第9話 望月の提案

望月は相変わらず中性的でミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

一方で、乗り越えた修羅場の数が違うせいだろう、もう風格はベテランだ。



望月は支店の顧客一人一人の営業履歴を丁寧に見返して、担当社員と綿密に打ち合わせをした。

大体は打ち合わせ通りにやると上手くいき、望月の営業力を見せつけられた社員は、次第に望月を受け入れるようになっていった。



だが、なぜか俺の面談はなかなか行われなかった。

他の人が大体1ヶ月の間に指導を受けているなか、俺は3ヶ月放置されていた。

だからと言って自分から話しかけるのは気まずいので、黙って待つことにした。



そんなある日、望月が話しかけてきた。


「早坂さん。なかなか就業中は時間が取れないので、申し訳ないのですが、終業後でいいですか?できれば夕食をご一緒できれば。支店のこれまでのことも聞かせてもらいたいので。」


「は、はい。構いません。よろしくお願いします。」


「じゃあ、場所はあとで連絡します。」


懐かしい会話だった。



―― ―― ―― ―― ――


望月が指定した店は、よく接待で使う和食の店だった。

転勤前にはなかった店なので、下調べを兼ねているのかもしれない。


個室に通された。



「面談が遅れていて、すみません。」


「いえ、私の方は大丈夫です。」


予約していたせいか、すぐ料理が出てきた。



「早坂さんの営業の仕方は知ってましたし、特に問題が無かったので、後回しにさせてもらってました。」


望月にそう言われて、悪い気はしなかった。



「早坂さんの営業成績が振るわないのは、課長のせいですね?」


ズバッと言われて、心臓が凍りついた。



「営業力が低い割に評価が高い社員が何名かいます。彼らのフォローをあなたがやっている。」



その通りだった。

課長は何かにつけて彼らの仕事を俺にやらせた。

それで自分の顧客に時間を割くことができなくなっていたのだ。



「3ヶ月見てましたが、課長はあなたにパワハラまがいのセリフが多いです。俺が見る限りそうですから、俺が居合わせなければ、もっと酷いんでしょう。」



それも、言う通りだった。

課長は、俺の何が気に入らないのかわからないが、執拗にいじったり大勢の前で叱責するのだ。

正直、メンタルは限界に来ていた。



「残念ながら、支店長はあなたの事情を知りません。このままだと、メンタルを病むか、成績不振でリストラ対象でしょう。」



深いため息が出た。

転職も考えたが、年齢的なこともある。

子どものためにも収入をむやみに減らしたくなかった。



「俺はどうしたら…。」


望月の目を見た。


「課長を追い出してあげましょうか?」


「え…。」



そんなことができるのか?

いや、望月ならできる。

望月の一言は、人の人生と支店の将来を左右するくらい重い。



「早坂さんは、課長の妨害がなければ、さらに成績は出ますよ。お子さんが、いるんでしょう?給与もボーナスも、能力に適した金額をきちんともらうべきだと思いますが。」



そうなったら、どれだけ楽だろうか。



「本当にそんなことができるなら…お願いします。一層、支店のために頑張りますので…。」


俺の言葉を聞いて、望月の顔が心なし緩んだ気がした。



「それがいいと思います。仕事は正当に評価されるべきです。」


早坂は、久しぶりに息が吸えた気がした。


「ただ…。」


望月は箸を置いた。



「俺にも少し、いい思いをさせてくれませんか?早坂さんなら、俺が言ってる意味わかりますよね?」


そう言う望月の目は、あの日と同じ、月のような冷たさを感じさせた。

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