第7話

 天井。

 木の梁がむき出しで縦横に走る天井。

 自分の家じゃない。

 かといって、病院でもない。

 体が思うように動かない。

 ギプスか何かで拘束されているのだろうか。

 首を動かしてみる。大きな窓から光が差し込んでいるのが見える。とても大きな窓だなと思った。それと同時に違和感を感じる。

 声を出してみようと試みてみる。例え体を打っていたとしても声ぐらいは出せるだろう。


「あ……あ……」


 どうした事だ? 声が出ない。いや、


 もう一度トライしてみる。


「あ……あぁ」


 やはり出ない。それでもどうにかしようと奮闘していると足音が聞こえ、私の視界に女性が一人入り込んだ。この人は先程光の中で出逢った謎の言葉を喋る女性だ。何故ここに?


「――――――」


 彼女は私に喋りかけてきた。やはり、理解できない。急に日本から別の国へ飛ばされたのだろうか?もしくは、日本では対応できないほどの重症で他国へ移送された、とも考えられる。それならば、もう少しきれいな建物でもよいような気がする。ここはお世辞にも最先端というには程遠い形をしている。最先端医療が受けられるような場所の天井が材木剥き出しとは到底考えられなかった。


 私はどうなったのだろうか?

 思考を巡らせる。

 私が思考している最中でも眼の前の女性は私に話しかけてける。子供をあやすような口調で。

 あやすような口調――?

 私はあやされているのか?


 もしかしたらこの美人な女性は私の母なのではないか? 私が子供の頃に見たアニメにも異世界へ行く話があった。行き方はどうあれ、主人公が普段住んでいる日本を離れ、遠い世界へと誘われる物語だ。


 絵本の世界にもその潮流はあり、私も絵を頼まれたことがあったが画風に合わないと断ったこともあった。


 まさか。


 あれは絵本や漫画やアニメ……、つまりフィクションの中での出来事だ。現実に起こりうる訳がない……。そう信じたいが、それでは眼の前の女性の髪の色や瞳の色、そして、あまりにも奇異な言葉に説明がつかない。この世界は元々居た日本とは遠い場所だと認識しておいたほうが良い。そう思った。


 それに私があやされている理由もそれであれば説明がつく。私はこの世界に生まれ落ちた、つまり、転生したという、ことだ。

 体がうまく動かせないのにも合点がいく。おそらく赤ん坊になったのだ。私に子供はいないが、街ゆく子供を見れば何となくそうであろうと予想できる。


 彼女の言葉も理解できないのも頷ける。元々の地球には無い言語だからだ。よしんば元の世界にあったとしても英語やイタリア語やフランス語などの聞き慣れた言葉ではない。


 そんな事を考えているとふと悲しくなってきた。例え、父も母も吉田さんもいない世界だといえ馴染みのある世界だ。悲しくもなる。


 ある日いつもの遊園地で両親と離れてしまった事があった。周りを見ても知っている人がおらず、馴染みのある遊園地とはいえ、急に心細くなった。月並な言い方だが、急にこの世界で自身は独りぼっちなった気がしたのだ。次第にその心細さは私の心を蝕み、涙を流させた。蝕まれた心は嗚咽を生み、止まれと念じても涙を止まらせることはなかった。


 そのうち、母の声が聞こえたため、私がその声のする方へ目を向けるとそこには両親がいた。少し肩で息をしていた。その時はなんとも思わなかったが、今思えば、両親は両親なりに私を探してくれていたのだ。急に私は安堵に包まれ両親の方へ駆け出した。


 その時の侘びしさが急に去来し、私は泣き出した。眼の前の女性はその泣き声を空腹のためと勘違いしたのか急に自身の胸をはだけさせ、私に咥えさせた。


 ああ、あの時と同じだ。

 迷子になったあの時、両親に抱きしめられた時と。

 安心する。

 そのまま私は眠気を覚え、微睡みの渦へと誘われていった。

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