第10話

「魔法……使えるようにならねえかなぁ」


 休み時間にサイカランがポツリと言った。


「無理だよ。サイカラン。先生も言ってたでしょ? 魔法はすでに失われたんだって……」

「そうは言ってもよ……。でも、何で失われたんだ?」


 もっともな疑問だ。


「僕もそれは知りたいな。ベナンムだって、偉大な魔法使いなんて、さも昔の人のように言われてるけど、結構最近まで生きてたんだよね」

「え? そうなのか? 数百年前の人なのかと思ってた」


 サイカランの言う通り、私もカーナの話を聞くまで数百年前にいた魔法使いだと思っていた。カーナが言うことを信じるならば、この世界から魔法が失われたのはそんなに昔ではないことになる。急激に何かが無くなるというのは人為的な何かが起こったから……と考えるほうが自然である。


「だから、魔法が失われてからそんなに時間は経ってないんだ」

「でも……、どうしてその原因を誰も知らないんだろう?」

「遠い国の事だから、こっちには情報が来ないんじゃない?」


 私の問いにカーナが答える。

 前世界のようにインターネットは無いから、遠く離れた所の情報を瞬時に得ることはできない。だからそれも致し方ない事かも知れない。


「考えても無駄か……。もし、大人になって、ラマサーに行くことができたら、その謎も解いてみたいものだ」

「リーグレットは大きくなったら出ていくつもりなの?」

「おお!? リーグもそう考えたか!」

「えっ!? リーグってことは、サイカラン出ていくつもりなの?」

「おう! この世界を旅するんだ! マジェルマの冒険譚、お前も読んだだろ!?」


 最近、マジェルマという冒険家が世間を賑わせていた。危険な場所へ進んで進み、時には魔物と対峙し、時には峻険な岩肌を登る。そうして、得た情報を本に起こしては売って、売った資金を次の遠征に当てているようだった。マジェルマの書く冒険譚は面白おかしく書きたてられるものだから、子供からは大変人気があり、読者の多くがマジェルマのような冒険家になりたいと夢を見るのだった。サイカランも、どうやらそういう者の一人のようだ。


「うん。読んだよ。面白い話だったよ。特にヤンディクナール遺跡の冒険は手に汗を握ったよ」

「そうだろ? そこでマジェルマが持ち帰ったガランナ王の冠なんか世紀の発見だったじゃないか!」


 サイカランが熱く語る。カーナも首肯した。


「うん、冠は凄いと思う。まあ、あれがガランナ王の物だってどうして言えるのか不思議だけど、とにかく凄いことだと思うよ」


 カーナは、オカルトに懐疑的なタイプだろう。オーパーツやオカルトの類に心を躍らせることもあるが、それを心の底から信じてはおらず、でも、あったらいいなとは片隅に思っているそんなタイプ。


「まぁまぁ、あれは本物だって。いろんな考証の末、そう決まったじゃないか」

「うん。まぁ、それはいいんだけど……。僕はあまり危険な目に合うのはヤだな」

「危険なところにしかああいう物は無いんだよ。誰も行かないからこそ危険だし、誰も行かないからこそ、そういうお宝が眠ってるんだ。俺は必ずこの国を出る!」


 サイカランは握り拳を作った。


「サイカラン、頑張れよ」

「おう! そういうお前はどうするんだよ?」

「僕? 僕は……」


 そう問われてすぐには答えられなかった。今まで将来のことなど何も考えていなかった。せっかく二週目のチャンスをもらったのに、中学生や高校生の時のように漠然と生きている。


 ただ日々を無為に生きている。

 それでいいのか?

 サイカランの言葉はそう言われているような気がした。

 斎藤翔太の時の経験を、何にも活かせていない。

 心の奥では絵を描きたいと思っている。


 だが……。


 それは本当にやりたいことなのだろうか?

 筆を折った私がもう一度同じ道を歩く。

 折角もらった二度目の人生を、同じ色で塗りつぶすのか? 別の道を模索する必要はないか? 画家の道はどのような道か知っている。それでももう一度歩くのか?その道を。

 私は心の中で首を横に振った。

 だが、これは否定じゃない。


「まだ分からないよ」

「そうだよ。サイカランだけだよ。そんなこと考えてるの」


 カーナが私に助け舟を出してくれた。


「へっ! そうかい。でも、お前達もそろそろ考えた方がいいぜ! 魔物を狩って生計を立てたっていいし、大工やったっていいし、城兵やったっていいし……。この世界には沢山職業があるからな!」

「そうだね。僕は本関係の道につきたいなぁ」

「おっ? じゃあ、俺の冒険譚をお前がまとめて、本にすりゃいい!」

「ははは。それいいね」

「じゃあ、僕は挿絵を描くよ」

「お前、絵は上手だもんな」


 私達は、笑いあった。

 

 前世界でもこんな青春を送りたかったと思った。

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