第10話

「怖い?」


私は隣に座る姫宮にそう問うた。


「はい。私は宵闇先輩が怖いッス」


なぜこのような事になっているのかというと、私が宵闇と仲良くしたいと言って、悩んだ姫宮がそう言ったのだ。

宵闇聖子……校内一番の才女にしてその愛らしい外見や独特な話し方、良すぎる性格から我が校でのアイドル的存在を確立している子だ。

もう少し詳しく言うのなら、テストの成績は当然学校一位、身体能力も男子を含めた上で一番を取ってしまうほど。だがそれを歯牙にもかけない行いとその恵まれすぎた容姿で校内で絶大な人気を博している。

それに加え節々から感じる女子力の高さ、まさに完璧な女の子と言って差し支えない。


「そうか……」


正直、気持ちはよくわからない。

周囲には知られていないが実は私は小さくて可愛いものが好きで、よく猫カフェにも行ったりする。

初めて宵闇に出会った時のことをよく覚えている。

日曜日、寝坊してしまいいつもの時間よりだいぶ遅くに始めたランニングをしていた。そして公園を通りかかった時に、彼女と出会ったのだ。

彼女は公園のベンチにちょこんと座り、猫に群がられていた。

そこで彼女は、膝に乗った猫を優しく優しく撫でていた。

その光景に、目を奪われた。

彼女が、小さく笑っていたからだ。

これまでは熊山に絡む時にニヤニヤと作ったような笑みを浮かべるだけだったのが、あの時は違った。

まるで聖母のような、全てを包み込んでしまう程の優しい笑みだった。だがその中に、優しさでは隠し切れないほどの悲しみと後悔を感じた。そして、彼女の目がどこか遠いところを見ている。そんな気がした。

その日、私は彼女に惚れた。

あの優しい天使のような姿に。あの儚くて目を離したらどこかに消えてしまいそうな姿に。

だからこそ、姫宮が彼女に恐怖する理由がわからない。


「なぜ、宵闇を怖いと思うんだ?」

「あの人、目に光がないじゃないですか」


ふむ……確かに普段の彼女の目に光はないな。だがあの時は少しではあるが目に光が宿っていた。ずっと目に光がないというわけではないのだろうか。


「それにずっと感情が顔に出ないので、何を考えているのかわからないんすよ。普通人間の感情って少しでも顔に出るじゃないすか。それが宵闇先輩にはないっす。熊山先輩を揶揄う時にニヤニヤすることはあるんすけど、それもどこか作っているようで。怖くて」


なるほどな。

あの時が特別だっただけで、私も普段彼女が感情を出したところを見たことがない。

ただ、あの姿を見たからか、どうしても彼女を怖いとは思えない。これが惚れた弱味か。


「私は、彼女を怖いと思ったことはない」

「そ、そうなんスね」

「ただ私も彼女の内側を知らない頃は少し苦手だった」

「え?」

「少し前に公園で彼女を見たんだ。そこに居た彼女は、笑っていた。それも取り繕ったものではない本物の笑みでな」

「そ、そんなことがあったんスか……」


まぁ普段の彼女しか知らないから想像もできないだろうな。

実際に見た時私も驚いた。


「だからそう怖がらずに、普通に接しよう。彼女は私たちと同じ、人間だからな」

「……そうっスね。頑張って仲良くなって、優斗さんの好みを聞き出してやるっス!」

「その意気だ」


できたら私と宵闇の仲を取り持って欲しいのだが、それは後々お願いしていくとしよう。


「それにしても伊集院先輩は本当にいい人っスね。私が男だったら惚れてたっス」

「ふっ、私には好きな人がいるから付き合えなかったがな」

「えっ伊集院先輩に好きな人が!? だ、誰っスか!?」

「慌てなくとも熊山ではないぞ」

「そ、そうっスか」


私の言葉にあからさまにほっとした様子を見せる姫宮。

熊山優斗……花園と山田、そして姫宮の三人に好意を持たれているのに全く気付いていない超鈍感な男。宵闇に好意を抱いている私のライバル。

顔は中の上で悪くなく、性格もとてもいい。その大柄な体型は運動にとても適しており男子では一番の身体能力を誇る。座学はあまり得意ではないようだがそれを加味しても魅力的すぎる男だ。

校内で一番のモテ男は奴だろう。

ただ奴が好きな相手である宵闇にはその好意はまったく届いていないのだが。

宵闇の幼馴染ポジションを取っているのだ。当然の報いである。


「じゃあ、誰なんスか?」

「宵闇だ」

「え?」

「宵闇だ」

「はい?」


どうやらうまく理解できないらしい。

そんなにおかしいことか?

あんなに可愛くて可憐で見ているだけで愛おしくなる存在に惚れない方がおかしいと思うのだが。


「あの、失礼を承知で聞くんスけど、先輩は同性を愛する方なんスか?」

「いや、宵闇だけだな」

「な、なるほど……」

「変か?」

「いえ。人の恋を否定する気はないっス。自分の為にも、先輩の恋を応援します!」

「ふっ、そうか。私を応援してくれるのはいいが、姫宮も他の二人に負けないようにしなければな」

「もちろんです!」

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