今のヴィルヘルミナに出来ること

 ヴィルヘルミナは早速個人資産を孤児院や病院などに寄付をし始めた。

「ノブレス・オブリージュってやつだな」

 ヴィルヘルミナが寄付に行く度、ラルスが必ずついて来ていた。もちろん、ヴィルヘルミナを守る為。この日は貧しい孤児院に寄付をした帰りだ。

 ちなみに、マレインは騎士団の訓練があったのでこの場にはいない。

「そうですわね、ラルスお義兄にい様。……今のわたくしにはこのくらいのことしか出来ませんわ」

 ヴィルヘルミナは少し悲しげに微笑む。

 全ての元凶はベンティンク悪徳王家であるので、ヴィルヘルミナが孤児院や病院に寄付をしたところで国が変わるわけではない。餓死者、重税、貧富の差、労働者からの搾取、そして民達のベンティンク家への恐怖。これらの根本的な解決には至らないのだ。おまけにヴィルヘルミナがナッサウ王家の血を引くことがベンティンク家に知られたら間違いなく処刑されてしまう。

 ラルスはラピスラズリの目を優しく細め、ヴィルヘルミナを見守っていた。


 しばらくすると、ヴィルヘルミナ達が乗っていた馬車が急停車する。

(何があったのかしら?)

 ヴィルヘルミナは疑問に思う。

「おい、どうかしたのか?」

 ラルスが御者に問う。

「申し訳ございません。このまま進むと処刑広場でして……本日は広場で公開処刑がある日ようです」

 御者は申し訳なさそうな表情である。

 ドレンダレン王国の王都マドレスタムの中央にある広場。クーデター後、そこには断頭台ギロチンが置かれ公開処刑の場となっていた。よって処刑広場という物騒な名前で呼ばれるようになっている。

「何とか迂回出来ないのか?」

 苦虫を噛み潰したような表情のラルス。眉間にしわが寄っている。

「申し訳ございません。他の道も馬車の渋滞が起こっております」

「そうか……」

 ラルスの眉間の皺が深くなった。

 ゆっくりと馬車が進むうちに、広場の断頭台ギロチンが見えて来た。ギラリと太陽光を浴びて光る刃は、恐怖心を煽る。広場には多くの人が集まっている。彼らの多くはベンティンク家賛成派で比較的生活に余裕がある階級。そして娯楽に飢えた者達であった。

 今回処刑されるのは、とある侯爵令嬢。ヴィルヘルミナと同じくらいの年齢に見える。父である侯爵がベンティンク家を裏切ったという証拠が露見し、一族連座で処刑になったそうだ。令嬢の皮膚にはいくつもの傷と火傷の跡があり、顔も原型を留めない程ただれていた。恐らく拷問を受けたのだろう。

(あんな風になるなんて……酷い……)

 ヴィルヘルミナの呼吸が浅くなる。

 令嬢は抵抗する気力すら失い、死んだような目で固定具に首を固定される。そして断頭台ギロチンは容赦なく落とされて……。

「ミーナ、見るな!」

 ヴィルヘルミナはラルスに強く抱き締められ、目を塞がれていた。

 そのお陰か、侯爵令嬢の首が斬り落とされた場面は見ずに済んだ。

「ラルス……お義兄様……」

 ヴィルヘルミナの声は震えている。声だけでない。体も小刻みに震えていた。

「大丈夫だ、俺がいるから」

 ラルスはヴィルヘルミナを抱き締める力を強めた。

(こんな……多くの血が当たり前のように流れていく地獄のような国……。そんなの、絶対に良いわけがない……!)

 ヴィルヘルミナは恐怖を感じながらも、強くそう思うのであった。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 一週間後。

 この日は王宮でヨドークスの十七歳の誕生祭が行われる。参加しなければベンティンク家への忠誠心を疑われ、反乱分子として捕えられることがある。よって貴族達は全員参加している。その中には仕方なく参加している者達もいるが、どれくらいいるのかは分からない。

 ヴィルヘルミナは暗い気持ちの中、義兄達と共に王宮のパーティー会場へ入った。その時は他の者達に気分を悟られないよう、品の良い笑みを浮かべていたヴィルヘルミナ。伊達に公爵令嬢をしているわけではないのである。


 ラルスとマレインはずっとヴィルヘルミナの側に付ききりだった。ヴィルヘルミナは他の令嬢達と当たり障りのない会話をしている。

「兄上、ずっとミーナに付いていたら、彼女が令嬢達と合流出来ないのではないですか?」

 マレインは小声で苦笑する。

「お前なあ、ミーナの置かれた状況分かっているだろう。もしも秘密が知られたら……」

 ラルスは険しい表情だ。もちろん小声だが。

「ええ、承知しています。ですが、僕達男がいたら話しにくいこともあるでしょう。目の届く範囲で見守った方が良いのでは?」

「誰が敵が味方かまだ分からない状況だぞ。もしミーナと話している相手が悪徳王家あっち側に寝返ったりしたら……」

 ラルスはそこで口をつぐむ。

「ラルスお義兄様、マレインお義兄様、どうかなさったのですか?」

 ヴィルヘルミナは二人の様子に首を傾げている。他の令嬢との交流は終わったようだ。

「ミーナ、もういいのか」

「随分と早かったね」

 ラルスとマレインは驚く。

「ええ。……必要な情報は得られました」

 ヴィルヘルミナは品良く微笑んだ。

 その時、会場中央でダンスをするヨドークスの姿が目に入る。栗毛色のふわふわとした癖毛でヘーゼルの目の、小柄で庇護欲そそる令嬢とダンスをしていた。

(ヨドークスは成人デビュタントの儀でもあの令嬢とダンスをしていたわね。彼女は……ブレヒチェ・ドリカ・ファン・フーイス。フーイス男爵家の令嬢ね。わたくしと同じ十五歳で成人デビュタントを迎えたばかり。先程他の令嬢達から聞いた話によると、他の夜会でもヨドークスはブレヒチェといるところを目撃されている……)

 ヴィルヘルミナは得た情報をまとめていた。


 ヴィルヘルミナはその後、ラルスやマレインに守られながらではあるが、夜会やお茶会に参加した。ベンティンク家、特にヨドークスのことについて情報を集めているのだ。

 集まった情報は以下の通りである。


・ベンティンク家は相変わらず軍事強化や工業化を押し進めるつもり

・まずは資金集めとして民への税を引き上げる予定

・秘密警察からの監視や反乱分子への対応は相変わらず

・ヨドークスは成人デビュタントの儀でブレヒチェに一目惚れしたらしい

・ブレヒチェは男爵令嬢なので王太子妃にはせず愛妾として迎える予定、アーレントもこれを容認

・ブレヒチェも王太子妃として前に立つよりは愛妾として自由に贅沢三昧な生活がしたい

・ヨドークスは王太子妃になる者とは白い結婚を貫く予定

・王太子妃には公務や面倒事を押し付けるつもり


(これだけ情報があれば十分じゅうぶんね)

 ヴィルヘルミナは集めた情報を紙に書いてまとめた。

 そしてドレンダレン王国の現状を思い出す。容赦ない重税、貧富の差、労働者への搾取、秘密警察による監視及び反乱分子への拷問・処刑……挙げ出したらきりがない。更に、先日の侯爵令嬢の公開処刑を思い出し、ヴィルヘルミナは一瞬表情が強張こわばる。しかし、深呼吸をして何かを決意したような表情になった。

 その時、部屋の扉がノックされた。ラルスとマレインである。

「お義兄様達、一体どうかなさったのです?」

 ヴィルヘルミナは情報をまとめた紙を集めて片付ける最中である。

「4日後まで父上も母上もいないから、ミーナが大丈夫か心配になってな」

 フッと笑うラルス。

 現在テイメンとペトロネラは領地でのトラブル対応の為、エフモント公爵領へ戻っているのだ。

「もう、ラルスお義兄様、わたくしはもう十五歳ですのよ。お義父とう様とお義母かあ様がいない日にも慣れておりますわ」

 ラルスの子供扱いにムスッと膨れるヴィルヘルミナ。

「兄上はいつまでもミーナのことが心配なんだよ。僕も、ミーナに万が一のことがあったらと想像するだけで肝が冷える」

 マレインはヴィルヘルミナに優しい眼差しを向ける。

「二人して心配性ですわね」

 ヴィルヘルミナは軽くため息をついて苦笑した。

「で、ミーナ、何をしていたんだ? 何か書いていたみたいだが」

 ラルスはヴィルヘルミナが片付けようとした紙に目を向ける。

「これは……その……わたくしなりに情報をまとめてみましたの」

 ヴィルヘルミナは少し迷ったが、ベンティンク家 (特にヨドークスとその周囲)についての情報を書いた紙をラルスとマレインに渡す。

「へえ、よく調べてあるね、ミーナ」

 マレインは感心したような表情だ。

「ミーナ、何でこの情報集めたんだ?」

 怪訝そうな表情のラルス。

「それは……」

 ヴィルヘルミナは少し言い淀む。

 ナッサウ王家の生き残りである自分をいつも守ってくれている二人に、今のヴィルヘルミナが考えていることは非常に言いにくいのであった。

(だけど、お義兄様達には……嘘は吐きたくないわ)

 ヴィルヘルミナは意を決してラルスとマレインを見る。ラピスラズリの目は真剣であった。

「今まで、わたくしはエフモント公爵領で守られて過ごしていました。ですが、実際に王都を見て……この国、ドレンダレン王国を変えたいと思いましたの」

 ヴィルヘルミナはラルスとマレインの目を真っ直ぐ見ながら言葉を続ける。

「傲慢なのは自覚しております。だけど、お義父様とお義母様もきっとこの国を変えたいと思っておられますわ。でもわたくしをベンティンク家から守る為にそれが出来ずにいた……。それに、わたくしの血の繋がった両親……ナッサウ王家の国王ヘルブラントと王妃エレオノーラも、ドレンダレン王国をこんな国にしたいとは思っていないはずですわ」

 一呼吸置いて一番真剣な表情になるヴィルヘルミナ。

わたくしは、ヨドークスの婚約者になり、王太子妃になりますわ。そうしたら、ベンティンク家内部に堂々と潜入可能です。これが、今のわたくしがドレンダレン王国を変える為に出来ることでございますわ」

 ヴィルヘルミナの言葉を聞いた二人は目を大きく見開いて絶句していた。

「ミーナ……君はそこまで考えていたんだね」

 マレインは少し寂しそうに微笑んだ。

 一方、ラルスは何も言わなかった。しかし、ラルスのラピスラズリの目はスッと冷えていた。そしてそのまま何も言わずにヴィルヘルミナの部屋を出る。

「……ラルスお義兄様?」

 突然ラルスが出て行ったことに、ヴィルヘルミナは戸惑っていた。






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 王都の屋敷タウンハウスのラルスの自室にて。

(ミーナが……悪徳王家に嫁ぐだと……!?)

 ラピスラズリの目は怒りと悲しみに染まっていた。拳を強く握りしめるラルス。あまりの強さに、爪が食い込んで血が流れていた。

(俺が……どんな思いでミーナを守ってきたと思ってるんだ……!? 絶対にミーナを悪徳王家に嫁がせるわけにはいかない……! どんな手を使ってでも……!)

 ラルスはあることを決意するのであった。

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