第12話
その夜、食卓を囲んで私は両親にエリンから聞いた話をした。今日の夕飯はホワイトシチューのようなもの『タンファ』とパンに似たもの『サッジヤ』だった。
「父さん、母さん。少しいい?」
「どうしたの? リーグレット?」
そう聞いてきたのは母だ。父は私の事をじっと見ている。母の問いかけはいつも優しい。
「実は絵画の学校に行きたいんだ」
「ん? 今の学校はどうするんだ?」
そう聞いたのは父だった。
「今の学校は卒業してから……」
「リーグレット。行きたいと言って行けるものじゃないのよ。お金はどうするの?」
「お金はかからないって」
「へぇ……。絵画でお金がかからないってことは……。リカロンド美術学校だな?」
木のスプーンで
「有名なの?」
「有名も有名よ。学校にお金を払わなくていいなんて……。珍しいから知ってるわよ」
お金を払わなくていいことが珍しくて有名なのか。
「だからお金のことは気にしなくていいし、僕は絵画の技術を磨きたいんだ」
両親は、鳩が豆鉄砲をくらった顔をした。私が初めて心情を吐露したからだ。
「絵の道に行きたいのか?」
父がそう言った時、ある風景とオーバーラップした。
この世界に来る前のこと、中学三年の夏休みの事だ。どうしても美術が学べる高校に行きたくて今と似たようなシチュエーションで、食卓を囲むと私はおずおずと切り出したのだった。その時は両親に反対されるかもと思っていたからしどろもどろだった。
「絵の道に行きたいのか?」
私に切り出された父はそう言った。そのトーンは静かなものだった。
「うん……。どうしても……」
私は弱々しく言った。この時初めて絵を学びたいと両親に伝えたのだった。
「そうか。私達はそうかなと思っていたよ」
「まぁ、あれだけゴッホの本ばかり買っていたらねぇ」
母は私の部屋を掃除するついでにそういう物も見ていたのだろう。いかがわしい本やビデオが存在しない代わりに私の部屋には美術の本、それもゴッホ中心に大量にあった。お小遣いやお年玉で買って揃えていったものだった。こちらのことは見透かされていたようだ。
そして、私の予想に反して両親は、
「翔ちゃんの行きたいところにいきなさい」
と最終的に言ってくれた。
母はいざ知らず父までもそのような態度だったのはたいへん驚いた。もしかしたら、両親はこの時に私が普通の人生を送らないこともあるだろうと覚悟したのかもしれない。
そして、今。
この新たな世界でも同じ事を私はやろうとしている。
やはり、私にはこの道しかない。
バカの一つ覚えだ、と言われても(この世界にそんな言葉は無いが)、私はこの道を進む。
このチャンスは神がくれたものだ。無為にはしたくない。
「うん。どうしても」
同じ言葉でも、今回は決意が違う。あの時とは決定的に。高校生の時は漠然とした
私の瞳をじっと父は見ている。私もあえて自然は外さない。お互いに真剣な眼差し。これは父がきっと私を試しているのだ、と判断したからだ。
どれくらいそうしていただろうか、父はニコリと笑うと
「リーグレットの好きなようにしなさい」
といつかと似たような言葉をくれた。
明くる日は学校だったので学校へ行き、先生の授業を受けた。更にその翌日。その日は学校がなかったため、サイカラン達と遊ぶことになっていたが、早めに家を出て、例のレミュドー川の沿岸に座っていた。
また、彼女に会えると思ったからだ。
体育座りをして城を眺めていた。やはりここからの風景は素晴らしい。人工的なもののくせにとても調和が取れている。いや、
「今日もいた」
聞き覚えのある声が聞こえて、私は声のする方へ視線を向ける。
彼女が、やはり仁王立ちで立っていた。
「やあ、待ってたよ」
私は膝を抱えたまま、右手の人差し指と中指と親指を立ててをヒラヒラと振ってみせた。
「へぇ、待ってたってことは、良い話ね」
この子は思慮も深ければ感も鋭い。
「うん。よく分かったね。両親にリカロンド美術学校へ行っていいって言ってもらえたんだ」
私は立ち上がりながら言った。
「良かったじゃない!」
エリンは私の両手を握るとブンブンと上下に振った。
「ありがとう。でも、どうして君は僕のことをそんなに気にかけてくれるの?」
「私は張り合いのありそうな人間に会いたいの。絵で戦う……つまりそういうことよ」
どういう事だ。
「えっと……。君は絵で切磋琢磨できる相手を探してるって事だね?」
「えっ……? なんて言ったの? せっさたくま?」
切磋琢磨という言葉は無い。とっさに日本語が出てしまった。
「ああ。ごめん。つまり……。仲間! 仲間がほしいんだね!」
おそらくこの場合はライバルなのだろうが、こちらの言葉でそういう存在の事を何と言うのか知らなかった。
「仲間じゃないわよ! 一緒に上達していける
奴って。
「とにかく、僕は今の学校を卒業したらリカロンド美術学校へ入る。その時はよろしく」
私はお辞儀をした。その様が面白かったのか、エリンは声を上げて笑った。
「あははっ。君、何やってるの?」
ついついお辞儀をしてしまったが、この世界にはお辞儀をする文化がないから滑稽に映ってしまったに違いない。
「やっぱり君って面白い! 私達の知らない仕草をするんだもの!」
「そ、そうかな……」
私は頭をかくしかなかった。
「じゃー、いい話も聞けたし私は帰ろうかな」
「えっ? このために来たの?」
「もっちろん!」
エリンはえへへと笑うと、踵を返すその瞬間に私に人差し指と中指と親指を立てて手を振った。渡しもそれに習い同じように手を振った。
何故か私は彼女後ろが完全に見えなくなるまで見送っていた。おそらく彼女の髪の鮮やかな金に見惚れていたのかもしれない。
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