第4話 望月の秘密

定食屋に入った。

早坂はトンカツ定食を頼み、望月はほっけ定食を頼んだ。



早坂は、今抱えてるほかの案件についても相談した。

どの案件に対しても、自分では思い至らない角度からアドバイスが来た。

教わり始めた頃はまめに聞いていたが、今は我流になっていた。



もっと普段から色々聞いてみれば良かった…と思いつつも、社内の望月の様子を思い出した。


望月はあまり他の社員と交流していない。

話しかけづらい雰囲気があり、なんとなく自分もそれに流されていた。



食事を取り終えると、望月からバーに寄って行かないかと誘われた。

教えてもらったお礼にご馳走したくなった俺は、快く返事した。


お店の角のテーブルに案内された。

お酒を待っている間に、望月はネクタイを外してシャツの首元のボタンも外した。



ついまた仕事の話をしたら、


「お酒の席でも仕事の話なんて、早坂さんは真面目ですね。」


と笑われた。


お酒が出され、乾杯する。



「俺もひとつ、早坂さんに聞いていいですか?」


「はい、何ですか?」


「昨日の夜、オフィスに来ませんでしたか?」



心臓が止まるかと思った。

しらを切り通すか正直に言うか。

どっちが正解なのか。



「いや、行ってないです。」


絞り出すような声だった。

我ながら嘘が下手だ。


「そうですか。見られたのかと思って。」


「え…。」


「俺と古谷課長がキスしてるところを。」



望月の真っ直ぐな視線が突き刺さる。

なんでわざわざ自分から言うのだ。

あの日の2人が思い出され、グラスにつけた望月の唇が艶かしく見えた。



「だから、社内ではよしてくれと言ってたんですけどね。」


さっきの下手な態度から、見ていたことはバレたようだ。


「どういう…関係なんですか…。」


「大したことじゃないですよ。課長がここに赴任して、一緒に飲んだ時、流れでそうなっただけです。」



そうなのか…。

男女なら驚くような話ではないかもしれない…が…。



「その…恋愛感情がある…ということですか?」


「まさか、そこまで盲目になるほど俺は若くないです。だからといって無感情でもないです。お互い、性欲の発散の対象ではありますが、思いやってるとは思います。」



割り切ってはいるが、ある程度愛(?)はある…ということか。


「俺が、上司からお客さんをもらってるって噂、聞いたことあるでしょ。」


「ええ、まあ。」


「それは、本当なんです。」


「え…。」


「長年取引のない休眠客を教えてもらってるんです。ただ、これは別に秘密のリストでもなんでもない。誰でも調べれば取引履歴は見れます。それを参考にもう一度アプローチしているんです。そこで新たな契約が生まれれば自分の成績にもなり、会社のためにもなる。それだけです。」



簡単には言うが、そこでまた取引が復活するのはやはり望月の腕があるからだ。

それにしても、本当にどうしてこんな話を俺にするのだろう…。



「別に、俺みたいに上司と寝なくても、休眠客はもらえますから、やってみてください。普通の半分くらいの時間で契約上がると思いますよ。」


「は、はい。ありがとうございます…。」


その後は他愛無い話をしてお開きになった。

もしかしたら望月にとっては課長の話も他愛無い話のひとつなのかもしれない。

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