第19話
「リーグレット。どうだった?」
教室へ帰ってきて絵を提出し、机で一息ついていた私に教師が聞いてきた。私は全身に脱力感を感じながら答えた。
「疲れました。短時間で下書きして、絵の具も塗ってって……、結構疲れますね」
久しぶりの疲労感だったが、心は充実していた。
「ハハハ。そうだろうな。それが学長の狙いでもあるからな」
学長の
「何故か学長は絵を素早く正確に描くことにこだわっている。理由は誰も知らない。朝話した通り、学長は素早くあの似顔絵ぐらいの絵が描ける」
写真と見紛う程の似顔絵を短時間で……。
「後で八人の絵が貼り出される。その後で投票を行い結果が発表される。今は少し休むといい」
その教師の言葉通り、少し休ませてもらうことにした。学友達と談笑した後、私達は生徒はある一箇所に集められた。その場所とは円形の建物で、建物の中心はだだっ広くなっており、それを取り囲むようにベンチが備え付けられている。まるで、ローマのコロッセオを彷彿とさせる建物だった。だから、私はここをコロッセオと呼称することにした。
コロッセオで何をするのかと不思議に思っていると、私だけ教師にこの場にいるように指示され、他の生徒たちは外周のベンチへと向かうよう指示が出された。生徒たちはぞろぞろとベンチへと向かっていく。取り残された私の他にはエリンやマルアラといった七人の生徒がいた。このメンバーはトーナメントに残った上位者八人だった。
外周の壁の口からヒルダンが歩いてきて、私達、八人の前に立ち止まる。
「諸君。年一回の大会の週となった。互いを尊重しあい、互いを高め合い、そして、競い合ってほしい」
学長はそれだけ言うと踵を返して去っていった。さしずめ開会の挨拶といったところだろうが日本と違い完結で短くて良い。
入れ違いに別の男性教師がやってきた。
「では、これからの事を説明する!」
細身の身体から想像できないほどの大きな声だった。これならばコロッセオ全体に声が響くだろう。
「これからここにいる八人が自身の絵について説明をする! 生徒諸君はその説明を聞いて、絵を鑑賞し、自身が優れていると思う者に票を入れよ!」
私達は生徒に向かってプレゼンをしなければならないということか。私は芸術は描いた本人が説明をしてしまってはいけないと思っている。絵を見た人々が何を思うのかは人それぞれだ。描く方が十人十色なら、見る方も十人十色なのだ。そこに描いた本人の説明が入るとバイアスがかかってしまい自身の感情にノイズが入る。それを私は嫌ったのだ。
はぁと私は自然にため息を付いた。
「最初はリーグレットとレレミラ!」
私は一回戦目、ということか。レレミラというのは……と辺りを見回すと私と目が合う女の子がいた。
あの娘か。
私とレレミラを残し、他の生徒もこのフィールドから去っていった。
レレミラは私に近づいて来て三本指を立てて手を振った。挨拶のジェスチャーだ。この場合は握手と同等の意味だろう。
「あなたがリーグレットね」
「あ……。うん。君がレレミラだね?」
「そうよ。あなた、初めてなのよね? 大会」
首肯した。
「それなら私が最初に絵について話をするわ」
気が付くと周りにエリンが立っていた。レレミラの後ろにはマルアラが立っていた。
「あれ? 何でエリンが?」
「大会の運営も私達でやるのよ。私は君の絵を生徒達に見せるように掲げる役よ。後で君も私の絵を持ってね」
「あぁ……」
全部生徒主体というわけだ。これもヒルダンの意向か?
「でも、あっちからだと絵が見えなくない? 遠すぎて」
私はベンチを指さした。
「それはそうなんだけど……。何も無い状態で説明しろって言われても難しいてしょ?」
エリンも困惑顔だ。彼女も常々感じていたのだろう。
「それはそうだけど……」
私とエリンが耳打ちしていると、
「マルアラさん! 私の絵を皆さんに見えるようにしていただいてもいいかしら?」
丁寧な言葉遣いなのに妙に強制力を持つ彼女の声が響いた。マルアラは指示に従い絵を掲げ、くるりとゆっくりと回った。
「この絵は! 世界の中心に咲いた大きな花を描いたわ! モティーフは学長が大切にされている『タミシャの花』! その花がこの
その後もレレミラの演説は続き、それが終わるとベンチにいる生徒達は、両手を握り拳にし、親指を立てて胸元でグルグル回した。拍手の意味だがやはり慣れない。
「さあ、次はリーグレットよ!」
エリンに言われ私は空気を吸い込む。と同時にエリンは絵を掲げた。息はぴったりだった。
「リーグレットといいます! この絵は、夜の川の向こうに街並みを描いています! モティーフは、我々の頭上の
全体がざわめいた。一瞬不安がよぎったが、続けることにした。もうここまできて引き下がるわけにはいかない。
「この絵では、光が水面に反射し、世界を輝かせていることをテーマに描いています! 夜空と夜の川と夜の街並みの暗さが星の輝きにより消え、世界全体が煌めいているのです!」
私が再び喋り始めるとざわめきは消え、皆が私の声に耳を傾けているのが分かった。そのまま私は最後まで自身の絵について語り、ようやく投票の段になった。
投票はコロッセオの入口に二人の絵が貼り出され、その絵の前の箱に投票するという形式だ。生徒はクラス毎に入口に集まり絵を鑑賞し、先程の説明を加味しつつどちらかに投票するようだ。
全てのクラスの投票が一通り終わると私とレレミラは再びコロッセオの中央へ呼ばれた。
「投票は終わった! ここに勝者を発表する!」
先程の細身の男性教師がまたもや声を張っている。
「一回戦の勝者は、リーグレット! リーグレット=シェーダである!」
歓声が上がる。私はほっと胸を撫で下ろした。ここで負けはしないかと少しハラハラしていたのだ。ここで負けてはエリンとの約束を果たせない。レレミラの方に視線を向けると彼女はがっくりと項垂れていた。
「おめでとう。リーグレット。だが、一つ言っておかねばならないことがある」
教師が私に歩み寄り祝言をくれた。
「何でしょう?」
「
「はあ……」
あまりデノディール白教に馴染みのない私はどうしてもあれをただの太陽だと認識してしまう。日本でも太陽は天照大御神と崇められていたが、太陽様なんて言ったことは無かったからついつい癖で呼んでしまう。
「では、リーグレットは、エリンの手伝いをしてからベンチへ向かってほしい」
そういえば先程エリンが私にそんなことを言っていたことを思い出し、エリンを探そうとコロッセオを歩き回った。円形の廊下を歩いていると向こうからエリンが歩いてきた。
「あ! リーグレット! こっちこっち!」
エリンもどうやら私を探していたようだ。足早にエリンに近づいた。
「さっき、手伝ってって言ってなかった?」
「ええ。言ったわよ。次、私の番だから、君に絵を持ってもらいたいの」
「うん。分かった」
「それにしても、君の絵、やっぱり凄かったな」
「うん。凄いでしょ」
エリンは、意外そうな顔をした。
「ん? どうかした?」
「いえ、君が自画自賛するの初めてだから……」
「あ。あれは実は……」
と、ゴッホの絵であることを言おうとしたが、荒唐無稽と信じてもらえないだろうし、何だか全力で戦ってないとか文句を言われそうだから止めにした。
「え? 実は何?」
「いや、何でもない。それよりエリンの絵はどこ? 持っていけばいいんだよね?」
「うん。あれ」
私は一瞬目を疑った。私が描いた絵よりも一回り大きかったからだ。
ゴッホが描いたローヌ川の星月夜はそれなりに大きいのだが、私が描いたものは紙もなければ時間もなかったからオリジナルよりも小さくなってしまった。
彼女の描いた絵を近づいてじっくりと見る。時間がなかったからだろうか、全体的に絵の塗りが雑なように感じる。しかし、それを遠目に見るとそれがこの絵に対して格別の雰囲気を醸し出している。この雑さは彼女なりの計算の末だということが分かる。伊達に大会覇者だけのことはある。時間配分も考慮の上だ。
そして、特筆すべきは絵の練度の上がり方だ。数年前に見た風景画とは段違いに上手くなっている。こんなに上達できれば絵を描くのも楽しいだろう。
「まあ、あんまりじっくり見ないで」
背後からエリンの声がする。
「これは何?」
私は描かれたものに対して質問を投げかけた。
「これは……。前に君が話ししてくれたでしょ? 空飛ぶもののこと」
随分前に前世界の事を冗談めかして話したことを思い出した。
「だから、学校にあるものを飛ばしてみる事にしたのよ。君の言ってたものと合ってる?」
「……」
エリンが描いたものは確実に校舎である。校舎が空を飛んでいるのだ。奇想天外な光景がキャンバス内で繰り広げられており、閉口してしてしまった。こういう時はとっさに言葉は出ないのだな、と痛感した。
「リーグレット?」
「あ、い、いや。いいんじゃないかな。それにしてもよくこの時間で校舎を描けたね。大変だったんじゃ?」
「そうよ! 大変だったの! でも、大会の二日目はだいたい風景画になりがちだから、日頃から練習しているのよ」
「さすが……」
「でしょ!? さあ! これを持っていってくれる? ぶつけたりしちゃダメよ」
自分の両手を広げる形で持ってもやっとだった。前が見えないから慎重に進んでいく。時折、エリンに誘導を受け、なんとかコロッセオの中央へとたどり着けた。
「
うらぶれた画家が描く幻想奇譚 ぶり。てぃっしゅ。 @LoVE_ooToRo
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