第6話

 衝撃を受けてからそこから先は闇だった。

 生きているのか死んでいるのか、不明瞭な闇。

 体温は失われ手足の感覚も無い闇。

 病気なんだろうか?

 ただの呑み過ぎだろうか?

 まさか……。死んだ?

 そんな。

 これからだったのに。

 いやそう決めつけるのは時期尚早だ。

 こうして自分は思考することができているじゃないか。大丈夫。生きている。ちゃんと筆を持つことが出来るはずだ。右手の感覚が無いけど……。それは気絶してるからだ。起きればちゃんと絵を描く事ができるのだ。

 早く目覚めよ!

 自分に発破をかける。

 いつこの眼は開くのだろうか。

 

 ?


 声?

 声がする……。


「……………………」


 遠くから、すごく向こうの方から自分自身に問いかけるように声がしている。

 だが……。

 それは何となくであるが、日本語ではないような気がする。


「……………………」


 何故か昔の事が思い出される。

 母が子供の自分に問いかけるような、優しい言い方。悪く言えば甘やかすような喋り方。そんなことを想起させる。

 

 ふと。


 目の先に光が灯った。

 闇だと思っていた空間に突如光が産まれた。

 カオスの中にガイアが産まれるというのはこのような状況であったのだろうか。

 光は広がる。闇をかき消すように。

 何もできずに光を、じっと見る。

 その間にも光は大きくなっていく。

 やがて、光は私を包んだ。


 光の中には過去の思い出があった。

 だが、それは自身の思い出かどうかは分からない。何故なら、幼き日の私が眼の前にいるからだ。私と父と母とで来た遊園地。年に数回は来ていた。それでも私は飽きずに何度も何度も足を運んだ。両親もそのことについて否定はせず、ニコニコしながら私をこの場所へと連れてきてくれた。


 いつも三人だった。私が真ん中で右手に父、左手に母。手を繋いでそう広くない園内を回った。乗ったことのないアトラクションなんか無かった。全て数回は乗った。園内で売っているクレープが大好きだった。私はいつもチョコバナナで、両親はいちごのクレープだった。コーヒーカップが眺められるように備え付けられたベンチに腰掛け、三人で仲良く食べた。手にクリームがつくと母が自身のハンドバッグからティッシュを出してくれた。私は礼の一つも言わず、むしろ当り前だという態度でティッシュを受け取っていた。


 そんな父も母ももういないのだ。

 そんな世界で生きて一体何の意味がある?

 輝かしい思い出を眺めて私はあの時へ帰りたいと願った。三人いつも一緒だったあの時へ。

 帰りたい。

 帰りたい――。


 気が付くと涙が流れていた。この哀愁に身を委ね、流れる涙を拭うこともせずじっと私は眼前でクレープを食べる三人を見ていた。


ふと背後から声のようなものが聞こえてきた。光に飲まれる前に聞いた声と似ている。何処から聞こえているのかと私は辺りを見回した。すると背後に人が立っていることに気付いた。この人物は私の思い出の人ではない。見たこともない服装をしていたからそう断言できる。

 この人物は女だ。


藤納戸ふじなんど色の長い髪に、蒲公英たんぽぽ色の瞳の女性。肌の色は白人のそれだ。明らかに日本人ではない。


 彼女が口を開くと、聞いたこともない言語が聞こえてきた。先程聞いた日本語ではない言葉と同じだった。彼女が喋っていたのだ。


「なんだって?」


 そう言ったつもりだったが、それは音にならず私の口の中で消えた。そんな私のことなど気にも止めず、彼女は喋り続ける。日本語ではないその言葉を。日本語ではないのに、理解できないのに彼女の優しさが伝わってくる。なぜ彼女は優しいのであろうか?

 彼女は浮遊するようにすーっとこちらへ近づいてきた。私の目の前に来た時、彼女は私を抱きしめた。


 そこで私は目を覚ました。

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