第5話 素直じゃないね

side:アリア・ローズル


寝起きは悪い私だが、今日に限ってはすぐに目を覚ました。

木漏れ日が私の目に早く起きろと急かしてくる。


落ち葉を敷いたとはいえ結局地面だ。体がバキバキになっている。少なくとも病み上がりの体に良いとは言えない。


「はぁ...いててて...おはようノア...。」


体を捻って腰骨を鳴らしながら愛猫に挨拶をする。

が、当然いない。いつもの癖が今の私を認識させる。


「あぁ...そうだった。私森で寝たんだっけ。魔獣に食べられなくてよかった...。」


なんだかんだで結構リスキーなことをした自覚はある。もうちょっといい方法があったんじゃないかと考え始めたところで、お腹がぐぅと主張する。


「そういえば昨日から何も食べてない...。」


口に出せば早く食わせろと言わんばかりにもう一鳴き。

とはいえここには何も食べられそうなものはない。

どうせギルドまで向かうのだ。準備をして街で何か食べればいい。


そう思い、川で顔を洗って頭をしっかり覚醒させてから荷物をまとめて森を後にした。


---

昨日よりも遠く感じた街までの道程。その往来では人が頻繁に私とすれ違っていく。


この道の先には森か川かその先にある海くらいだ。ハンター的にはそんな魅力のある場所ではない。有り体に言えば人気がないのだ。だからこそ修行場として使っていたわけだけれど。


しかもさっきはハンターに紛れて綺麗に揃えた全身鎧をきた兵士達が横を抜けていった。間違いなく何かがあったのだろう。


気になりはするが、今は一にも二にもご飯である。


ようやくついた街の正門を抜け、ギルドのある通りを歩く。朝昼晩とこの通りはハンター達に飯を売りつけんがためにどこも大声で客寄せをしている。


「今朝とれたての卵を使ったサンドイッチはどうだい!!今食ってよし!持ち運びにもよし!!」


「ハンターは肉食わなきゃやっていけないわ!朝は肉!昼も肉!夜も肉!!ステーキ串1本150リンよ!」


よくもまぁ朝からこんな大声が出るものだと感心しつつ、今の私の腹具合的には非常にありがたいことだ。


ステーキ串を2本にサンドイッチを買って、少々重めの朝食を食べながらギルドへ向かう。行儀が悪い?そんなことは知らない。

今更多少外聞が悪くなったところで焼け石に水だ。


--

道を縫う様に歩いて目的地に辿り着く。それにしても街もギルドも様子がおかしい。


あまりにも人が多いのだ。いつもより早めに起きれた分森からの道のりを差し引いても普段とあまり変わらない時間にギルドに来ているが、こんなにごった返しているのは初めて見る。


開け放たれているギルドの扉も、普段とは違う何かがあったのだと予見させる。


「食料は〜?これじゃ全然足りないですよぉー!♡武器や鎧の整備はあっちで出張鍛冶屋が出てますのでそっちでお願いしまーす♡....はぁ。」


扉の近くで慌ただしく案内やら何かの準備らしきことをしているシェリーを見つけた。

貼り付けた笑顔の仮面も忙しさで、もはや半分くらい剥がれている。


昨日の今日だ。少し気まずさもあるけれど何が起こっているかの好奇心には勝てない。私の処分のこともあるし。


「シェリー、これ何が起こってるの?」


「はーい♡なんでしょ...あっ!アリアじゃない。ちょっと待ってなさい。」


そういってパタパタと他の職員のとこに行きおそらく仕事を押し付けたのだろう。その職員は露骨に嫌な顔をしている。


「ふぅ、あまりに忙しかったから抜け出せてちょうどよかったわ。処分、決まったわよ。」


ドキリ、と心臓が少し跳ねる。処分は前と同じになるだろうと言ってはいたが、万が一ここでクビになったらマスターのとこを飛び出た意味がない。


私の焦りとは裏腹にシェリーは落ち着いて答える。


「処分無しだってさ。良かったわね。あ、いや私は残念よ?やめてくれた方が面倒が減るもの。」


「何その取ってつけた様な嫌味は。迫力ないよ。」


「うるさいわ!それよりマスターの方、大丈夫だったの?」


一瞬、口が固まる。シェリーはまだマスターとの一件は知らない。ということはマスターからギルドに「ハンターを辞めさせろ」という話は来ていないのだ。これをされたら私にはどうすることもできなかった。


次いでシェリーにこのことを話すか悩んで、やめた。話してシェリーからギルドマスターに伝わったら困る。適当に嘘をついて誤魔化すしかない。


リスクを背負って私を送ってくれたことを考えるとかなり後ろめたいけれど。


「なに?なにかあったの?」


「いや、何もないよ。ちゃんと謝ってそれでおしまい。昨日は助かった...ありがと。」


「え、なに?最後聞き取れなかったんだけど。」


「なんでもない!!それより!この騒ぎはなに?!」


嘘をついた罪悪感と礼を言った恥ずかしさから逃げて話題を変える。


「あんたねぇ...まぁいいや。何もなかったってことはマスターは許したんでしょ。あの人あんまり喋んないし。」


呆れた顔でやれやれと首を振り、本題に入る。


「昨日の朝、地震があったでしょ?あれの影響で北の海にある建造物が浮かんできたんだって。その報告を受けて調査に行ったんだけどそれは...。」


「神代の神殿なんじゃないか、って。」


今度は口どころか体全体が止まった。心臓の鼓動さえ、止まってしまったに違いない。


この世界に神がいたという証明は実は明確にはされていない。

誰しもがいると信じている。いたとされる根拠はある。それは魔法だったり、言い伝えだったり、神の時代の忘れ物---神器と呼ばれる武具や道具があるからだ。


しかし誰も見たことがない、会ったことがない。


この騒ぎも当然だ。もしその神殿にいなくなってしまった神がいたなら何を置いても会いたいだろう。

自らが信じる神が、信じる魔法が、あやふやなものではないと確信したいから。


「それ、本当なの?」


方向性は違っても神という存在を見つけたいのは私も同じ。一にもニもなく私は問い返す。


「まだ誰も入ってないから本当なのかどうかはわかんない。ただ海岸から確認できる限り、伝承にある神殿に違いないそうよ。」


ある。あるんだ。神と会えるチャンスが。見つけ出して、問いただして、そして...!


「なんか期待してるところ悪いけど、たぶんあんたはいけないわよ?」


「は?なんでよ、ハンター集めてるんでしょ。私は行く。」


「あんた自分がどういう存在なのか忘れてない?神がいるかもしれない場所に、神を滅ぼした系譜の子が行けるわけないじゃない。」


言われてみればそれもそうだ。自分で認めるわけではないが、周りからの評価が最悪なのは理解している。


だからといってその神殿に向かうのを諦める理由はない。


「じゃあ一人で行くだけ。どこにその神殿はあるのか教えなさい。」


「なーんでそんな高圧的なわけ!?一人で行くったって海の上、行けるわけないわ!」


額に青筋を浮かべつつ、周りにバレない様微笑は欠かさない。器用なことだ。


「方法は後から考えればいい。今はその海上神殿だけが私の生命線なの。いいから、教えて。」


シェリーはやれやれといった雰囲気で、またしてもため息をひとつ。昨日見た気がしないでもない。


「昨日一つワガママを聞いてあげたところでしょ。今度はどんな理由なわけ?」


彼女は問う。正直に答えるか逡巡し、8割くらいの真実を伝えることにした。


「叛逆の神のことを知りたいの。言い伝えなんて嘘か本当かわかりやしない曖昧なものじゃなく、私は真実を知りたい。」


呪いの事は伏せる。伝えても意味はない。真っ直ぐな目でシェリーを見つめ...いや、もはや睨みつける様に威圧する。


「あー...あんたからすると...そっか、そうだよね。私達は伝承を疑うっていう発想がないもん。確かに気になるわよね。」


合点がいったとシェリーはうんうんと頷く。怒ると思ったから意を決して言ったのに、拍子抜けもいいところだ。


「ま、場所くらいはいっか。どうせ調べればすぐにわかるだろうし。でも今回は送ってあげられないから甘えないでね。」


胸ポケットからメモ帳を取り出し、サラサラと簡易な地図を書き上げてこちらによこす。一瞬で書いた割に意外とわかりやすくて驚きだ。


「随分あっさり教えてくれたね。最悪拷問にでもかけようかと思ってたのに。」


「私に手を出したらいよいよもってハンターはクビね。大体どう頑張ったって勝てるわけないでしょノーネーム。」


皮肉に皮肉で返すいつもの調子に戻る。少しだけ張っていた緊張の糸は既に解れている。


「あーっとこれはあんたは乗れないから関係ないけど、その場所で何隻か船の準備してるみたいだから。もう出発までそんなに時間ないんじゃない?いや、関係ないけど。」


「...素直じゃないね。」


「お互いにね?」


ぷっと二人して小さく笑い、口元を隠してクスクスと笑い合う。


「ありがとうシェリー。助かったわ。このチャンスは絶対に逃さない。」


今度は照れず、隠さず、ちゃんと伝えた。彼女を背に開け放たれた扉をくぐり、海へと歩みを進める。


「ふふ、雨でも降らないといいけど。...いってらっしゃい。」


最後の見送りの声を、私は聞こえないふりをした。


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