第6話 ドットナットの想い
拳を鼻に入れるなんて。思わずを鼻がキュってなっちゃいました。自分の鼻が無事かどうか触って確認するくらいには驚いて。
それに自分よりも数倍大きなタフネスボアを片手で持ち上げて投げ飛ばすなんて普通じゃないです。
それに、いくら私の魔法がしょぼいと言っても正面から受けて怯みすらしないなんて。
魔法なんて普通に生き物を殺すことが出来る危険なもの。
日常的に使う魔法は包丁と同じように人に向けてはいけないと親から教わる。
だからこそ、撃ってくれなんて言われて戸惑ったし一発目は外したんです。
なのにまさか自分から魔法に当たりに行くなんてやっぱりおかしいです。
もしかしたら魔力を持たない故の種族特性。
脳まで筋肉で出来ていると言われるタフネスボアに対して正面からぶつかりに行くのは正気とは思えません。
しかも当たり負けするどころか押し返してました。
狼みたいに罠にかけて仕留めるのかと思ってましたがそんなちゃちなものじゃなかった。
もしもキュロウさんに掴まれたらなんてお門違いな想像もしてしまう。
もちろん私に触れる場合は手加減してくれると思いますが、素の肉体のポテンシャルの高さに少し、少しだけですが怯えてしまいます。
もしも、これがキュロウさんの肉体の限界じゃないとしたら、本物の魔法に耐えれるのだとしたらそれはなんとも恐ろしい。
多くの者が日常で使用している通常の魔法。それが精霊魔法。
精霊魔法とはその名の通り、精霊に力を貸し与えてもらい魔法を行使する。
誰でも使えるお手軽な魔法故に、精霊の質によって個人差が顕著に現れる。
精霊とはその者の心を覗き、力を貸すか選定している。
上位、中位、下位の精霊が存在し、下位の精霊程無邪気に力を貸し与えてくれる。
中位、上位にはそれなりの理性が備わり、その者のなりを見て選定を行う。
ただ力を使いたいだけの下位の精霊とは違い、かなり個人的な観点から見られるため性格の相性で善し悪しが決まる。
よって好かれるものは特に好かれる。
言わずもがな、その威力は絶大だ。
かくいう私は下位の精霊にしか力を貸し与えてもらえない。
ただ、祖先に精霊を持つ私は、強さに見合った精霊が付き纏ってくれる。
それは他も同じだ。
火の精霊はドワーフ、水の精霊はプティマフ、風の精霊はエルフ、土の精霊はゴブリン。
これが四大自然精霊を祖先に持つ種族たち。
魔族にはそれぞれ種族特性があり、ドワーフは力、プティマフは柔、エルフは静、ゴブリンは活となっている。
それなのに私は頭が堅い。昔から言われている事だ。種族特性に反しているからか魔法も碌に扱えない。
これはもう生まれ持った性格として諦めるしかないのかと、眠る前にいつも考えてしまう。
精霊の寵愛(ちょうあい)を受けているにも関わらず、祖先に面目が立たない。
プティマフとしての誇りが胸にズキリと刺さる。
ああ、またこんな考えに耽って勝手に気分を落としている。
すぐにネガティブな考えになるのも嫌な所だ。
話を戻しますが、自然は精霊であり、精霊は自然である、自然と精霊は表裏一体。
自然あるところに精霊はいて、精霊いるところに自然はある。
自然があれば魔力が生まれ、魔力があれば精霊が集まる。
自然、魔力、精霊は密接した関係にある。
精霊とは概念的な存在であり、影形が見えなくてもそこにいる。
そういう存在だ。
説明が長くなってしまいましたが、魔法とはそういうものなのです。そんな強大な力を借りて行使しています。
ただの肉体がそれを凌駕するというのは常識的に考ええ普通じゃありません。
だからこそ魔法使いは距離を取り、圧倒的なマージンを取るというのが当たり前となりました。
そこに現れた異物。こんな言い方は間違っていますがキュロウさんの種族は明らかにこの世界の道理に反しています。
考えたところで分かるはずもないこの謎は心に閉まっておきます。
今はただ、魔法を上手く扱えるようになる事を第一に考えます。
何時でも魔法の練習に付き合ってくれて動く的になってくれるというのはまさに逸材としか言いようがありません。
この機を逃すなんてあってはいけません。
キュロウさんという存在との出会いは、私にとって特別な事なのです。
恐らくいつまで経っても成長しない私に与えられた最初で最後のチャンス。
必ずものにしてみせます。
この旅の目的を確かなものに。それまでキュロウさんと一緒に行動出来ればいいですけど。
今のところ全く役に立てていない私とはいつ別れることになっても不思議じゃないです。
「ドトナさん!熊見つけました。こっちに走ってきます」
「了解ですっ」
またまた魔物を見つけてきてくれたキュロウさん。頼もしい限りです。
おかげで心の準備も狙いを定めるのにもじっくりと時間をかけられます。
気を引き締めて頭の中を整理する。
お気に入りのくねくねの杖を強く握って前に突き出す。
寝る時はいつも握りしめて頬に添わせてる。杖のシワの数なら一目見ただけで言える。
それくらい一緒に寝た。
馴染み具合なら誰にも負けません!
体長三mを超えるスタンプベアの鼻先に杖を向ける。
ビビりません。キュロウさんならしっかり押さえてくれると、思ってますから。
「やぁっ!」
『
(ビュンビュンビュンっ)
「ダメですかっ」
三つともがスタンプベアを通り過ぎていく。
ああ…また。どうしても当たるビジョンが見えない。
スタンプベアはキュロウさんに迫り右腕を振り下ろした。
「グヮラァァァアア!!」
(ズゥン!!)
思わず目を背けてしまう程の膂力でキュロウさんが襲われた。
キュロウさんなら大丈夫だと思ってはいても実際にそれを目の前にするとその迫力に身が強ばってしまう。
それでもキュロウさんは。
「気安く俺の肩に手ぇ乗せてんじゃねぇよ」
(すっ)
左首、いや左側顔面に添えられた巨大なスタンプベアの手を、諸共せずに片手で払い除ける。
「グワッ!?」
さすがにそれは予想外です。スタンプベアも驚いてますよ。
手を払ったキュロウさんは顔に飛び込み、スタンプベアの首に足を巻き付ける。
「グモァ!グモァ!」
まるで無邪気な子供が大人の顔に抱きつくように。
振り落とそうと三mの巨体を振り回すも一向に離れない。
(すっ)
やっと足が離れたと思いきや、今度は鼻に両手の指をそれぞれの穴にかける。
(これは…来ましたね。キュロウさんの決め技)
首を締められた状態から解放され大人しくなるも、落ちていくキュロウさんに掴まれた鼻を持っていかれ中腰になる。
地面に降りたキュロウさんは前かがみになったスタンプベアを背後に、背中を最大限逸らして背後に投げつけた。
それはいけるところまで背中を逸らした最大級のガッツポーズのような形になる。
「よっと」
(ズドン!)
「グモァァァァ!」
叩きつけられ悲しみの咆哮を上げる。
そしてブリッジ状態になったキュロウさんはそのままの流れで倒立をしてナイフで首を掻っ切った。
「なんと……」
思わず感嘆の声が口から漏れてしまう。
スタンプベアを倒したキュロウさんはこっちに歩いてくる。
「やってればその内当たるようになりますよ」
そうだ。私はまたしても失敗を。
「はい…」
これからもご指導ご鞭撻、的の程をよろしくお願いいたします。
使えない魔法使いですみません。
キュロウさんは凄い。森の中をひょいひょいと進んでいって、そらなのに疲れた様子を一切見せない。
休憩も全部私に合わせてくれる。
それに木に登ったり枝に飛び乗ったりでまるで森を庭のように駆け回る。
「うーん。おかげで左肩のコリは取れたけど右肩がな。バランス悪くて逆に窮屈」
火の焚き付け終えて、スタンプベアのお肉を食べながら左首に手を添えてそんなことを呟く。
「肩叩きましょうか?」
ほんのささやかなお礼でも。
「いや、それはさすがに悪いですよ。
今度熊に会ったら次は右肩をやってもらいます」
これがキュロウさんでなければつまらない冗談として流してしまうが、キュロウさんの場合はこれが他愛も無い普通の会話になる。
種族の常識が違いすぎて笑えません。
「ははは」
結果として、気の利かない愛想笑いになってしまう。
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