第7話 到着
ドトナさんから魔法の話を聞いて以来、何度杖を振ったかわからない。
見られると恥ずかしいから夜、ドトナさんが寝付いてからこっそりと試してる。
森の奥に入っていってドトナさんが見えなくなるくらいまで離れる。
離れすぎると魔物が来た時に対処出来ないから行けるギリギリまで離れる。
心を落ち着かせて自然といったいになる自分を想像する。
呼吸を落ち着かせて、ただ体の赴くままに身を任せる。
(ウォーターボール!)
ドトナさんから借りてる杖を前に突き出して魔法の名を心の中で叫ぶ。
しかし、何一つ変化は起きない。虚しくも当たり前に静かな夜が過ぎていく。
くっ、またしても不発に終わったか。
何一つ自然の力を感じない。ドトナさんの言ってることが全くもって理解出来ない。
確かに自然のエネルギーは感じるけども、それはなんら魔法との関係性が無い。
雄大な自然に囲まれて、深い呼吸をすれば、揺れる心はたちまち落ち着きを取り戻す。
それが自然の持つ包容力。魔力とかそんなんじゃないか。
やっぱり俺は魔法が使えないのか。
それから百回くらい杖を振るったが、終始杖が風を切ることしかなかった。
いつしか魔法なんてどうでもいいと思うくらいの虚無感に襲われてやめた。
やっとの思いで取り掛かったテスト勉強だが、しばらくして、やっているところがテスト範囲とズレていた時のような。
万全のやる気に対しての無慈悲な現実。
夢であってくれ、勘違いであってくれ、それを通り越してのもういいや。
つい先程までやる気に満ち溢れていた自分はどこへ。
「ははっ」
乾いた笑いがこぼれる。
笑って現実を受け流すことが唯一の抵抗。
スッキリとした頭で拠点に戻る。
キッチリと布団を敷いて眠るドトナさんの前を過ぎると規則正しい寝息が聞こえる。
「Zzz……Zzz……」
頭を空っぽにして眠りについた。
日が昇り、今日も森を進む。
みんなが魔力を持つ世界で魔力を持たない俺はどういう存在なんだ?
生物だけではなく植物さえも魔力を持っているらしい。
ならば無機物か。魔力は俺の事をどう捉えているのか。
生物か無生物か。
心があるという精霊にとって俺はどういう風に視えているのか。
これもまた、生物か無生物か。
人の心を覗くというのならば俺の事が視えていても不思議じゃない。
仮に魔力や精霊から生物と認識されていないのであれば━━━━。
「あ、見てください。先の方に何か見えますよ。
もしかしたら村に着いたかもしれませんね。
キュロウさん?聞こえてますか?」
(はっ!?)
完全に思考の沼にハマってた。まさか周りが見えなくなるくらい考え込むなんて、明日は雪でも降るのかもしれない。
今はごちゃごちゃ考えても何も始まらない。
とりあえずは魔法をもっと知っていく事を念頭に置いて旅をしていこう。
この世界では魔法が世界に秩序をもたらしているのだから。
「すみません。考え事をして…いて…」
確かな物音がする。木々を揺らすざわめき。正面からじゃない、後ろから!
これ程、集中力を切らしてたとは!
「後ろからすごい速さで何か来ます!」
およそ五十m。一直線にこっちを目指してるな。
それも相当速い。
「ドトナさんは木の陰に隠れてそこから撃てたら撃ってください」
「はい」
指示を聞いてすぐに木の幹に半分体を隠しながら、様子を伺う。
(ガサガサ……ガサァっ!)
森の中から勢いよく飛び出してきたのは鹿だった。これまた巨大な体で、角は枝分かれしていてその一本一本がめちゃくちゃ太い。
刺されたら簡単に貫かれそうだ。
「いいじゃん」
俺を見つけた鹿は鼻を鳴らしてさらに加速する。
角先が木の幹にかするが、すっとなんでもないように抉り通り過ぎていく。
まるで消しゴムにシャーペンの芯を突き刺したように抵抗なくすっといった。
(なんつー鋭さだよ)
「ブランスディア……」
ドトナさんがポロッと呟く。
「やっ!」
驚きながらも落ち着いた様子で魔法を放つ。
だいぶ慣れてきたみたい。
五発ともが上手い具合に角の間を通り過ぎていく。
「惜しい!」
「グァっ!」
目の前を通り過ぎた魔法が目障りだと言うように頭を振り回す。
俺は両手を軽く握って顔の前で構える。
殺意を剥き出しにして突っ込んでくる鹿に対して、ギリギリまで引き付けてから半身になって角の横に回り込む。
目と鼻の先には角が迫る。
半身になったことで鹿の左側の角だけが俺の手の届く範囲。
前に出した両手を少し前後にずらして角を挟み、勢いよく両手同時の掌底で角の根元を砕き折る。
「ふんっ!」
テコの要領でポキッといく。
「グォォオ!」
止まらずに過ぎようとする鹿に対して横から腹を蹴り上げる。
「グアガっ!」
蹴り上げられた鹿は地面から足が離れ宙に浮いて身動きが取れなくなら。
止まった獲物はただの肉。
肩から体を鹿にぶつけながら首に肘を押し込む。
「ふん!」
横から押し込まれた鹿は木にぶつかって大きく跳ねる。
「グゥッ!」
「よっしゃ!」
倒れた鹿を背中に背負い村と思われる所まで運び込む。
ここで処理するよりも村で処理した方が楽だと思う。受け入れてもらえればだけど。
「またまたダメでした」
肩を落とすドトナさんは眼鏡を拭きながらトボトボと歩く。
「まだ数日ですよ。そんな簡単に出来たら旅の意味ないじゃないですか。気長にいきましょう」
せっかく同行してくれる魔法使いなんだ。そんな簡単に手放せない。
もし魔法が上手く使えるようになったら旅も終わっちゃうかもしれないし。
すみません。完全に私情です。
俺も何かアドバイスが出来ればいいんだけどね。如何せん未知すぎるから教えれる立場にないんだよな。
っと、森が終わって視界が開けてきた。
目の前に広がるのは舗装された道と家の数々。
ファンタジーな村だ。自然と隣合わせの簡素でありながらきらびやかで落ち着きのある村。
既にここからでも何人か村人が見える。
「キュロウさん。行きましょう」
「あ、はい」
初めての光景に圧倒されて、足を止めて魅入ってた。ドトナさんに声をかけられて現実に戻る。
「すみませ〜ん」
村に着くとドトナさんは頼もしいな。近くの人に声をかける。
俺はちょっとしり込みしてる。
なんせドトナさん以外の人とまともに会話するのは初めてだから。
ドトナさんの後に着いていく。
「なんだい旅人かい?随分と可愛らしい嬢ちゃんじゃないかい。大変な道のりだっただろぅ。
って男もいたのかい。後ろに隠れてるなんて男らしくないねぇ。もっと堂々としなさいよ」
最初に近づいてきてくれたおばさんは、一目見ると随分と気さくに話しかけてくれた。
少し警戒も解けてドトナさんの隣に並ぶ。
「いい体してんじゃない。もっと胸張りな!」
(パシンっ)
ニコニコと笑いながら俺の肩を叩く。
近所のおばさんくらいずしずしと距離を縮めてくる。
「はははっ」
これには俺も苦笑いが出てしまう。
赤髪でどしっとしたガタイの良いおばちゃん。
茶色のシャツの袖を捲ってその上から白いエプロンを着けてる。
「で、二人は旅でここに寄ったのかい?」
「はい。食料調達の為に近くの村を探してたんですけど、森を進んでたらここに着きました」
ドトナさんが経緯を説明してくれる。
「そうかい。そうかい。それならここでゆっくりしていきな。
ようこそ!――
おばさんは両手を広げて俺たちを歓迎してくれた。
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