックなんかがそのまま落ちている。というより置いていったのだろう、逃げるために。
短剣や縄、逃走用の煙玉といったおよそ強大な敵には無力な装備品しか持っていない私は、念のためと剣と盾を拝借する。
「何もないよりいいよね?たぶん。」
それより目下の問題は、この扉を開けられるのかという問題だ。
「どう考えてもこれ一人じゃ開かないんだけど...。」
入り口の扉より小さいとは言え明らかに重そうな大きい扉だ。とりあえず押してみようと手が触れたその時。
ガガガガガガガガガ
石製のその扉はひとりでに引きずる様な音を立てて開いた。
その部屋は美しい白色の装飾が施された壁や円柱。何事もなければおよそ現実とは思えないその場所に息を呑んだだろう。
ただその場所にそれ以上の威圧感を与える存在がいなければ。
「今日は実に騒がしい。我の眠りを妨げる者が多すぎる。」
唸る様な声で、私の頭上からその音を鳴らす存在は。
「龍!?」
白銀のこの部屋に相応しく作られたようなその銀色の生物は、神と共に世界の秩序を担っていたとされた龍種。
神の眷属として生まれた龍達は、神の消失と共に世界から消えたはずだった。
「我が名は無限龍ウロボロス。来たる日までこの地を守る守護龍なり。」
ゆっくりと口を開き名乗りをあげる。
何度目を見開こうと、現実は変わらない。目の前にいるのは龍、龍なのだ。
「ふん、怯えて声も出んか。貴様も資格者足り得ないな。」
直後、龍---ウロボロスは地面を踏み鳴らし雄叫びを上げた。
「--------!!!!!」
地面も、空気も、この体も、全てが揺れている。膝をつき、抱く様に耳を手で塞いでも意味はない。ただただ絶望的な圧力が私を襲う。思考力を奪われながら頭の片隅でさっきの地震はこれだったのかと理解した。
そんな絶望的な力の差に私は。
逃げない決意を決めていた。
「本物、本物の龍だ。」
臆することなく。
「聞かせてもらう、神の事。」
屈することなく。
決意を胸に私は龍の前に立ち上がる。
「ほう?我が威圧の前に逃げ出さぬ人間がいるとは驚きだ。」
声音では本当に感心したようだった。最も龍の顔色などわかりようもない。
「無限龍ウロボロス、色々と聞きたいことは沢山ある、でもまずは教えて。」
聞きたい事はそれこそ幾らでもある。叛逆の神のこと、どうして神達は消えてしまったのか。
しかし今最も気になることは先程あの龍が言った「この地を守る守護龍」という言葉。
龍は神の眷属だったというのが通説だ。その龍が守る場所。そこには、いやここには、もしかしたら。
「ここに...神はいるの?」
恐怖より期待に心が動かされる。絶望も畏怖も、今は問題じゃない。
その問いかけに龍はあっさりと答えた。
「神殿の最奥、この背の扉の向こうに我が神の盟友がいる。彼の神とこの神殿を守ること、それが我の宿命である。」
それは神の証明。決して誰も存在したことを決定づけられなかった神。それが今、目と鼻の先にいる。
ここにいるのは私の神ではないかもしれない。それでも大きい、あまりにも大きいチャンス。これを逃すわけにはいかない。
問題は神の居場所がこの龍の後ろの部屋だということ、無事に通してくれるとはとても思えない。
「その後ろの部屋、通してもらえる?私は神に会いたい。」
「弱き者よ。我は守護龍、この扉を通すわけにはいかぬ。我が力を前に、それでも尚神への謁見を望むなら、自らの力を持って超えていくがいい!」
---来る!
明らかに龍が纏う雰囲気が変わる。まさしく臨戦態勢といったところか。
ゆっくりと、しかし着実にこちらに近づいてくる。
求められるのは即断即決。目線だけで部屋の構造を確認する。部屋は広い、龍もサイズはかなりのものだがそれでもまだ部屋にはスペースは余りある。
問題なのは遮蔽物の少なさ、元より勝てる見込みなど微塵もないが、思考時間を稼ぐのも難しい。
あるものといえばちょうど龍の頭を越えるほどの白い円柱が6本。その太さは私を隠すのには十分そうである。
---ここにいるのはまずい!一先ず円柱の後ろに!
「さぁ、行くぞッ!」
円柱に向けて走り出した瞬間、無限龍はその腕を振るう。
当たりはしなかった。そもそも当てに来ていない。しかしその腕から発せられた風の塊が私を吹き飛ばす。
持っていた盾を竜に向けたが、結局盾ごと吹き飛ばされ地面へ転がる。
「ぐぁっ...随分いきなりね!」
転がった勢いのまま走り抜け、円柱の後ろに身を隠す。
「ここへ来た者は皆怯え、少々威嚇したら蜘蛛の子を散らす様逃げていった。だが貴様だけは逃げず、我の前に立った。貴様には挑戦者たる資格がある!」
「伝説の龍に言われるなんて光栄、よっ!」
言葉を交わしながらポーチから取り出した煙玉を地面に叩きつけて伸びてきた腕を躱し他の円柱の影に移る。
「くっ、小細工を!」
龍の腕は円柱の目前でピタッと止まり、扉へ意識を向け守りに入る。
ああも扉に張り付かれては強行突破はできない。とにかく今は準備をしなくては。重いリュックをここに下ろし、戦闘用の道具だけをポーチに移して龍の動向を探る。状況を整理しつつ勝ち筋を探すんだ。
私の勝利はあの竜を倒すことじゃ無い。龍の背にあるあの扉を潜ること。その先に私が求めるものがある。
それはあの龍もわかっている。動き回らず扉までの道を封殺しているからだ。
「まぁそもそも全力でこっちに向かってきて殺そうとするならひとたまりもないんだけど。」
苦虫を噛み潰しながら愚痴を呟く。先程の煙玉は部屋が密室なせいか多少効果はあったようだ。またあの大風を起こされる前に、思考力であの龍を上回るんだ。
整理しよう、勝利条件は扉の向こうへ渡ること。
敵は神話の時代の龍、無限龍ウロボロス。雄叫び一つで地面が震え、腕を振るえば大風を起こす歩く災害。
その力に驕ることなくウロボロスは専守防衛に務めていて扉の前から距離を取ろうとしない。この煙の中で頭を低く保ち、扉の前で腕を広げて全方位に注意を配っている。
厄介極まりないが、逆に言えば近づきさえしなければ直接的な攻撃を受けることもない。あんな巨体に殴られでもしたら魔法を使える使えないに依らず1発KOに違いない。
この部屋に物らしい物がないことも幸いだ。もし瓦礫なんかがあればあの大風に紛れて物凄い速さで飛んできただろう。
となると気になるのは先程の攻撃。ウロボロスは支柱に隠れた私への攻撃をやめた。支柱ごと私を吹き飛ばすことくらい簡単に出来た筈だ。
遠距離攻撃の手段があの大風しかないにしても、円柱の破片があればそれを吹き飛ばしてぶつけた方が効率がいい筈なのに、だ。
考えられるのは単に円柱を破壊したくなかったか、支柱、いや部屋そのものに何か仕掛けがあるのか。
答えは出ない、情報が少なすぎる。しかし無策で飛び出るのは無謀どころかただの自殺だ。
「いつまで隠れている気だ。怖気ついたか?命が惜しいというのなら止めはせん、さっさと尻尾を巻いて逃げるがいい!」
煙はもう晴れてしまった。円柱から覗き込むとウロボロスの腕はもう振りかぶっている。
「くっそ、まだ何も作戦立ててないのにっ!」
直後剛風、部屋全体を巻き込み円柱の影から引き摺り出される。
「まだ目は死んでいない様だな。だが打つ手無しといったところか。」
まさにその通り。諦めなど毛ほども考えていないが打つ手がないのは事実だ。
「今作戦会議中なの!邪魔しないでっ!」
もう一度煙玉を床に叩きつける。どちらにせよ今は情報を集めるしかない。部屋の前で拾った剣と盾を構え、大きく龍を回り込む。
煙玉は残り2つ、そう何度も通用するとは思えない。あの龍が対応できてない今が数少ないチャンス。
視界が悪いのは私も同じだが方向はわかる。扉の壁沿いに煙に乗じて走り抜けられれば、それで私の勝ちだ!
「舐めるな小娘。我が試練をそう易々と越えられると思うな!」
突如現れた巨影。白い煙に包まれて、白き尾が私を貫いた。
「ぐっ!?」
反射で盾を構えたが、盾としての役割を殆ど果たすことなく壁に叩きつけられる。意識だけは手放すまいと必死で心を身体に縛りつける。が、壁にぶつかったその瞬間、今度は壁側から衝撃波が襲う。
「!?なっなにが!?」
ボールの様に吹き飛ばされ床に這いつくばる。何が起こったか全くわからない。かろうじて意識はあるが手足は痺れてすぐに動かせそうにない。
「この様な児戯でどうにかなると本当に思ったか、小娘。」
煙はとうに晴れ、扉の前からやはり一歩も動かずこちらを見ている。
「な、によ...ま、だ、終わって、なん、か、ない、わ...。」
「否、終わりだ。もはや一歩とて動けまい。しかし小娘、気になることもある。何故魔力も魔法も使おうとしない?」
龍の問いかけに答える気力を捻り出す。身体が動くだけ回復する時間を稼ぐために。
「そんな、もの...ハァ...ハァ....私は、始めから使えない....。」
息も絶え絶えに龍を見返す。私を見下ろすあの龍に、何か突破口たり得る弱点はないか。倒れながらもまだ思考を止めない。
「何だと?戦う術も持たず我の前に立ったというのか!貴様には恐怖というものが無いらしい。」
驚いた様に声を上げるウロボロス。
恐怖がない?馬鹿馬鹿しい。そんなわけがない。今だって...いやいつだって怖くてたまらなかった。
自分じゃない他の誰かが、自分には持ち得ない魔法という力を持って、覚えの無い悪意を私に向けてくる。
私はただ慣れただけ。慣れてしまっただけなんだ。
弱者という孤独に。強者からの悪意に。
だからこそ決めたんだ。
力が無くても、弱くても。私は折れない。
周囲に敵しかいなくても、一人でも。私は負けない。
弱き者を排斥するこの歪んだ世界に、
そう、自分自身と約束したから。
「戦う術なら、ちゃんとある。何もなかった私にも考える力は残ってた!私はまだ、負けてない!!」
身体が動く、煙玉をまた床に投げつける。動けば動くだけ痛みが走るが今はそんなこと捨てておく。残り2つの煙玉、内一つを最後の作戦を実行する準備に充てる。
ピースはもう、全て揃った。
「くっ!諦めの悪い!」
急いで距離を取り、一番最初にリュックを置いた円柱へ向かう。
煙が充満している間に、最後の作戦を組み上げる。煙玉は残り一つ、正真正銘最後のチャンスだ。
思えば、あの龍はおかしいところばかりだ。
あの巨体であれだけの力。尾を振っただけで私は盾ごと吹き飛ばされ、死ぬかと思った。
そう。思っただけで私は死んでなどいなかった。地震を起こし、大風を作るだけの力を持ちながら私一人殺せないはずがない。
ではなぜ死んでいないのか。あの龍が直接的な攻撃には手加減をしているからに他ならない。
そしてあの「我が試練」というセリフ。この場所を本気で守るのであれば試練という言葉はおかしい。
試練とは苦難を乗り越えられるだけの実力を持つかどうか試すこと。あの扉を越えさせないことが目的の守護龍の言葉としては違和感を感じる。
つまり、無限龍ウロボロスは越えられるべき苦難。到達しうる課題なのだ。
何故か。それは今は考えない、きっと答えは出ないだろうから。ありのままに事実を冷静に分析する。
重要な要素はあと二つ。それはこの部屋の異質さだ。神殿の外観もこの部屋に至る道もは形こそ綺麗に保っていたものの、所々長い時の経過で古くなっていた。神殿の外にあった円柱に至っては恐らくウロボロスの咆哮によって崩れてしまっていた。
それなのに、だ。この白い部屋はあまりにも綺麗すぎる。まるで建てたばかりの新築だ。入った時すぐに気づけなかったのは迂闊だったが間違いなく何かしらの魔法的要素が加えられている。
その一部がさっき壁に叩きつけられた時のあの衝撃波。推測するに一定以上の衝撃を反射する、というところだろうか。でなければ私が走ったのだって床に対する衝撃だ、足に対してその反射が来ていないのはその証拠に違いない。
だからこそあの龍はあの場から一歩も動けず、円柱を破壊することを躊躇った。
あの巨体で移動をすれば床からの反射を受ける。支柱に対しても同様だ。
余りにも挑戦者に対して有利な条件。いやあの龍に対して不利すぎる条件だ。もし私に魔法を使えたなら思いの外簡単に突破できたのではと、考えた所で首を振り思考をリセットする。
そして最後のピース。これはもはや半ば賭けに近い。伝承にある龍にはこんな話があった。自殺を試みたある男が、寝ている龍の逆さ鱗に触れ、その男を巻き込み辺り一面が焦土と化した。
物語として書かれていたその本をどこまで信じていいかわからない。しかし私は床に叩きつけられ這いつくばりながら、確かに龍の顎の裏に一枚だけ逆さに刺さった鱗を見つけた。
これを利用できればもしかしたらどうにかなるかもしれない。
準備は終えた。3度目の煙が晴れ、私は円柱から出て荷物を持ち堂々と龍の前に立つ。
--作戦、開始だ!
「ここに来て正面突破とはな。さては命乞いか?」
「殺そうなんて思ってもないくせによく言うね。何にせよ、命よりも大事なことが私にはある。」
「ハッ!気付いたかこの試練の理に。全くあの方も面倒な注文をしてくださるものよ。」
「へぇ?やっぱりそうなんだ。ついでにどんなルールがあるのか教えてよ。」
友達にでも話す様な気軽さで、ウロボロスに問う。ここで情報を引き出せたなら、数%程度しかないであろう成功確率も上がるというものだ。
「これ以上の手掛かりは教えてやらぬ。最後まで手探りで我に挑むがいい。」
やはり教えてはくれない。けど、いい。私がやる事は何一つ変わらない。
「これが、最後ね。」
スゥっと息を吸い、吐く。
最後の煙玉を床に叩きつけ、開戦の火蓋が都合四度目の煙幕を合図に切って落とされる。
「結局はそれか!もう見飽きたぞ!」
煙の中漂う黒い影を追い、剛腕は振るわれた。
しかし響くのは金属音、私に当たる事はない。龍の腕が追ったその先は。
「!これは、盾!?どこへ消えたッ!」
作戦の第一段階は煙が展開した瞬間、リュックを支えに盾を立て、着ていたもうボロボロの黒ローブを被せ囮にすることでウロボロスの行動を固定する。
龍は先程同様、姿勢を屈めて腕を広げる。やはり専守防衛を優先する様だ。ここまでは計算通り。
煙が晴れるのをこのままジッと待っていてくれるのを祈りながら、私は円柱に足をかける。
修行中森の中をずっと駆けて登ってを繰り返したのだ。木登りくらいは基本技能である。円柱は石製、しかも紋様がしっかりと描かれていて堀が深い、登れないはずもない。
神の居城を足蹴にするのはシスター的に不敬罪極まりない様な気がしないでもないが、元より信仰する神などいないのだ。
荷物を背負いながらの登塔は辛いものがあったがそれでも何とか登り切れた。
龍も案の定何にもしてこない。奴の真上にいながら気づかれていない。円柱にまた隠れているという思い込みからキョロキョロと周りを見渡すばかりで、上に注意が向いていないのだ。
ここまで一度たりとも使うことのなかった剣と短剣。そして裁縫道具からありったけの針を出し、覚悟を決める。
失敗すれば大怪我では済まない、きっとそのまま死ぬだろう。
だけど、逃げ帰ったって同じ事だ。一度でも逃げてしまえば、きっとその時私は死ぬんだ。
武器を抱え、リュックを背負い、円柱の上に立つ。
辞世の句なんて必要ない。唱えるのは魔法とも呼べないおまじない。
「私は折れない、鋼の樹。」
大樹の様に、決して折れず、曲げず、ただ一つを貫いて。
「私は負けない、夜の太陽。」
たった一人、孤独に夜を照らす月の様に戦い。
「歪んだ世界に、弱き者の鉄槌を!」
煙は晴れた。命を対価に私は戦う。
「行っけええええええええ!!!!!」
翔んだ。龍の頭目掛け、私は翔ぶ。
叫んだ雄叫びに気付きその巨大な頭は上を向く。
「!?いつの間にそんな所に!」
ここだ!龍が振り向いたこの瞬間、腕に抱えたありったけの武器を床に叩きつける様にぶん投げた。
勢いのついた剣や針は床に反射し、龍の首筋へと向かう。一つでいい、一つでいいんだ!
「あ、た、れええええええええ!!」
「!?ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!」
先程までの尊大な態度はどこへやら。龍の逆鱗に剣か針か、何かが当たったらしく大声で叫ぶ。
思考する時間はない、一瞬出来た隙。見逃すわけには行かない。
背負ったリュックをクッションに、私は龍の頭に激突する。衝撃に驚く時間もない、顔になんとかしがみつき、短剣を、文字通り龍の目の前に突きつける。
「私の、勝ち!」
驚く龍に勝ち誇り、その短剣を押し込んだ。
「ぐ、グァッ!?き、貴様ああああああああ!!」
傷付けば反射で患部を抑える。人でも龍でもそれは同じらしい。大木の様な腕が私、いや目を目掛けて飛んでくる。
ここだ、ここしかない!
「通してもらう!その扉!!」
頭から首へ、そして背中から尻尾へと重力と共に駆け降りる。
そう、龍の背後には。
扉。これまで見た巨大な物じゃない。
装飾も何もない。なんの変哲もない扉。
地面に降り立ち、駆け抜ける様に扉に触れる。
その扉は優しく私を出迎えた。
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