ラルスの強行手段

 翌朝、ヴィルヘルミナはゆっくりと目を覚ます。

(え……!?)

 タンザナイトの目には、見慣れない景色が飛び込んで来た。

(ここはどこなの!? わたくしの部屋ではないわ!)

 ヴィルヘルミナは勢い良く起き上がる。

「起きたか、ミーナ」

 ラルスがフッと笑う。しかし、ラピスラズリの目は一切笑っていない。

「ラルス……お義兄にい様……ここはどこなのです? わたくしは自室で眠っていたのに、どうして……?」

 いつもとは違うラルスの様子に、ヴィルヘルミナは少し恐怖を覚える。

「どこって、エフモント公爵家の王都の屋敷タウンハウスだ。今日からここが俺とお前の部屋だ」

 乾いた声のラルス。

「ラルスお義兄様とわたくしの部屋? 何の冗談です?」

 ヴィルヘルミナは戸惑いながら微笑む。

「冗談でこんなことするわけがない」

 ラルスの口角は上がっているが、ラピスラズリの目はスッと冷えていた。

 ヴィルヘルミナはこの部屋の異常性に気付く。扉や窓には南京錠がかけられており、簡単には外に出られない仕様だ。

「ラルスお義兄様、一体何をなさるおつもりなのです?」

 一気に不安が押し寄せて来たが、必死に冷静さを保つヴィルヘルミナ。ラルスに手を握られる。大きなその手は、まるでヴィルヘルミナを二度と離さないとでも言うかのようである。

「ラルスお義兄様、手を離してください」

 ヴィルヘルミナはラルスの手を解こうとしたが、強く握り締められていて離れなかった。

「ミーナ……お前が昨日あんな決断をしなければ、俺もこんなことはしなかった」

 沸々と怒りが込み上げているかのような声のラルス。ヴィルヘルミナの手を握る力が強くなる。

「あんな決断……ドレンダレン王国を変えることがいけないことなのですか? こんな地獄のような国」

「そうじゃない!」

 ヴィルヘルミナの言葉は途中でラルスに遮られた。

「悪徳王家に嫁ごうとしたことだ! 俺が……俺がどんな思いでお前を守ってきたか分かるか!?」

 ラルスは声を荒らげ、ヴィルヘルミナを力強く抱き締めた。

「ラルスお義兄様、離して!」

 ラルスが自分の知っている義兄あにとは違い、知らない男のように感じた。ヴィルヘルミナは必死にラルスの腕から逃れようとする。しかし、ヴィルヘルミナがラルスの力に敵うはずがない。

「離すものか! 俺はずっとお前が……!」

 そこでラルスの力が緩み、ヴィルヘルミナは解放される。

「……とにかく、お前が悪徳王家に嫁ごうとすることをやめない限り、この部屋からは絶対に出さない」

 ラルスはそう言い放ち、部屋を出るのであった。そして扉の外からも南京錠が掛けられた。

「ラルスお義兄様……どうして……?」

 ヴィルヘルミナは震え、ラピスラズリの目には涙が溜まっていた。そして、出ていく間際のラルスの表情を思い出すヴィルヘルミナ。

 ラルスのラピスラズリの目は、怒りと深い悲しみに染まっていた。

(いつも過保護だけれど……あんなラルスお義兄様、初めて見たわ)

 ヴィルヘルミナは気持ちが少し落ち着き、ラルスが出て行った扉をじっと見つめていた。

(確かに、ラルスお義兄様はわたくしをいつも守ってくれていた。ナッサウ王家の血を引くわたくしが、ベンティンク家に処刑されないように。だけど……やっぱりわたくしはドレンダレン王国を変えたいわ。その為にも、ベンティンク家内部には潜入しないといけないのよ)

 ラルスの思いを聞いてもなお、ヴィルヘルミナの気持ちは変わらなかった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






「ミーナ、大丈夫? 開けるよ?」

 マレインはヴィルヘルミナの私室前にいた。

 本来ならヴィルヘルミナが起きている時間だが、今日は王都の屋敷タウンハウスのどこにもヴィルヘルミナの姿を見ていない。マレインはそれを少し不審に思い、ヴィルヘルミナの部屋までやって来た。

「ミーナ、入るよ」

 マレインはゆっくりと扉を開く。しかし、そこには誰もいない。

「……ミーナ?」

 マレインはクリソベリルの目を大きく見開いた。そして王都の屋敷タウンハウスの中でヴィルヘルミナがいそうな場所を隈なく探すが、全く見つからない。使用人達にもヴィルヘルミナを見かけなかったから聞くが、誰も見かけていないようだ。そんな時、ラルスと遭遇する。

「マレイン、そんなに慌ててどうした?」

 ラルスはきょとんとしている。

「兄上、ミーナがいないんです。兄上はミーナを見かけていませんか?」

「ああ、ミーナなら大丈夫だ。だからお前は何も気にするな」

 乾いた声でフッと笑うラルス。そしてそのまま立ち去った。

(兄上……?)

 マレインはラルスを不審に思った。

(そう言えば、こっちはまだ探していなかったな)

 そしてラルスが来た方向へゆっくりと進んだ。

 しばらくすると、異様なものを目にするマレイン。

(何で扉に南京錠が掛かっているんだ?)

 怪訝そうに首を傾げるマレイン。その時、その扉の中から音が聞こえた。扉を開けようとしている音だ。

(誰かいる!? まさか……!)

 マレインは嫌な予感がした。

「ミーナ! そこにいるのか!?」

 扉を激しく叩くマレイン。

「マレインお義兄様!」

 マレインの予想通り、中からはヴィルヘルミナの声が聞こえた。少しホッとしたような声だった。

「ミーナ、どうしてこんな所に? まさか兄上にやられたの?」

 なるべくヴィルヘルミナを安心させるよう、優しい声のマレイン。

「はい……。わたくしがヨドークスの婚約者となり、王太子妃になる選択をやめない限り、ここからは出してくれないそうです」

 ヴィルヘルミナの声は少し沈んでいた。

「そうだったのか……」

 マレインはラルスへの怒りが沸々と込み上げて来た。

「……確かに、昨日のミーナの話を聞いた後の兄上はおかしいと思ったんだ。いつもの兄上ならミーナからあの話を聞かされたら激昂するはずだ。まさか兄上がこんな強行手段に出るとは……」

「……マレインお義兄様は、わたくしが国を変える為に王太子妃になることは反対ですか?」

 ヴィルヘルミナの不安げな声が聞こえた。

「僕は……」

 マレインは少し考える素振りをする。そして再び口を開く。

「僕も、ミーナからその話を聞いた時は正直ショックだったよ。本当は行って欲しくない。だけど……ミーナが本気で国を変えたいのは分かっている。ミーナがそうしたいのなら、その道を信じているのなら、僕は君を側で支えたいと思っているよ」

 マレインは扉に手を触れ、向こうにいるヴィルヘルミナに真剣な眼差しを送る。これはマレインの本心だった。

「マレインお義兄様……ありがとうございます」

 心底ホッとしたような声のヴィルヘルミナ。扉の向こうからは嗚咽が聞こえてくる。

「ミーナ、大丈夫だよ。泣かないで。兄上のことは、僕が何とかす」

「マレイン、ここで何してるんだ?」

 そこへ、低く冷たい声が聞こえた。ラルスである。マレインの言葉はラルスに遮られた。

 ラルスのラピスラズリの目は怒りが込もってた。

「兄上こそ、ミーナを閉じ込めてどういうつもりですか?」

 マレインはキッと鋭い目でラルスを睨む。

「これで良いんだよ。ミーナを守る為だ。ミーナにはこの先一生俺の目の届く範囲で暮らせば問題ない」

 ラルスは自分の拳を握り締める。

「ミーナがそれを望まなくてもですか?」

 怒りで声が鋭くなるマレイン。

「ああ」

 ラルスは一言そう答えた。覚悟を決めている表情だ。

 マレインはこのままでは平行線だと悟る。軽くため息をつき、真剣な表情になるマレイン。

「ならば兄上、今から勝負しましょう」

 クリソベリルの目は真っ直ぐラルスを見ている。

「は? 勝負?」

 怪訝そうに表情を歪めるラルス。

「ええ、剣術勝負です。兄上が勝てば、ミーナをこのままにしていい。僕が勝てば、ミーナを解放する。いかがでしょうか?」

 マレインは射抜くような視線をラルスに向けている。

「……良いだろう。でもマレイン、お前は俺に勝てるのか? 強くなっているとは言え、まだ俺に勝てたことはないだろう」

 フッとマレインを鼻で笑うラルス。

「勝って見せますよ」

 マレインは覚悟を決めた表情である。

「せいぜい今のうちに俺に勝つ夢でも見ておけ」

 そう言い捨て、ラルスはその場を去るのであった。

「マレインお義兄様……」

 扉越しに、ヴィルヘルミナの声が聞こえる。

「ミーナ、僕は絶対兄上に勝つよ。だから、待っていて欲しい」

 マレインは扉の向こうにいるヴィルヘルミナに向かって優しく強い笑みを浮かべた。

 男同士の対決が今始まる。

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